第14話 狐火を鎮火せよ
魔法生物を相手に『高潔』とか『神聖』とか、その時点でちょっとズレてるんだ。
彼らはみんな生きるために必死だ。そのためにはなんだってする。
そういう生きるための行動に、人間の価値観から過剰に意味を持たせるべきじゃない。余計なバイアスで勝手に行動を予測できた気になっていると、いつか手痛いしっぺ返しを受けることになる。
どこかで聞いたことのある話だった。誰に聞いたんだっけな。
局長とゴードンさんが炎に包まれるその瞬間、『水の防壁』と口の中で素早く唱えながら、僕は心のどこかでそんなことを思い出していた。
『みゃぅ!』
「がっ!?」「ぐぉっ!?」
僕が水の防壁で2人の体を囲んで炎を防ぐのと同時に、デザートムーンが水の魔法球を放ち、局長とゴードンさんの体を消火する。我ながらなかなか息の合ったコンビネーションだった。
とりあえず2人の体の周囲は水で覆われ、体の火は消し止められた。だが既に負った大やけどが消えるわけではない。さっさと回収して病院に運び込まないと命が危ない、のだが。
「ロナ、シルフィードであの2人を回収できる?」
「無理。ペガサスは炎を怖がるから」
「だよね。……さて、どうしたものかな」
状況はかなり悪い。
現状、ファイアフォックスを中心に半径20メートルほどの範囲で火災が発生している。いや、火災と言っても大半は幻の炎なんだけど。
ただこの幻の炎の中に、さっき放たれた本物の炎もいくらか含まれているのが厄介だ。全身に大やけどを負った2人をさっさと救出してしまいたいのだが、下手に炎の中に踏み込んでしまうと逆に自分が焼死しかねない。
「はぐぁ、は、はやくたすけろ、おまえらぁ! い、いたいっ! いたいって言ってるだろうがぁ!」
「ぐ……。だまれ、ゴードン。大きな声を出して、そのキツネを刺激したら、また炎が……」
「あああああああっ! いたい!! いたい!!! いたいよおおぉぉぉっ!!!!」
ゴードンは錯乱状態のようだ。アルゴ局長が静止するのも気付かずにわめき散らし、ファイアフォックスを怯えさせつづけている。
……ファイアフォックスが落ち着いてくれて、『幻燈』を消すことができれば問題は解決するんだけどな。本物の炎はまだそんなに燃え広がっていないはず。
幻燈が消えて本物の炎を見分けられるようになれば2人は救出できるし、なんなら僕の水魔法ですべて消火することも可能だろう。だが、
「あぁあぁぁあぁあ!! はやく!! はやく誰かたすけてくれええええ!!!!」
『きゃんっ! きゃんっ!!』
「……すぐ近くにあんなのがいたんじゃ、ファイアフォックスが落ち着くなんて無理な話だ」
「いや、てかあのキツネちゃんなんでずっとあそこにいるの? 敵を2人ともやっつけたんだから、普通すぐあの場から逃げ出すもんじゃない?」
「それは無理なんだ。ファイアフォックスは、生み出した炎が本物か幻か自分でも判別できない。だから炎魔法を使ったあとは、自分で出した炎に囲まれて動けなくなるんだ」
「なにそのあほの子すぎる生態!?」
だからこそ、ファイアフォックスは炎魔法をめったに使わない。『幻燈』は相手を驚かせて撃退する武器であると同時に、自分を怒らせるとこういうことになるから手を出さないでくれ、というデモンストレーションでもあるんだ。
「くそ、要するにあのキツネを黙らせればいいんだろ! 『魔力の矢』ぁ!」
『きゃんっ!?』
「な――バカ、やめろ!」
くそ、これだからゴードン班の連中は!
しびれを切らしたらしい管理局の職員の1人が、魔力の矢を飛ばしてファイアフォックスを攻撃したのだ。……が、20メートル以上先の小さな対象に攻撃を命中させるのは至難の業だ。
魔力の矢は目標からだいぶ離れたところに突き刺さり、ファイアフォックスをさらに怯えさせるだけに終わった。
「くそ! 当たらねえ!」
「いや、これでいい! 9人で撃ち続ければいずれは当たんだろ! おら行くぞ、『魔力の矢』ぁ!」
「おうっ! 『魔力の矢』! 『魔力の矢』!」
「ほ……本当にバカなのか!?」
9人の管理局職員たちが全員で魔力の矢を連発する。本当にバカなのかもしれない。
ちょっと考えればわかることだが、ファイアフォックスのすぐ近くには別の的が2つ転がっているのだ。しかもこっちの的はファイアフォックスよりはるかに大きいし、飛び跳ねて矢を回避することも出来ない状況と来ている。
当然の帰結として、魔力の矢は2つの大きな的――局長とゴードンさんに次々と突き刺さった。
「ぐあああああああああっ!! い、いてぇ! いてえええぇっ!!!」
「がっ、ぐぁっ、ば、馬鹿者ども! 今すぐそのヘタクソな攻撃魔法をやめろぉ!!」
「うわっ!? す、すみません! みんな、こ、攻撃中止だ!」
加えて。矢は一発もファイアフォックスに当たらなかったのだが、降り注ぐ攻撃の雨は小さなキツネをさらに怯えさせたらしい。ファイアフォックスの周囲から、みたび業火が放出された。
『きゃんっ!! きゃんっきゃんっ!!!』
「ああああああっ!! あっ、あちい、あちぃよぉ!!」
「ぐ……おおっ!」
水の防壁のおかげで局長もゴードンさんも燃えることはないが、それでも周囲の温度はかなり上昇したはずだ。くそ、本当に余計なことをする……。
「ぐ……ふぃ、フィート! 頼む、助けてくれんか! お、お前、攻撃魔法はかなり使えただろう! お前なら、正確に狙ったところに当てられるはずだ!」
「!」
「そ……そうだよ! ふぃーと、このクソガキ!! 局長のいうとおり、さっさとたすけやがれ!!」
……なるほど、そうか。その手があったか。
たしかに、僕なら20メートル先であっても狙ったところに攻撃を当てられる。
「フィート! 癪だけど、ここは言う通りにしておこう! あの2人を助けるってだけの話じゃない。このままじゃ植物園全体が焼け落ちちゃう!」
「そうだね。……動かないでね、ファイアフォックス君」
『きゃんっ!?』
「『水の槍』」
呪文を唱えると同時に、僕の掌から高圧の水流が放出される。
攻撃呪文の正確さには自信がある。生み出された水の渦は狙いあやまたず、まっすぐに目標に向かって直進し――
『きゃんっ!?』
そして、ファイアフォックスのすぐ目の前の地面に命中した。
「ば……ばかやろぉ! ふぃーとテメエ、外しやがっ……」
「外してない、狙い通りです。おいでファイアフォックス。いま水が通った軌道だけは、本物の炎がないことが保証されている」
『きゃん!!』
ファイアフォックスが駆け出す。狙い通り、僕の水の槍が通った軌道のとおりに。その軌道上でも炎が踊り狂っているように見えるが、これはすべて幻の炎だ。
炎が生み出す高熱で死にそうになっていたのは、局長とアルゴさんだけではないのだ。一刻も早く灼熱地獄から抜け出したかったところに、救いの糸のように垂らされた水の道。飛びついてくれると思ったよ。
そして、水の槍は僕の掌から放たれたものだ。当然それが描く軌道は僕の元につながっているわけで、ファイアフォックスは自分から僕のところまで飛び込んでくる。
『きゃんっ!! きゃんっ!!』
「あー、落ち着いて。びっくりさせてごめんね。ほら、リングの実食べる?」
『きゃん!!』
「ば……バカ、んなことやってるばあいじゃ……」
「大丈夫ですよ。ファイアフォックスはもともと臆病な生き物で、滅多なことじゃあ戦闘態勢になんて入らない。おいしい食べ物と鎮静効果を持つカーム草があって、さらに優しく撫でてあげさえすれば……」
『きゃんっ』
「10秒もすれば落ち着いてくれるんです」
幻の炎が消えていく。
「『筋力増強』。ロナ!」
「よしきた!」
残った本物の炎の間を、曲芸じみた動きですり抜けながらロナが走る。
「ぐおっ!」
「む……」
またたく間におじさん2人を肩に担ぎ上げ、再び走る。2人分体積が増えたおかげで、来た道をそのまま戻るというわけにもいかないのが辛いところだが――
『みゃぅ!』
「さんきゅ、デザートムーンちゃん!」
デザートムーンの水の魔法球が道を開く。えらいぞ。
「よっし! フィート! あたしはこの2人、シルフィードで病院に持って行くね!」
「了解。あ、僕の増強魔法は5分くらいしか持たないから気を付けてね」
「十分!」
『ぎゅるぉ~~~ん!』
2人を担いだロナがシルフィードに飛び乗り、空に舞い上がる。僕はファイアフォックスの背中を撫でながらそれを見送った。
ほどなくして通報を受けてきたらしい憲兵団が駆けつけ、残っていた炎を消火する。助かった。僕がやってもよかったんだけど、ファイアフォックスがまたパニックになったり逃げ出したりしないように近くに付いておきたかったから。
『みゃぅ』
『きゃんっ! きゃんっ!!』
「あ、こら。デザートムーン。リングの実ならまだあるから、こっちにしときなさい」
ジヴェル植物園の騒動は、そんなふうにして終結した。
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