第2話 恋する黒猫

「わーっ! かわいい! ねえねえママ、猫ちゃんこっちに来てくれるかな!」

「きっと来てくれるわよ。みーたんはこんなにかわいいんだもの、猫ちゃんたちも会いたいと思うはずよ」

「違う。さっき店員さんが説明していただろう。エルフキャットはまず魔力が強い人のところに行くんだ。子供に適当なことを教えるんじゃない」


「わ、クッキーが2種類になってる! ココアクッキーにオレンジの目。これ、あの新しい子の分だよ!」

「相変わらず芸が細かいね、この店は。……あー、早くあの新しい子の感触を確かめたいな……」


「でゅふっ! でゅふふふっ! でゅ、でゅっふふっふっふっふ」


 新装開店初日、しょっぱなの3組のお客様。どうやらなかなか濃い面子がそろっていた。


 1組目は家族連れのお客様。30代前半ごろの夫婦と、まだ4,5歳くらいであろう娘さんだ。お母さんの方は顔に見覚えがある。たしか何回か来店してくださっている人だ。


 女の子2人組はかなりよく見る顔だ。15.6歳くらいだろうか。だいたい週に1回くらいは来店してくれている気がする。


 最後の男の子は……見た目からは年齢が掴みづらい。ただ、彼にも見覚えがある。何回か来店してくれている人だ。笑い方が独特なので印象に残っていた。


『みゃぅ~~』

『みゅ~~』

「あ、こっち来た! へへ、かわい~!」

「よし。これでナイトライトちゃんの初撫では私のもの。朝早くから並んだ甲斐があった」


 デザートムーンとナイトライトがまず向かったのは、女の子2人組のところだった。

 茶髪の子は嬉しそうにはしゃぎ、黒髪の子はにまにまと笑いながらナイトライトを見ている。


 ……しかしまあ、やっぱり同じところに向かうのか。前にもルイスと話したけど、エルフキャットの数を増やしても、全員で魔力が一番強い人のところに行ってしまうんだよな。


「ふおおおおお……。これが、これがナイトライトちゃんの実力……。デザートムーンちゃんよりちょっとつるつるしてますな。摩擦係数の少ない優美な撫で心地……」

「あ、ずるい。あたしだってその子撫でたかったのに!」

「ふ。いや、ここは譲れない。この子たちは私の魔力に惹かれて来たんだから、初撫での権利は私にある」

「さっきも思ったけどさ。初撫では店員さんでしょ、どう考えても」


 黒髪の子がナイトライトを、茶髪の子がデザートムーンを撫でる。

 デザートムーンは手慣れたもので、体を手の方にこすりつけながら、たまに『みゃ~~』と可愛く鳴いてみせる。さすがだ。たぶんどういう動きをすれば人間が喜ぶのか熟知しているぞ、あいつ。

 ナイトライトの方は……ちょっと塩対応だな。撫でられるままに身を任せているんだけど、心ここにあらずといった感じだ。撫でてくれている黒髪の子を見ようともしない。


「……むぅ。この子、ずっとデザートムーンちゃんの方を見てる」

「お? 新入りちゃんは恋する乙女か? いいじゃんいいじゃん、かわいいじゃん!」

「ダメ。撫でられているときは私のことを見ていてほしい。……すみません、店員さん」

「はい」

「おやつを1ついただけますか」


 どうやら黒髪の子は、おやつでナイトライトを釣って自分の方を向かせようという算段らしい。


「かしこまりました」

「ふ。ナイトライトちゃん、君には私のことを『おやつをくれる人』だと認識してもらう。私の顔を見たら尻尾を振っておねだりせずにはいられない、そんな体にしてあげるよ……」

「なんか悪い顔してるけど、要するに貢いでるだけだよね」


 とても的確なツッコミだった。

 僕は魔封棺を取り出し、黒髪の女の子に差し出す。


「1グループにつき1つまで無料になっています。おやつにはいくつか種類がありますが、ご希望はございますか?」

「……煮干しでお願いします」

「おお、デザートムーンちゃんが一番好きな奴。確実に取りに行くね、あんた」

「当然。切り札は初手で切るもの。一撃必殺、狙った獲物は逃さない……」


 なんか物騒なことを言っている。


「煮干しですね。かしこまりました」


 僕は手を素早く動かし、魔封棺から煮干しを選んで取り出す。蓋を開けている時間が長くなるとデザートムーンたちを興奮させてしまうので、地味にスピードが命の難しい技術だ。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

『……! みゃぅ! みゃ!! みゃ~~!!』

「ごめんね、デザートムーンちゃん。この煮干しはナイトライトちゃんに捧げるの。ふふ、ナイトライトちゃんの初煮干しは私がもらうの……」

「だからたぶん店員さんがもうあげてるよ。てかなんだ、初煮干しって」


 黒髪の子は煮干しをつまむと、ナイトライトの前に持って行く。

 魔力の匂いを感じたのだろう、ナイトライトが煮干しの方を向いた。おお、すごいぞ。開店以来はじめて、やっとデザートムーン以外のものに目を向けた。


『みゅ~~』

「さぁ、味わいなさいナイトライトちゃん。私の煮干しを……!」

『みゅぅ!』


 黒髪の子の手から、ナイトライトは煮干しをくわえ取る。

 デザートムーンはその様子をおとなしく眺めている。……実はいちおう、このへんは予行練習済みなのだ。もし接客中におやつを取り合ってけんかにでもなったら大変だから。片方がおやつをもらったら、もう片方は静かに見ているようにしつけてある。

 だからまあ実際のとこ、ナイトライトの初煮干しは僕のものだ。予行練習で何度かあげてるからね。申し訳ないけれど、これが飼い主特権ってやつだ。


 ところで。予行練習を通じて、デザートムーンはナイトライトがおやつをもらった時におとなしく見ていてくれるようにはなった。なったのだが、僕にはひとつ懸念があった。


「さぁ、ナイトライトちゃん! 我が煮干しに溺れよ!! ……あれ?」

「ん?」


 ……あ、やっぱり。

 黒髪の子から煮干しを受け取ったナイトライトは、テーブルの上を優雅に移動する。そしてデザートムーンの目の前に立つと、


『みゅ』

『みゃう~~』


 ぽてりと。煮干しをデザートムーンの前に置いた。


「え。え。え。私が貢いだ煮干し、さらにデザートムーンちゃんに貢がれてるんだけど」

「おぉ……。恋だ。恋してるねぇ、これは」


 デザートムーンは短く感謝の鳴き声をあげて、かじかじと煮干しをかじり始める。

 ……うん。これが僕の懸念点だ。ナイトライト、けっこうな頻度で自分がもらったおやつをデザートムーンのところに持っていくんだよな。


「なんか聞いたことあるなぁ、こういうパターン。夜の町で女の人に貢いだら、その女の人も実はホストに貢いでたっていう」

「そんなドロドロの関係、ここで疑似体験したくなかったよ……! てかナイトライトちゃん、男の趣味悪いって! デザートムーンちゃんはたしかにかわいいけど、付き合うならもっと甘えてくるタイプの子の方がいいよ!」

「いや、あんたの男の趣味は聞いてないんだわ」

『みゃ~~』


 煮干しを平らげたデザートムーンが満足げに鳴いて、ナイトライトの顔をぺろぺろと舐める。


『みゅっ! みゅ~~~』


 ナイトライトもとても満足そうだ。


「ママー、あれ何やってるの?」

「あ、えっと、あれはね……その……」

「見るんじゃない、ミリア。お前にはまだ早い世界だ」


 親子連れの父親が、そう言って首を横に振る。

 うん、まあ。否定はできない。子供に見せるには、ちょっと不健全な関係性かもしれないな。

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