第6話 それぞれの捜査網 ②

「……いくつかの煩雑な手続きは省略されているものの、厳密には今回の王太子殿下からの要請は王国行政法に基づく内部通達にあたる。つまり我々の行動選択は、王国行政法による拘束を受けることになる」


 ハスター・ラウラル高危険度生物管理班班長は、愛用の毛煙草に『火炎魔法』で火を付けながら淡々と語る。


「そして王国行政法第46条の規定により、我々は『招致された専門家と必要十分に連携し、成果の向上に役立てる』ことを義務づけられている。それなのに局長には困ったものだ。まさか補佐役に付けられた専門家2人をまるっきり無視するとはな。すぅーっ……ふー……。……お前もそう思うだろう、フィート?」


 顔を上に向けて灰色の煙を吐き出して、ハスターはそう言った。

 問われたフィートは顔をしかめて返す。


「……あなたとあなたの部下以外はもうみんな出発しましたよ。いつまでもこんなところにいていいんですか?」

「おいおい、元上司に対してずいぶん冷たい態度を取るじゃないか。なに、俺は専門家の意見に耳を傾けようと思ってな」

「……なんですって」

「フィート、お前の意見が聞きたい。野良エルフキャットはどこにいると思う?」


 煙を吐きながら、ハスターは平然とそう言い放つ。

 フィートが反応するより先に、隣のロナが憤慨して声を上げた。


「ちょっと! 納得できないんですけど。先に協力を拒んできたのはそちらの方ですよね。それなのにフィートからは情報を引き出そうなんて、虫が良すぎるんじゃないですか!」

「はは。ああ、まったく同意見だ。俺がフィートの立場だったら絶対に情報は出さない」

「だったら!」

「だがそいつは教える。人手が多い方がエルフキャットを安全に捕獲できる可能性が上がるからだ。なあフィート、お前にとっちゃ己のプライドを賭けた競争なんかより、見知らぬエルフキャットの安全の方が重要だろ?」

「……っ!」


 ハスターの言葉に、今度はロナも反論しなかった。

 というよりできなかった。その言葉が正しいことは、彼女もよく知っていたからだ。


「…………。そんなに難しいことじゃないですよ。一般的なエルフキャットの生息域を考えればいいんです」

「生息域? となると森林地帯、緑が濃い場所か。王都中心部だけでもいくつか候補があるな。ジヴェル植物園、クラウゼル国立公園、マイレア家の果樹園帯……」

「いえ、どれも違います。厳密にはエルフキャットの生息域は、樹齢の長い樹木が多くある原生林に近い環境に限られます。彼らが惹かれるのは肥沃な魔力を持つ古代の樹木であって、森林そのものではない」

「ふうん、なるほどな。だが王都にそんな樹齢が長い樹木はないぞ」

「別に樹木でなくても、魔力が豊富な場所であれば良いんです。あるでしょう。かつて豊富な魔力資源で王国の兵器開発を支えていた……」

「……グレイライン廃工場地帯か!」


 指を鳴らすハスターに、フィートはうなずいた。


「だが待て。グレイラインと一口に言ってもかなり広いぞ。俺たちの人数規模でしらみつぶしに探すのは現実的ではない」

「そうですね。だから特に魔力が濃い場所に絞って探す。破棄された魔力炉の周辺です。そのあたりに絞って探せば、今日1日だけでもかなりの成果を上げられるはずです」

「ふむ。やはりフィート、お前が追放されたのは惜しいな。……聞いたなお前ら、グレイラインだ! 道中で局に残した連中と連絡を取り、魔力濃度が高い地域を絞り込んでおけ!」

「はい!!」


 ハスターの部下たちが、いっせいに統率の取れた号令で返す。

 そんなふうにして、ハスターと4名の部下はグレイライン廃工場地帯、破棄された魔力炉周辺に向かった。





「もー、フィートさぁ! 人が良すぎるってば! あんなに詳しく教えてあげることないのにさぁ!」

『ぎゅるるぉ~~ん!!』

「あはは、ごめんごめん」


 憤るロナ(と、それに釣られて特に理由も分からず怒るシルフィード)に詰め寄られて、僕は苦笑した。


「あのハスターって人もムカつくし! なんだあれ! 俺はフィートのこと知ってますって顔してさぁ! あたしのほうが知ってるわ!」

「どこで張り合ってんだよ」

「あいつ、管理局時代は直属の上司だったんでしょ? 大丈夫? いじめられたりしてない?」

「いじめられ……てはないけど」


『却下だ、フィート。マニュアルに沿わないやり方は認められない』

『なぜです。この飼育法の方が効率的なことは分かっているはず!』

『問題が起きた時に俺の責任になるからだ。公務員が出世するための最善の方法は自分で判断しないことなんだよ。マニュアルでも上司でも専門家でも、何でもいい。失敗した時に責任を取らせるヤツを常に用意しておくんだ』

『……そんな理由で』

『俺はな、フィート。。』


「……あんまり良い思い出はないかな、正直」

「だと思った! ……ねえフィート、すぐあたしたちもグレイラインに向かおう! あの人には正解を教えちゃったけど、シルフィードならあいつらより早く目的地に着ける! 速攻でエルフキャット捕まえて、あいつらに思い知らせてやろうよ!!」


 なんだかロナが燃えている。だけど僕は首を横に振った。


「いや。すぐに目的地に向かってもエルフキャットは捕まえられない。市場に寄って準備をしていこう」

「もー!! そんなんじゃハスターに先越されちゃうって!」

「大丈夫だよ。ハスターさんには、一番肝心なところを教えてないから」

「……え」

「ハスターさんは特に魔量濃度の高いところから探そうとしてたけど、それは不正解だ。エルフキャットが生き物だってことを忘れちゃいけない。当然、生きるためには食料が必要なんだ」


 廃工場地帯に十分な食料が残されているとは思えない。生活の拠点はグレイラインの外周付近、近くに食料の調達場所がある地点になるはずだ。


「……つまり、市場に近い第一魔力炉跡。この周辺に、野良エルフキャットたちが密集している可能性が非常に高い」

「お、おお……。なるほど……」

「ハスターさんは魔力の濃いグレイライン中心部から探し始めるはず。僕たちはそれより早くエルフキャットを見付けられるし、もしエルフキャットたちの安全のために人手が必要になればすぐにハスターさんたちを呼び出せる。あの人が連絡用の水晶玉を持ってることはちゃんと確認したからね。向こうが先にこっちを利用しようとしたんだから、こっちがあの人を利用したって問題ないはずだ」

「……え。もしかしてフィート、けっこう燃えてる? ていうか、なんかちょっと怒ってない?」

「…………」


 『第6セクター』とか。『野蛮人』とか。

 別になんてことのない、大した意味のない悪口だ。

 でも。自分の大事な人たちを侮辱されて怒らないほど、僕は人間が出来ていないんだ。


「……魔法生物たちの管理のずさんさも含めて、彼らはちょっと謙虚さを覚えた方がいいと思う。多分これは、そのへんを思い知らせる良い機会だ」

「あ~~~~。これけっこう怒ってんな~。付き合いの長いあたしには分かる。こういう時のフィートは、わりと怖いぞ」

『ぎゅるぉ~ん』

『みゃぅ……』

「行こう、ロナ。まずは市場だ」


 エルフキャットたちの安全は確保しつつ、最短効率でまとめて捕獲する。そのために、まずは必要な物資を調達しなくては。

 シルフィードのふわふわとした背中の感触を味わうのは久しぶりだ。僕はデザートムーンをしっかりと抱きかかえながら、ロナの後ろにまたがる。


 そんなふうにして、僕、ロナ、デザートムーン、シルフィードは、まずは市場に向かった。

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