第12話 植物園の惨劇(局長サイド)
フィートが植物園から上がる火の手らしきものを確認する、その数十分ほど前。
アルゴ・ポニークライ魔法生物管理局局長は怒り狂っていた。
「ありえん! ありえん話だ! まったく道理に合わんじゃないか!!」
「きょ……局長、いったいどうしたんで?」
その巨体を縮こまらせ、ゴードンがおそるおそる問いかける。
「……今しがた、ハスターから連絡があった。ルルが野生のエルフキャットに襲われ、負傷したとな。ハスター班とルル班はすでに撤退の準備に入っているそうだ」
「へ? おいおい! ルルのやつ、エルフキャットなんかに負けたんですかい! へへっ、いい気味だ。あの女いっつも俺の誘いを断りやがって……」
「黙れ。問題はそこではない。ルルはエルフキャットを見付けているんだぞ! この私が! 自ら植物園などに出向き、10人がかりで探してもまったく見付からないというのに!!」
「い、いやぁ……。ぐ、偶然でしょう!」
「……ハスターはエルフキャットを1匹捕獲したそうだ。そして! そして、あのフィートにいたっては、な、7匹も!! これが偶然か、ゴードン!!」
「ぐ、ぐぐぐ偶然でしょう! だって偶然じゃないとしたら、局長の能力がフィートのガキよりはるかに劣ってるってことになるじゃねえですか!!」
怒り狂っていたアルゴの動きがぴたりと止まった。
どうやら落ち着いてくれたらしいな、とほっとしたゴードンが、勢いのまま続ける。
「だってそうでしょう、2人で7匹捕まえたのと11人で1匹も捕まえられてないのとじゃあ、誰が見たって実力の差は明らかですぜ! 足し算も引き算もできない幼児だって、どっちがたくさん捕まえてるかは理解できまさぁ!! でも実際にはフィートのガキより局長が劣ってるわけなんてないんですから、こりゃあもう奇跡に近いような偶然が働いたとしか……」
「ゴードン」
「へい!」
「植物園の捜索に戻るぞ」
「……へ? いやでも、もう日が暮れますぜ。それにルル班もハスター班ももう撤収するって……」
首をかしげるゴードンに、アルゴは怒りを爆発させる。
「黙れ! このまま、このまま終わってみろ!! 王太子殿下に何を言われると思う!! いいか、必ず今日中にエルフキャットを8匹以上見付けるんだ。見付けられなければ、お前ら全員クビだ!!」
「そ……そんなぁ! 勘弁してくだせぇよ! ……あ、そうだ。だったらせめて、フィートのガキが7匹捕まえたのがどこか確認して、そこで探しやしょう! さっきからこの植物園、エルフキャットの影も形も見当たらねえじゃねえですし……」
「この私が! 魔法生物学の父と呼ばれた私が! ジヴェル植物園にエルフキャットがいると言っているんだ! いないはずがない!」
あまりの剣幕に気圧され、ゴードンは一方うしろに下がった。
「私を誰だと思ってるんだ! かつて私が史上最年少で国家勲章を授与されたこと、知らんわけじゃないだろう!」
「そ、そりゃあもちろん知ってまさぁ。局長が勲章を授かった30年前のあの日のこと、俺ぁ鮮明に記憶してますぜ!」
「勲章を授かったのは37年前だ。愚か者、お前はまだ赤ん坊だろう!」
「そ……そうでしたかい。なにせずいぶん昔のことなんで……」
「もういい! いいからさっさと探せ!! いいか、今後『エルフキャットを捕まえた』以外の報告はしてくるんじゃないぞ!!」
「は……はい」
肩を落としながら部下を連れて捜索に戻るゴードンを、息を切らしてアルゴは見送った。
怒りと屈辱でまだ体が震えている。現実が信じられなかった。これじゃまるで本当に……
『フィート君には民間の協力者として、ロナ君と同様に管理局に足りない部分を補ってもらう。うん。魔法生物についての知識だよ』
そんなことはありえない、とアルゴは首を振って自分の思考を否定した。
王太子殿下自身も言っていた通り、自分は魔法生物学の父とも呼ばれる権威なのだ。知識が足りないなんてこと、あるはずがない。勲章だって授与されたのだ。
『そ……そうでしたかい。なにせずいぶん昔のことなんで……』
「……くそ。くそ、くそ、くそ! どいつもこいつも! 見てろ。私が正しいということを思い知らせてやる!」
苛立ちを抑えられないまま、アルゴは植物園の木々の中に足を踏み入れた。もうあまり動き回れるような年齢ではないのだが、こうして体を動かしていないと気が狂いそうだった。
「どこだ。どこにいる。必ず植物園のどこかにいるはずなんだ。くそ、いっそ火でも付けて燻り出してやろうか……」
そんなことを呟きながら探し回るアルゴの視界の隅。
背の低い茂みの中で、小さな獣ががさりと動くのが見えた。
「……エルフキャットか?」
茂みの揺れの小ささは明らかにエルフキャットのものではないのだが、アルゴはそれに気付かない。
ついに目的の相手とめぐり会えたのかもしれない、という期待に胸を膨らませながら、アルゴはゆっくりと茂みの方に近付く。
「はは……。ほら見ろ。やっぱりいたじゃないか。エルフキャットだ。エルフキャット……」
茂みに動きはない。どうやら、近寄ってくるアルゴを警戒して動きを止めているらしい。
好都合だ、とアルゴはほくそ笑んだ。そのいままじっとしていてくれれば、簡単に捕まえられるはずだ……。
そしてついにアルゴは、動きのあった茂みのすぐ前までたどり着いた。
「よし……よし……よし! さあ出てこい、エルフキャット!」
がさり、と。アルゴは茂みをかき分けた。
エルフキャットがそこにいることを期待して。だがそこにいたのは、
『きゃん!』
「……。キツネ?」
そこにいたのは、キツネだった。橙に近い茶色の体毛。その小さな体を震わせながら、アルゴの方を睨んでいる。
特徴的なのは尻尾だった。尻尾の先は黒くなっており、さらに尻尾の先が靄のように揺らいでいる。まるでその部分だけ空気中に溶けかけているような、不思議な様相だった。
「……お前、まさか」
『きゃん! きゃん!』
さらにもう一歩、アルゴがキツネに近付く。
それがきっかけになった。
『けぇぇぇぇん!!』
「っ!!」
キツネの周囲に、爆炎が発生する。
そしてその炎は一瞬で、周囲の植物と、そしてアルゴを包み込んだ。
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