第10話 3つの通信

●魔法生物管理局15番から未識別の水晶玉へ


<通信開始>


「……あ、繋がった。えーっと、すみません。魔力探知にそちらの水晶玉が引っかかったもので。こちらは魔法生物管理局、ロバート・レイダス。識別記号が振られていない水晶玉のようですが、あなたは?」

「ああすみません。この水晶玉、さっき市場で調達したものなんですよ。こちらはフィート・ベガパークです」


<すこし驚いたような沈黙>


「おぉ……協力を要請された専門家の。お噂はかねがね」

「それで、これはなんの通信ですか?」

「情報共有です。グレイラインに想定よりはるかに強力なエルフキャットがいます。先ほどルル班長が戦闘し、負傷しました」

「……あの人が? めったに仕事をしない代わりに、働くときはたいてい成果を上げる人だったと記憶していますが」

「とにかくエルフキャットの強さが異常だった、としか言いようがありません。あんな膨大な魔力、いったいどこで蓄えていたのか……」


<考え込むような


「ふむ……。もしかしたらそのエルフキャット、『アルファ』かもしれませんね」

「アルファ、ですか?」

「ええ。エルフキャットは、ネコ的な個人主義と魔力比べによる絶対的な格付け、ふたつの性質をあわせ持ちます。そのためか複数のエルフキャットが集まる場所では、他の野生生物では類を見ない、ゆるい社会構造を形成することがあるんです」

「さすが、お詳しいですね。なるほど。その社会のリーダーがアルファと呼ばれるわけですか」

「ええ。……もしそのエルフキャットがアルファであれば、確保できたときのメリットは大きいですよ。おそらく他のエルフキャットの縄張りにも精通しているでしょうから、仲良くなれればエルフキャット探しの大きな助けになる。どんな特徴がありましたか?」

「体毛は銀色でした。それに、真っ赤な瞳が印象的でしたね」


<かなり長い沈黙>


「…………。もしかして、『みゃぅ』という鳴き方をすることが多かったり、嬉しいときに右前脚で床をとんとん叩くクセがあったり、一般的なエルフキャットの1.5倍くらいかわいかったりしませんでしたか?」

「はぁ……。いや、そこまで詳しくは覚えてないですね。なにか心当たりでも?」

「ああいえ、全然。まったく知らない猫ですね」

「実は僕も、あのエルフキャットはどこかで見たことがあるような気がしていて……」

「いやたぶん気のせいでしょう。エルフキャットなんて、慣れないとみんな同じように見えるものですよ」

「そ、そういうものでしょうか」


<戸惑ったような一拍>


「ともかく、お話はわかりました。僕の方でも気を付けておきます」

「あ……はい、ありがとうございます! ただおそらく、今日はもう撤収ということになると思います。ルル班長がこの状態ですから……」

「ああ、そうですよね。わかりました。ただ、僕はもう少し残ります。個人的にやることがあるので」

「なるほど、了解しました。お気を付けて。……あ、フィートさん。最後に1つだけ」

「ん? なんでしょう」

「管理局のマナラビットたち、最近はよくエサを食べてくれてます。一時期はずっと食事を拒否してたんですけど……。フィートさんに教えていただいた方法のおかげですよ」


<一拍ののち、嬉しそうな笑い声>


「……! あはは、それは良かったです。エサのあげすぎには気を付けてくださいね」

「ええ、もちろんです! ……偶然でしたが、今日はフィートさんと話せて良かった」

「僕も、管理局の魔法生物たちの状況についてちょっとだけ安心できました。……正直、わりと心配してたんですよ」

「はは……。正直、心配されてもしょうがないような体制ではありますからね……」


<一瞬だけ、お互いに考え込むような間>


「あ、すみません。このあと連絡しないといけない相手がいるので……」

「あぁ、はい! 銀毛のエルフキャットにお気を付けて!」

「……。はい、きをつけます」

「なんで棒読み……」


<終話>




●未識別の水晶玉から魔法生物管理局6番へ


<通信開始>


「突然の通信で失礼します。こちらフィート・ベガパークです」

「お? フィートか。こちらハスターだ。よかった、お前に撤退の指令をどう伝えようか悩んでいたところだったんだ」

「ルルさんが負傷したそうですね」

「なんだ知ってたのか。あいつが負けるような相手に、俺の班が太刀打ちできるわけないからな。そっちもさっさと退いた方がいいぞ。お前が負けるとは思わないが、同行者の友達や魔法生物にケガさせたくはないだろう」

「ロナもシルフィードも、そんなやわじゃないですよ。……それよりハスターさん、頼みがあるんですが」


<ハスターの笑い声>


「頼み? 謙虚だな、フィート。『指示』と言っていいぞ。前にも言ったが、俺は専門家の意見に従わせてもらうつもりだ」

「では、指示があります。いま僕は第一魔力炉付近の倉庫にいて、エルフキャット7匹を保護しています。ただ僕にはこのエルフキャットたちを管理局まで移動させる手段がない」


<驚いたような沈黙>


「……待て、待て待て。第一魔力炉だと? エルフキャット7匹だと? こっちは魔力濃度が高い地点を5人がかりで探して、1匹捕獲できただけだぞ? なんだってそんな……」

「運が良かったんでしょう」

「……市場、市場か! そうか、魔力濃度より食料の供給源を基準に考えるべきだったんだな。……やるようになったな、フィート。俺を利用しようとしたわけだ」

「気のせいでしょう」

「ふん。ごまかすことはないさ。俺が悪い。『特に魔力濃度が高い地点を探せ』というのは俺の指示だった。……やっぱり自分で考えるとろくなことにならんな。重要な判断は他人にさせるに限る」

「間違った信念の確信を深めないでほしいんですが……」


<毛煙草の煙を吐き出す音>


「それに1匹捕獲できただけ俺はマシだ。聞いたか? 局長とゴードンはジヴェル植物園に向かったそうだ。かわいそうに、成果はゼロだろうな」

「……これを機会に、少しは魔法生物と向き合う時間を大事にするようになってもらえるといいんですが」

「はは、望みは薄いと思うぞ」


<少しの沈黙>


「……さて、エルフキャットの輸送だったな。すぐに魔導車を手配しておく」

「助かります」

「ああ、そうそう。ひとつ忠告だが」

「はい?」

「飼い猫のしつけはしっかりしておけよ」


<ものすごく長い沈黙>


「……なんのことを言っているのか……」

「銀毛に赤い瞳のエルフキャット、と聞いた時点で覚えのある特徴だとは思ってたんだが。さっきお前、『ロナもシルフィードもそんなやわじゃない』と言ったな。なぜデザートムーン君をはぶいた? ルルにケガを負わせた脅威が、そのデザートムーン自身だと知っていたからだろう」


<わりと長い沈黙>


「あの、ハスターさん。いきなりこんなことを言うのもなんですが」

「なんだ?」

「やっぱり僕、管理局であなたが一番嫌いです」


<ハスターの笑い声>


「はは、局長よりもか? それは光栄なことだな」

「デザートムーンのことですが……」

「特に上に報告するつもりはない。証拠もないしな。それになにより、そんなことをしろとはマニュアルに書かれていない」

「助かります」

「さて。撤収の作業もある、そろそろ通信を切らせてもらうぞ。そちらの位置は魔力探知で把握するから、水晶玉はエルフキャットたちがいる場所に置いておいてくれ」

「わかりました」


<一瞬の間>


「……あ、すみません。せっかくの機会なので、最後にもう1つだけお聞きしたいことが」

「うちの魔法生物たちなら元気だぞ。俺はマニュアル通りに世話しろと指示しているんだが、部下の一部が命令を無視して的確な管理を実施している。お前の入れ知恵だろう、フィート? 助かってるよ。この形が俺にとって最も理想的だ」

「そうですか……。よかった。どんな形であれ、魔法生物たちが健康に過ごせているなら僕に文句はありません」

「そうだろうとも。さて、もういいか?」

「ええ」

「じゃあな。……やれやれ、忙しい1日もそろそろ終わりか。このまま何事もなく終わってくれるといいんだが」


<終話>




●ジヴェル植物園から憲兵団1番へ


<通信開始>


「緊急連絡! 緊急連絡! ジヴェル植物園から憲兵団へ。至急、応援を要請します!」

「ジヴェル植物園、詳細を報告せよ」

「園内にて火災発生! 繰り返します、園内にて火災発生!! 捜索任務中の魔法生物管理局職員が数名、取り残されている模様!!」

「応援要請を承認。至急、水属性の魔術師を現場に急行させる」


<終話>

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