第11話 月と月、あとなんか燃えてる
「ロナ・ファッジ、救出任務より帰投!」
『みゃぅ!』
「みゃぅ! じゃなくて」
ロナに連れられてきたデザートムーンは、とてもご機嫌がよさそうだった。
こっちの気も知らないで……と言いたくもなるが、まあ無事で戻ってきたならよしとしようか。
とはいえ、確認しておくべきこともある。
「おいで、デザートムーン。……『魔力探知』」
『みゃ?』
「ん? どしたんフィート」
「……いや、別に」
背中から人間の魔力の反応があった。……うん。とりあえず今後、ルルさんの前にデザートムーンは連れて行かないようにしよう。
『みゃ~~~』
「みゃ~~~ じゃなくて」
僕の体を駆け上ってきたデザートムーンを抱きかかえてやると、デザートムーンは満足げに『みゃ』と鳴いてから僕のアゴを舐めはじめた。自由だなぁ、こいつ。
「でもありがとう、ロナ。よく見付けられたね」
「屋根の上をぴょんぴょん跳んでたからねー。空からだと逆に見付けるのが簡単だったぜ」
「そっか。やっぱり捜索は任せて正解だったね。……ところで。さっきから気になってたんだけど、その子は?」
「あー……なんだろね。なんかデザートムーンちゃんと一緒にいたから連れてきた」
『みゅ~~』
黒い毛並みに金色の瞳。見慣れないエルフキャットがそこにはいた。
『みゅぅ~~』
「なんか僕の足を引っ掻いてるね」
「その子、ずっとデザートムーンちゃんにべったりだったんだよね。いまフィートが抱っこしてるから、取られたと思ってるのかも」
『みゅぅぅぅ~~~~~』
「へぇ。デザートムーン、お前同族からもモテるんだな」
『みゃ』
デザートムーンは我関せずといった様子で僕のアゴを舐めつづけている。なるほど、こういう態度が異性を惹きつけるのかもしれない。モテたくなったら参考にしよう。
「ま、この子には悪いけど、他の7匹と一緒にハスターさんに引き取ってもらうしかないかな」
「えーー。恋路を邪魔しちゃかわいそうだよ。フィートのカフェで一緒に飼ってあげなよ」
『みゅ~~~』
「うーん、そうしてもいいんだけどね。ただ一応このエルフキャット捕獲作戦って公務なわけだし、僕が飼いたいからもらう……ってわけにもいかないんじゃないかな」
「ぐぬ……。まあそうか~~」
ロナがため息をつく。
黒毛のエルフキャットもなんとなくちょっとがっかりしたように……は見えないな。一心不乱に僕の足を引っ掻いている。履いてきたのが安いズボンで良かった。
「なにかこう、僕がカフェで引き取るべき具体的な理由を提示できるエルフキャットなら、管理局から飼育の権利を奪い取ることもできるんだけどね」
「具体的な理由、ってたとえば? 管理局では扱いきれないような獰猛な性格とか?」
「そうだね。あとはそうだな、『アルファ』……群れのリーダーになるようなエルフキャットなら可能性はあるかもね。そういうエルフキャットと仲良くなる価値は大きい。僕の方が管理局の面々よりエルフキャットとの親交を深められると判断してもらえれば、うちで引き取れるかも」
つまりまあ、普通のエルフキャットでは無理ということだ。
残念ながら黒毛のエルフキャットには恋をあきらめてもらうしかないだろう。
「ふうん……。その『アルファ』かどうかってのはどう見分けるの?」
「ん? ……確実な見分け方ってのはないんだけど、そうだね。同じ群れの他のエルフキャットの反応を見るといいよ。群れのアルファってことはその群れでの魔力勝負に勝ち続けてきたってことだから、他のエルフキャットの多くから敬意を持たれているはずだ」
「なるほどね。ちなみにもしかして、エルフキャットって敬意を持った相手に会うとき、ちょっと姿勢を崩してみせたり、転がってお腹を見せたりする?」
「え? うん。ずっとそうしてるわけじゃないけど、久しぶりに会ったときなんかはそういう反応をするかな。ずいぶん詳しいね」
「や、詳しいっていうか。フィートの後ろでいま、7匹のエルフキャットたちがそういう反応をしてるんよ」
首を回してうしろを振り返る。アゴを舐められなくなったデザートムーンが不満そうに抗議の声をあげた。
「ね?」
「……デザートムーン。お前、群れのアルファを籠絡してきたのか」
『みゃぅ! みゃぅ!』
『みゅぅ~~~』
かりかりかり。かりかりかり。
脇目もふらずに僕のズボンを引っ掻きつづける彼女は、どうやらグレイライン廃工場地帯における『アルファ』らしかった。
●
「……よし、決めた。君の名前は『ナイトライト』だ。真っ黒な毛と金色の瞳が、真っ暗な夜の中で輝く月光を連想させるところから名付けた」
『みゅ~~』
「相変わらず14歳みたいなネーミングするね。あと名前の由来、デザートムーンと被ってるし」
「そこがこだわりのポイントだ。将来つがいになるかもしれない2人だから、関連性のある名前にしたんだ」
「ネコなんだからもっとかわいい名前にしてあげなよ……」
いつも通り僕のネーミングセンスは不評だった。
なんでだ。かっこいいじゃん、ナイトライト。
「……あのぅ、終わりましたか? 終わったなら、その子も魔導車に乗せますけど」
「あ、はい。お願いします」
『みゅ?』
ハスターさんが手配したらしい作業員風の男がナイトライトを抱き上げ、魔導車へと運ぶ。
「ていうか。名付けたはいいけど、結局その子も魔導車に乗せるんだ」
「うん。シルフィードに乗せて空の旅が難しいことは変わりないしね。いったん魔導車で管理局まで運んでもらって、そのあと王太子殿下に頼んでカフェに置かせてもらおう」
「ふぅん……。ちょっとかわいそうだね。デザートムーンちゃんと離ればなれになっちゃってさ」
「ん。でもまあほら、すぐ再会できるからさ」
「いやいや。結果的にまた会えるとしても、当事者としてはそんなことわからないもんでして。つらいよ~。好きな人と生活圏が切り離されて、会えなくなるってのは……」
そんな深刻な話でもないと思うけどな。
ともかくそういうわけでナイトライトは魔導車に入れられ、一時のお別れとなった。次に会うのは『desert & feed』の看板娘としてになるだろう。
「……ま、色々あったけど、最終的には大収穫だったね。エルフキャットたちもたくさん保護できたし、ナイトライトにも会えた」
『みゃ~~』
「あの嫌味な局長もぎゃふんと言わせられそうだね。たしかあの人は植物園に行ったんだっけ?」
「うん、ハスターさんによるとね」
「なら収穫ゼロだろうね。どうする? ちょっと植物園に寄って、大口叩いて1匹も捕獲できなかった顔でも見ていく?」
「いや、そんな悪趣味なことはしないけど……」
軽口を叩くロナに苦笑しながら、僕はシルフィードにまたがった。デザートムーンは膝の上に抱える。僕の前にロナが座り、その合図でシルフィードが羽ばたいた。
『ぎゅるぉ~~ん!!』
軽快にシルフィードが翼を動かし、空の旅が始まった。頬を切る風が心地いい。
「デザートムーンちゃんも慣れてきただろうし、昼よりちょっと速度上げるよ!」
「……昼乗ったときも思ったけど。シルフィード、3年前よりずっと動きが洗練されてるね。天馬部隊最速って言われるだけのことはあるよ」
「へへ、日々の鍛錬のたまもの! もともと天馬部隊で一番遅いペガサスだったとは思えないっしょ!」
『ぎゅるるおぉ~~~~ん!!!』
首を撫でるロナにシルフィードが誇らしげにいななき、速度をさらに上げた。
久しぶりに味わう爽快感だった。管理局をやめたときにクレール隊長のスノウウイングに乗せてもらったけど、あの時はこんなに速度出てなかったからなぁ。
耳元で鳴る風の音。全身で感じる空気の感触。眼下に見える王都が、どんどん景色を変えていく。それはまるで、本当に風と一体になったような気持ちよさで――
「ロナ、ストップ」
「ん? どした。管理局にはまだ距離あるけど。あ、先にカフェに寄ってく?」
「いや。ジヴェル植物園に行こう」
「お。やっぱり局長さんの顔が見たくなった?」
「そうじゃなくて」僕は真顔で首を振った。「なんか燃えてるから」
「えっ」
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