第13話 魔法生物に関する知識不足(局長サイド)


「局長! 大丈夫ですかい、こっちから火が……うわぁっ!?」


 ゴードンとそれに続いて現われた部下たちが一様に驚きの表情を浮かべる。それを見て、アルゴはにやりと笑みを浮かべてみせた。


「ふん……。どうしたね、諸君。そんなに慌てて」

「い、いやだって、局長こそなんでそんなに平然としてるんですかい!」


 ゴードンが驚くのも無理はなかった。

 植物園の一角を包む業火の中心。アルゴ・ボニークライはそこに平然と立っていた。


「そんなところに立ってちゃ危ねえですぜ! 早くこっちに避難を!」

「心配は無用だ。この炎はファイアフォックスの『幻燈』だからな」

「げん……とう?」

「やれやれ。勉強不足だぞ、ゴードン」


 アルゴはため息をついて、その足下を指し示してみせた。

 そこには小さなキツネが、怯えたように体を縮こまらせながらゴードンを見上げていた。


「ファイアフォックス。東方の森林地帯に生息する魔法生物だ。なぜこんなところにいるのかは知らんがな」

「は……はぁ」

「こいつの特筆すべき点は、この『幻燈』にある。身の危険を感じると幻の炎を出して敵を追い払うんだ。ゴードン、炎に触ってみたまえ。まったく熱さはないはずだ」

「え……? あ、あぁ! 本当ですね。こいつぁすげえ……」

「面白いだろう? ちゃんと木々に燃え広がっているように見えるが、ファイアフォックスが警戒状態を解けばこの幻の炎はきれいさっぱり消えてなくなる。外敵から身を守りつつ、自らが住まう森を傷付けることはない。この神秘的な性質から、この生物は現地で信仰の対象とすらされるのだよ」

「は、はは! こりゃ面白ぇ! すげえ、俺の体にも炎が燃え移ってるのに、ちっとも熱くねえや!」


 ゴードンが炎の中に足を踏み入れ、アルゴとファイアフォックスの方に歩み寄る。炎が体を包むが、まったく熱がる様子はない。


「おう、お前らもこっちに来いよ! おもしれぇぞ!!」

「い、いや、我々は……」

「んだぁ、ビビってんのかよ? おら、度胸試しだ! こっちに来るのが一番遅かったヤツは、罰として裸でデジェネウルフの檻に放り込んでやらぁ!!」

「やめろゴードン、くだらん余興に時間を使うな。エルフキャット捜索という仕事を忘れたのか?」

「う……す、すいやせん」


 アルゴの一喝で、ゴードンによるパワハラは一時中断となった。部下たちはほっと胸をなで下ろす。


「しかし局長、やっぱいくら探してもエルフキャットなんて見付かりませんぜ。やっぱりここから8匹も見付けるなんて無理なんじゃあ……」

「ふん。だから、捜索にこのファイアフォックスを使うんだ」

「……? 局長、そいつぁいったいどういう……」

「まだわからんのか? これだけ探しても見付からないということは、きっとエルフキャットどもは草木の奥深くに隠れ潜んでいるに違いない。つまりそこに炎を放てば、奴らを燻り出せるということだ」

「あ……あぁ!」

「もちろん本当に火を付けるわけにはいかんが、こいつの幻燈なら問題なかろう。ファイアフォックスの幻の炎で、エルフキャットどもを見つけ出すのだよ!」

「さ……さすが局長だぁ! 天才! まさに天才の発想ですぜ!」

「ふん……。それほどでもないがね。さて、そうと決まればゴードン、このキツネ君をもう少し脅かしてやってくれ。より広い範囲に幻燈を放ってくれるようにな!」


「いや、絶対にそれはやめてください」


 アルゴは眉をひそめて顔を横に向けた。

 幻燈の範囲外、木々がなく少し開けた場所。そこに1匹のペガサスがふわりと降り立った。ペガサスの上には、2人の男女と銀髪のエルフキャットが乗っている。


「んだぁ、フィートのガキとその連れか! ライバルの邪魔をしにきたってわけだな? そうはいかねぇぞ! 俺たちぁこれから8匹のエルフキャットを捕まえるんだ!!」

「違う! 危険だと言っているんです。ファイアフォックスの使う火炎魔法は、最悪この植物園を焼き尽くしかねない火力を持っている! なぜこんなところにファイアフォックスがいるのかは知りませんが、むやみに刺激しないでください!」

「ふ……ふははははっ! 何を言い出すかと思えば!!」


 アルゴは高らかに笑った。

 とても愉快だった。今日初めてと言っていいほど晴れやかな、勝利の確信に満ちた愉悦をアルゴは感じていた。


「やはり王太子殿下などの言うことは当てにならんな! 私の魔法生物についての知識がこいつに劣っているだと? バカバカしい! ファイアフォックスが使うのは幻の炎! 本物の火炎魔法で緑を焼くようなことはしない、高潔で神聖な魔法生物なのだよ! やれ、ゴードン!」

「へい! おらぁっ! 俺の拳を食らえ!」

『きゃんっ!』

「やめ――」


 ゴードンが幻の炎をまとった拳を振り上げ、ファイアフォックスに向けて振り下ろす。

 アルゴとしては脅かさせるだけのつもりだったのだが、ゴードンはそう受け取らなかったようだ。明らかに殴りつけるために振り下ろされたゴードンの拳は、偽の炎とともにファイアフォックスの体を捉え


「……あ?」


 る直前で、

 もう1つの炎に包まれた。


 幻の炎と重なるように燃える、新しくファイアフォックスから放たれた炎。

 ゴードンの腕の上で、二重になった炎が踊った。


「あ……ちぃ?」

「2人とも退いてください! ファイアフォックスの『幻燈』は、警戒の第1段階に過ぎない!」

『けぇぇぇぇぇぇん!!!!!!』


 そしてファイアフォックスが咆哮をあげ、再び炎があたりを飲み込んだ。

 先ほどと違うのは、その炎が幻ではなく、本当にすべてを焼き尽くす業火であったこと。


「ぐああああああああああっ!!!」

「うがああああああああああっ!!!」


 そしてその炎はすぐ近くにいた2人の人間を一瞬で包み込み、本物の火だるまに変える。

 全身を焼かれる信じがたいほどの苦痛に、アルゴは絶叫した。

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