第7話 エルフキャット捕獲大作戦

「ロナ・ファッジ、偵察任務より帰投!」


 シルフィードがふわりと降下し、ロナが地上に降り立った。僕は持っていた果実を地面に置き、顔を上げる。


「報告をどうぞ」

「うん。目視できる範囲で、10分間で2匹のエルフキャットを確認。やっぱりこの近辺にエルフキャットがいっぱい暮らしてるのは間違いなさそう」

「ありがとう。よし、想定通りだ」

「そっちの調子はどう?」

「悪くない。これで準備した果物すべてに魔力を込め終えた」


 僕はそう言って、目の前に並んだ29個の果実を指し示した。。エルフキャットたちを誘い出すためのものだ。

 エルフキャットは魔力に惹かれる。中でも魔力の込められた食べ物は、文字通りエサとして非常に有力なのだ。本当は魚介類の方がエルフキャットの好みに合っているのだけれど、ここ第一魔力炉近くの市場では調達できなかった。別の市場に買いに行く手もあったけど、ここに住んでいるエルフキャットが普段から食べている物をエサにした方が警戒されないだろう。

 その効果のほどは、もともと30個あった果物を29個にしたデザートムーンの様子を見ても明らかだ。いまも僕から強奪したリングの実を夢中になってかじっている。作戦の邪魔だぞ、まったく。かわいいけど。


「……っか、かわいいなこの子」

『ぎゅるぉぉ~~ん!!』

「あ……あぁごめんごめん。シルフィードもかわいいって!」

「『desert & feed』、全日無休で好評営業中だよ」

「……次の非番、また行こうかな」

『ぎゅるぉぉぉ~~~ん!!!!』


 お店の宣伝にも成功したところで、そろそろ始めようか。

 エルフキャット捕獲大作戦、スタートだ。





「……よっし。こっちは配置完了したよー」

「うん、こっちも大丈夫」


 第一魔力炉から少し離れた倉庫の各所に、僕とロナは用意した果物を配置し終えた。いずれも倉庫の出入り口や窓の近くで、それでいて倉庫の中心部から目視で確認できる場所を選んでいる。


「でもさフィート、場所の選定はこの倉庫で良かったの? 第一魔力炉からわりと離れてるよ、ここ」

「魔力炉に近すぎると、果物から発される魔力が魔力炉からの魔力に紛れちゃってエルフキャットに気付いてもらえないからね。大丈夫だよ。ここは魔力炉から市場を結ぶ線上にある倉庫だし、エルフキャットがここを頻繁に出入りしていることは『魔力感知』で確認したから」


 というわけで、あとは待ちだ。倉庫の中心部、僕とロナの二手に別れて配置した果物を見張る。

 特に身を隠したりはしない。いやむしろ、僕らは果物を探しに来たエルフキャットたちに見付けてもらいたいのだ。なぜなら、


『にゅぐるるるっ……』

「! 来たよ、フィート!」

『ふしゃぁぁぁ……』

「うん。こっちも1匹来た。ロナ、魔力球は出せそう?」

「舐めんなって!」


 僕らを見付けたエルフキャットたちは警戒し、威嚇の態勢に入る。つまり魔力球を出すのだ。そして僕とロナもそれぞれ魔力球を出し、現われたエルフキャットとにらみ合う。


 そして、しばしの対峙ののち……


『にゃう~~』

「あ、フィート。お腹見せてくれたよ!」

『にゅぁ~~』

「よし、良い感じだ。とりあえず2匹は確保できたね」


 お腹を見せるのは服従のサイン。あとはこれを繰り返すだけだ。


 ……しかし、それにしても。さっきこのエルフキャットが出した魔力球は、野生のエルフキャットのそれと比べてかなり小さかった。

 おそらく魔力入りの食べ物を食べられていないせいなのだろう。エルフキャットの消化器官は魔力を吸収することに特化していて、通常の栄養素はほとんどがそのまま排泄される。飢餓状態だと通常の栄養素も吸収するはずだが、この様子を見るに吸収効率はあまり良くないらしい。


 要するに、魔力入りの食べ物が食べられないとエルフキャットは想像以上に弱ってしまうようだ。確保した2匹には魔力入りの果物を食べさせてあげる。2匹は無我夢中といった様子で果実にかじりついた。


「ロナ」

「んー?」

「野良エルフキャットたちの健康状態が、思っていたよりはるかに逼迫している。できるだけ早く、多くのエルフキャットを保護したい」

「……おっけー。任せときなって―」


 そのあと、僕とロナはやってくるエルフキャットに対してひたすら魔力球を出し続けた。

 やはりグレイラインのエルフキャットたちは飢えていたのだろう。しばらくの間、倉庫の果物市に来客が絶えることはなかった。





「っ、か……」

「ロナ!」

「……ごめ、魔力切れっぽい」


 エルフキャット7匹をお迎えしたあと。まず限界が来たのはロナだった。

 魔力球を、それも一定以上の大きさのものを出すのにはかなりの魔力を消費する。魔術師というわけでもないロナが限界を迎えるのは当然だった。


「ごめん、無理させすぎた。あとは休んでて」

「なんのなんの。でもそうだね、ちょっと休憩~」


 そう言ってロナは倉庫の床に横たわった。

 僕はロナの隣に移動し、そこでエルフキャットたちの監視を続けることにした。ついでにロナが横たわる倉庫の床に『軟化』をかけておく。


「お? ……おお、固い床がふかふかになった! すごいねこれ。こんな魔法あったんだ」

「ちょっと前に補助魔法のエキスパートと知り合ってね。その人に教えてもらったんだ」


 話しながらも僕は監視を続ける。

 これまでに確保したエルフキャットたちは、みな果物をかじっているか満足して眠っているかのどちらかだ。新たなエルフキャットが倉庫に現われる様子は今のところない。果物の魔力が届く範囲にいるエルフキャットたちは、すでにみんな確保し終えたのかもしれない。


「……そろそろ場所変えもありか。いやでも、すでに確保したエルフキャットたちを連れて大移動は難しいね」

「んん……。大きく移動するならシルフィードに乗ることになるだろうしね。さすがにこの数のエルフキャットを連れて空の旅は厳しいよ」

「うん。数の問題もあるけど、あの子たちはデザートムーンほど僕に慣れてないってのもある。空中でパニックになって暴れ出すようなことがあったら大変だ」

「だねぇ。……ん」

「ん? ……ん?」


 あれ。

 ちょっと待ってくれ。


「……ね、フィート」

「見張りに集中してて気付かなかった。ロナ、君も?」

「あたしも見てない。倉庫に果物を配置して戻ってきた時には、入り口の近くでリングの実をかじってた、けど」

「うん。そこまでは僕も覚えてる。でもたぶん、それ以降は見てない」


 僕とロナは顔を見合わせた。


 デザートムーンが、いない。


「――――た、大変だ! どうしようロナ、ここは『desert & feed』から離れすぎている! もし迷子になったら、自力では帰ってこられない!」

「……大丈夫。あたしとシルフィードが空から探す。まだそんなに遠くには行ってないはずだし、十分見付けられると思う」

「あ……ああ、ありがとう。よし、手分けして探そう。ロナには空から屋外を探してもらって、僕は地上から屋内を……」

「あほか」


 立ち上がったロナが僕の頭にチョップを入れた。


「パニックになりすぎ。あんたまでこの倉庫を離れたら、デザートムーンちゃんが自分でここに戻ってきた時に困るでしょ。あと集めた7匹のエルフキャットの見張りも必要だし」

「あ……そ、そうか。そうだね」

「探索力はどう考えてもあたしとシルフィードの方が上なんだから、そっちはあたしに任せといて。大丈夫、絶対に見付けるからさ」

「……うん、分かった。任せるよ、ロナ」


 パニックになっていた脳がすぅっと冷えていく。

 知っているからだ。ロナ・ファッジという人間がどれだけ頼りになるか。


「おっけ、任された! 安心しててよ。デザートムーンちゃんはあたしが絶対に連れ戻す。次の非番はあんたのカフェに行って、あの子に癒されるって決めてるんだからさ」


 そう言ってロナは、にかりと笑った。

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