第9話 デザートムーンの冒険 ②
「『水の防壁』『魔力追尾』『水の槍』『水の槍』『水の槍』」
『ふしゃあああああああっ!!!!』
戦闘開始から数分。戦いはルルとデザートムーンの一騎打ちの様相を成していた。
ロバートたち4人の職員もルルを援護したのだが、デザートムーンの魔力球から放たれた攻撃によってあっさりと戦闘不能に追い込まれ、単なる観戦者にされてしまっていた。
「あ~~……キミら使えなすぎ。給料分は働けっての」
「す、すみません班長、足手まといで……」
「『水の防壁』『水の槍』……ま~いいよ。最初からキミらには大して期待してなかったし……」
デザートムーンはあたりを駆け巡り、それに連動して動く魔力球から次々と攻撃を発射する。しかしルルは水の防壁によってすべての攻撃を受け止め、逆に追尾する水の攻撃でデザートムーンを狙い撃つ。デザートムーンは障害物を駆使して回避しようとするが、うち一発が背中をかすめた。
『みゃうっ!?』
「……すごい。なんて強さだ」
「あん? なんだロバート、知らなかったのかよ。普段はあんなだが、ルル班長は武官学校を首席で卒業した才媛だぜ」
「個人戦闘能力なら魔法生物管理局でぶっちぎりの1位。あのくらいは当然だ。……俺たちも下手に手を出さず、最初から黙って見てればよかったなぁ」
得意げに講釈を垂れる先輩たちに、ロバートはしかし首を振った。
「あ……いえ、違うんです。僕が言ったのはそっちの方じゃなくて」
「うん?」
「あのエルフキャット。ずっとあの数の魔力球を維持し続けて、一向に魔力切れの気配がない。……異常ですよ、いくらなんでも」
デザートムーンの頭上には炎、水、風の魔力球が2つずつ浮かんでおり、それぞれから絶え間なく攻撃が噴出されている。
普通の野良エルフキャットなら、まず6つもの魔力球を同時に出すことすらできないだろう。おまけにデザートムーンのように攻撃を連射していれば、数十秒で魔力切れに陥るはずだ。
だがデザートムーンの魔力球は最初と同じ数と大きさを保っており、魔力が切れる気配はない。
この原因は彼の食生活にあった。『desert & feed』においてデザートムーンは、フィートの濃密な魔力を毎日大量に摂取している。結果として彼の体には、あふれんばかりの魔力が蓄積されていたのだ。野良エルフキャットたちが魔力入りの食事を食べられていなかったために魔力不足になっていたのと、ちょうど真逆の状態である。
「……だっるいなぁもう! 『水の防壁』……っ!?」
そしてついに、消耗戦は終わりに向かいつつあった。ルルの魔力が切れはじめたのだ。
生み出した水の防壁がルルの想定より薄く、デザートムーンの風の魔力噴射が防壁を貫通した。ルルの右肩に攻撃が直撃する。
「かっ……!?」
「班長!!」
「……ありえんつえぇ~~」
ルルが荒い息を吐く。彼女が息を切らすほどに働いているのを見るのは、部下4人全員にとってはじめての経験だった。
「長期戦は無理っぽいね。んじゃぁ……」
『ふしゃああああっ!!!!』
「キミら、一瞬だけウチを守ってくれる? そんくらいできるっしょ、さすがに」
「は……はい! 『魔力の防壁』!」
「『魔力の防壁』っ!」
デザートムーンの追撃を、ロバートたち4人の部下が展開した防壁が防ぐ。
ロバートたちは満身創痍で、魔力量もさほど多くない。防御魔法もあまり連続しては使えず、ルルを守れる時間はごくわずかだ。
それでも、ルルに数秒程度の余裕は生まれた。
「……おっけ、ここで残存魔力全部注ぎ込む」
『みゃぅっ!?』
「『魔力追尾』と……、『水の槍』十連発!」
ルルの手から10本の水の槍が放たれた。そのすべてが異なる軌道で、デザートムーンを正確に追尾して襲う。
そのすべてを見切ることは不可能。対人戦闘においてすらこれまで回避されたことのない、ルルのとっておきの大技だった。だが、
『みゃぅ!』
「な……まずい班長、避けられた!!」
猫という生き物は、人間には想像もできないほどすばしっこい。
デザートムーンはするりと空中に飛び上がり、10本の水の槍のわずかな隙間をくぐり抜けて回避した。
ロバートたち4人は魔力切れで、もはや防壁は作れない。
ルルの渾身の大技も、あっさりと回避された。
ロバートたち4人は確信した。自分たちの班長が、エルフキャットに敗北したことを――
「『水の槍』。……悪いね猫ちゃん、あと1発分魔力残ってたわ」
『みゃっ!?』
「は、班長!? さっき魔力全部注ぎ込むって……!」
「クセになってんだよね、仕事で手抜くの。……ま、これでウチの勝ち。どんだけすばしっこくても、空中じゃ回避は無理っしょ」
ルルの掌から放たれた水の槍は、正確に空中のデザートムーンに向かって放たれた。
彼女の言うとおり、デザートムーンがいかに素早くとも空中で大きく避けることはできない。
はずだった。
『みゃぅっ!』
ぱぁん、と破裂音が鳴る。
「……は? 消え……」
「な……んだ今の! エルフキャットがあんなことするなんて、聞いたことがないぞ!」
風の魔力球の中心に火の魔力球を会わせることで破裂させる技。デザートムーンはこれによって発生した衝撃で、自分を弾き飛ばしたのだ。
ロバートが驚くのも無理はなかった。本来、エルフキャットはこんなことをしない。これは『desert & feed』においてデザートムーンが培った技術だった。もっとも普段は自分の体を弾き飛ばすためではなく、毎朝紙吹雪を舞い上げてお客を歓迎するのに使っているわけだが。
『みゃああああああああっ!!!!!!』
ルルの真上に移動したデザートムーンが、6つの魔力球から同時に攻撃を噴射する。
ルル・マイヤーに、それを防ぐ手段はもはやなかった。
「あ~~……。だから嫌なんだよなぁ、働くの……」
そんな愚痴っぽい言葉を最後につぶやいて、ルルの体は魔力の奔流に飲み込まれた。
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