王都騒乱
第1話 新装開店!!
「ふふ……。こんにちは、フィート君。またカーム草を仕入れてきたわよ。……って」
『みゃぅ! みゃぅ!!』
『みゅ~~~』
『きゃん! きゃんっ!!』
「ふふ……。ずいぶんと賑やかになったのね、ここも」
「……まあ、いろいろありまして」
『desert & feed』、新装開店だ。
……まさかこうなるとは思ってなかったな、正直。
●
「うん、いいよ。そのエルフキャット……ナイトライトだっけ? 彼女は君のカフェにいてもらうことにしよう」
「良いんですか?」
「うん。別にまあ、管理局で飼いきれない魔法生物を民間に譲渡することはよくあることだしね」
ハルトール王太子は、相変わらずの貼り付けたような笑顔でそう言った。
「しかし昨日は大変だったね。聞いたよ、植物園のこと」
「いえ。……局長とゴードンさんは大丈夫でしたか?」
「どちらも命に別状はない。ただ至近距離で炎を浴びたゴードン君の方はかなり重傷でね。しばらく職場への復帰は難しいそうだよ」
「そうでしたか……」
「ま、別に気にすることはないさ。むしろ喜ばしいくらいだ。管理局の労働環境も、これでずいぶん改善されることだろう」
なかなかひどいことを言っていた。まあ否定はできない。
ただそんなことより、僕が気になっているのは別のところだ。
「うん、言いたいことはわかるよ。ファイアフォックスに対して、また『魔獣』認定みたいな話が出るんじゃないか。ってことだよね」
「ええ。下手すれば植物園が全焼しかねない事態だったわけですから、客観的に見て脅威度はエルフキャット以上でしょう。もちろん今回の件はいたずらにファイアフォックスを刺激したことで起きたものなんですが、報道で世論が過熱すれば……」
「当然の懸念だね。ただ今回は、その心配はいらなさそうだよ」
意外にも、ハルトール王太子は首を横に振った。
「アルゴ君とゴードン君がね。今回の件は自分たちを含む管理局の対応の誤りによるものである、というふうに新聞に話していたんだ。あれが報道されれば、民衆の批判はファイアフォックスではなく管理局に向くと思うよ」
「アルゴさんが? なんでまた……」
「さあ? 何か企んでるのかもね」
……なんにせよ、それは朗報だった。あのファイアフォックスがなぜ王都にいたのかはわからないが、きっと自分の意思でやって来たわけではないだろう。王都という慣れない環境に放り込まれて、脅威に晒されたから自衛した……というだけで人々から目の敵にされるんじゃあ、あまりにかわいそうだと思っていたところだ。
もしかしたら局長もゴードンさんも、本当は悪い人じゃないのかもしれない。たしかにちょっと不快なところはあるけれども、案外話してみると分かり合えたり……
「あ、ちなみに。ゴードン君がデザートムーン君について、殺処分を要請しているらしいよ。水の魔法球で攻撃されてケガをしたって」
「は?」
前言撤回だった。死ぬまで入院していてほしい。
「たぶん、彼の体に付いた火を消すために魔法球を飛ばしたことを言っているんだろう。まあ正当な救助活動だったことは明らかだし、目撃者も大量にいる。心配ないよ。ただの妄言さ」
「ならいいんですが……」
「もちろん本当に自分から人間を攻撃して重傷を負わせるようなことがあれば、殺処分も免れないかもしれないけどね」
「……。デザートムーンはそんなことしませんよ」
「はは、わかってるさ!」
冷や汗が背中を伝うのを感じる。動揺が悟られていないといいんだけど。
おそらく、デザートムーンはルルさんを攻撃している。どういう経緯があったのかはわからない。あの子がちゃんとした理由なく人を襲うとは思えないけれど……。ともかく、このことはあまり人に知られない方がいいだろう。
「ま、彼らにはいずれ相応の処分が下されるだろうさ。それでね、フィート君。今日キミに来てもらった理由の1つが、そのファイアフォックス君の今後についてなんだけど」
ありがたいことに、話題はすぐに変わってくれた。ぼくはうなずいて答える。
「その点は僕も気になっていました。管理局で飼育なさるんでしょうか?」
「本来はそうすべきなんだけどね。ただ残念ながら、現状の管理局にその余裕はない。ただでさえ最近トラブルが頻発していた上に、局長と班長2人が入院した。加えて大量のエルフキャットの受け入れ準備も必要……となると、とてもじゃないが新しい種類の魔法生物は受け入れられない」
「……なるほど」
そうだろうな、とは正直思っていた。
だがそうなると、ファイアフォックスはどこに行くことになるのだろうか。飼育方法のノウハウも確立されていない、さらに下手をするとあたりを火の海に変えてしまうような生物だ。そう簡単に飼い主が見付かるとも思えないけど。
「実はね、けっこう楽しみにしてるんだよ」
「楽しみ?」
「うん。ほら、フィート君のネーミングセンスってけっこう詩的だからさ。あのファイアフォックス君にはどんな名前を付けるのかなって」
「……? えっと、あの子の名前を僕が付けてもいいんですか? 飼い主になる人に決めてもらった方がいいんじゃ……」
「うん。だからほら、飼い主になる人に決めてもらおうとしてるんだよ」
「えっ?」
「えっ?」
えっ?
●
「ふふ……。で、結局なんて名付けたの?」
「レイククレセント。揺らめく尻尾が水面に映る三日月を連想させるから」
「ふふ……。月モチーフで統一してるのね」
「かっこいいでしょう?」
「ふふ……」
メルフィさんとの付き合いも長くなってきたけれど、ふふ……。だけで発言が終わるパターンは初めて見たな。
なんでだ。かっこいいじゃん、レイククレセント。
「それで? 新入りの2匹も、デザートムーンちゃんと一緒にカフェで接客をするのかしら?」
「あ、いえ。ナイトライトはそうなんですが、レイククレセントはもうちょっと様子を見ようと思ってます。あまり人間に慣れてないし、デザートムーンたちとの相性もまだわからないので」
「ふふ……。なるほどね」
「まだ僕自身ファイアフォックスについては知らないことが多いので、これからたくさん学んでいかなきゃいけないですね」
「ふふ……。楽しそうね、フィート君」
「そりゃあそうですよ! ファイアフォックスとの共同生活! 冷静になって考えてみると、こんな貴重な体験はめったにできませんからね! なんせ東方ではファイアフォックスは神聖視されていて、部外者の接触はかなり厳しく制限されてるんです! 前に僕がフィールドワークに行ったときなんか、こっそり排泄のシーンを記録しようとしたのが見付かって殺されかけたくらいで……」
「ふふ……。なにやってんだこいつ」
あきれた目でツッコミを入れてくるメルフィさん。まあこれに関しては現地の規定を無視して無茶した僕が悪いので、返す言葉もない。僕も若かったのだ。
「ふふ……。しかし気になるわね」
「え? ああ、排泄は案外普通でしたよ。一般的なキツネ種と同じ、黒くて少しだけ細長い……」
「そっちじゃなくて。そんなに厳重に保護されているファイアフォックスが、どうやって遠く離れた王都なんかにやって来たのかしらね」
そっちか。たしかにその点は僕も気になっていた。
ファイアフォックスの生息地から王都まで、かなり距離がある。さして体力のないファイアフォックスが自力で渡りきることはできないはずだ。
つまりレイククレセントは、人間の手によって王都に運び込まれた可能性が高い。だが誰が、何のために? エルフキャット同様、愛玩用に欲しがったお金持ちでもいたのだろうか。
「ふふ……。ま、このあたりについてはギルドでもちょっと調べてみるわ」
「え? 冒険者ギルドが動くような案件でもないと思いますが」
「ふふ……。ちょっと考えがあってね。フィート君、もしかしたらあなたの知識を借りるかも」
「はぁ。そりゃまあ、僕にできることならいくらでも協力しますが……」
「ふふ……。ありがとう。それじゃ私はそろそろ失礼するわよ。もうそろそろ開店の時間だし、ね」
そう言い残して、メルフィさんはカフェを出て行った。
メルフィさんの考えていることはいまいちわからなかったが、しかし残念ながらあまり考え込んでいる時間はなかった。メルフィさんの言うとおり、開店の時間が近づいていたからだ。
ナイトライトが加入して最初の営業だ。ここで失敗するわけにはいかない。
「デザートムーン! いつものくす玉のそばで待機!」
『みゃぅ!』
「ナイトライト! 君、ずっとデザートムーンにくっついてるな! 危ないからちょっと離れてなさい!」
『みゅ~~~』
「レイククレセント! 僕の部屋で待機! ちょくちょく様子は見に行くから、寂しいだろうけど我慢してね!」
『きゃんっ! きゃんっ!』
……よし。
立ち位置はこれでばっちりだ。ちょっとばかり、まだナイトライトがデザートムーンに近すぎる気はするけど。
しばし時間が経過。その時が来るのを待つ。
……そして、開店時間が訪れた。
「――ようこそ、エルフキャットカフェ『desert & feed』へ!!」
『みゃぅ!』
『みゅ~~!!』
歓迎の魔法球がはじけて、待っていたお客さんたちの歓声が響いた。
さあ、新装開店初日だ。頑張ろう!
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