第5話 それぞれの捜査網 ①
「いやぁ、さすが局長ですぜ! あの生意気なフィートにびしっと決めてやったところなんて、俺ぁ感動して涙が出そうになりました!」
「ふん。世間知らずの無能に事実を教えてやったまでだ」
「く~~っ、シビれるぜ! やっぱ局長には誰も敵わねぇや!」
楽しげに話ながら歩くアルゴとゴードンのうしろに、10人足らずの管理局職員たちがげんなりした表情で続く。体躯2メートルはあろうかという大男が露骨にこびへつらう様は、管理局の人間にとっては見慣れたものだった。見慣れたものではあったが、何度見ても不快な光景ではあった。
「ところで局長! 俺たちぁ今どこに向かってるんですかい?」
「おいおい、ゴードン。分からずに付いてきてたのかね?」
「いやぁすいません! 局長に付いていっときゃあ間違いないかな、と思いやして!」
てれてれとゴードンが頭を掻く。さながらゴリラの毛づくろいといった様相であったが、アルゴはそれを見て仕方ないやつだと頬を緩ませた。
「手分けして捜索するように指示しただろうに、まったく。いいか、我々はいまジヴェル植物園に向かっている」
「植物園……ですかい?」
「うむ。エルフキャットの生態を考えれば分かることだ。あの生き物は主に森林地帯に生息する。そして王都で森林地帯に近い環境がある場所といえば、植物園以外にないだろう」
「さ……さすが局長だっ! なんて鋭い洞察だぁっ!」
大げさに拍手するゴードン。手が大きいものだから音も大きい。うしろに続く職員たちの表情がさらに沈んだ。
「ふん、そうおだてるほどの推理ではない。……あの無能のフィートでも、もしかしたらこのくらいのことには気付くかもしれんな。だが問題ない。我々の方がはるかに大人数で捜索できる。成果を上げるのは我々の方だ」
「うおぉぉっ! そうだ、その通り! あのバカに思い知らせてやりましょう! なあお前らぁ!」
「あ……お、おー!!」
「声が小せえぞ!!!!」
「お……おー!!!!!」
そんなふうにして、アルゴ、ゴーゴンとその部下9名はジヴェル植物園へと向かった。
●
「…………………だっる」
陽光降り注ぐ暖かな公園。
そこでルル・マイア―とその部下たちは、サボっていた。
「………………………………だ~~る」
「あ……あの、班長。我々、エルフキャットを探さなくていいのでしょうか」
「………あ~? ……や~だって見付からんっしょ。王都どんだけ広いんだって話よ」
「いや、しかしですね……」
「そりゃ~ウチだって見付けたいけど。あの
そう言い放つと、ルルは仰向けになって目を閉じた。自慢の赤みがかった黒髪が草原に広がる。
本格的に眠る体勢だった。
「ほんじゃ、おやすみ~~」
「班長!」
「…………しつこいな~~。無理なことはやんない派だって……」
「無理じゃないです! エルフキャットの生息域、ある程度絞り込めました!」
「……………ん~~~~~」
ルルは気怠げに体を起こし、目をこすりながら言葉の主を探す。
「……キミか~~。局長にいらんこと言った件といい、頑張るね~キミは……」
「す……すみません! それしか取り柄がないもので!」
ロバート・レイダス。数ヶ月前、アルゴ局長に『マナラビットの前で餌を食べてみせる』という提案をして逆鱗に触れ、人事評価を落とすと脅された男だ。ちなみに王太子のおかげだろうか、幸いにして今のところ彼の給与は下がっていない。
「謝るこた~~ない。ウチは好きだよ、頑張る若者。ウチの代わりに働いてくれる若者ならなおさらね~~」
「は……はぁ」
「んで? エルフキャットの生息域が絞れたって?」
「あ……はい! 急な呼び出しだったので一部だけですが、管理局からエルフキャットの目撃報告のデータを持ち出してきました! これらの目撃例を地図に落とし込んでいくと、エルフキャットたちの生活圏が重なる場所が見えてきます!」
「……ほ~~~」
「特に目撃例が集中しているのはここと、ここと、ここ。エルフキャットの移動経路を考慮に入れてさらに詳細に絞り込むと、かなり正確に情報が得られます。たとえば一見有望そうな植物園なんかは、近辺でまったく目撃情報がなく――」
「…………………ん~~。ちょい待ち」
「は……はい! どうなさいましたか? 僕の説明に何か至らないところが……」
「ロバ~ト君、キミの仕事はなに?」
唐突な問いに、ロバートは目を丸くする。
「え……。そうですね、本日の業務はエルフキャットの捕獲で……」
「ちが~~~う」
「いてっ!?」
かなり強めのデコピンが飛んできて、ロバートは思わず後ろにのけぞった。
「キミの仕事は、ウチを定時に帰らせること~~」
「え、えーと……」
「それだけ。本日も、明日も、あさっても、ず~~~~っとそれだけ。わかった~~?」
「はぁ……」
「わかったら結論だけ教えて。過程はど~でもいいから」
「わ……分かりました。エルフキャットの生息域はおそらくここ……。グレイライン廃工場地帯だと思われます」
ロバートが指し示したのは、事故によって数年前に破棄された工場地帯だった。ルルは顔をしかめて頭を掻く。
「ふ~~ん、なるほど。つってもグレイライン、けっこう広いじゃんね。結局探すのが大変なのは変わらんな~」
「す、すみません! これ以上はどうしても絞れなくて……」
「ん~~……。まあ行ってみよか。ワンチャンさっさと何匹か捕まえて定時退社できたらアツいじゃんね」
「は……はい!」
相変わらず気怠げに、ルルが重い腰を上げる。
「……キミ、けっこう便利だなぁ。フィート君ほどじゃないけどさぁ~~」
「は、はぁ、どうも。えーと……その、フィートさんというのは?」
「キミが言ってた、マナラビットの前で餌を食べるってやり方をしてた職員だよ。……あの子は便利だったなぁ~~。万能だったし、いくら使っても壊れなかった……」
「……そ、うですか」
「ま、ないものねだりしてもしゃ~~ないやね。ウチらはウチらでなんとかするしかない。さっさと行こ~~」
そんなふうにして、ルルとロバートを含む4名の部下はグレイライン廃工場地帯に向かった。
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