第4話 ビッグ3 あるいは3馬鹿

『ぎゅるぉぉ~ん!! ぎゅっっっるるるおぉおぉ~~~ん!!!』

『みゃ……』

「あはは、分かった分かった。久しぶりに会えて僕も嬉しいよ、シルフィード」


 激しく鼻面を擦りつけてくるシルフィードに僕は苦笑する。乗り手の影響だろうか、シルフィードは天馬部隊でも特に感情表現が豊かなペガサスだった。あまりに激しい愛情表現に、僕の隣にいるデザートムーンもちょっと引き気味だ。


 僕とロナ、それにデザートムーンとシルフィードは、いま魔法生物管理局の敷地のすぐ前にいる。アルゴ局長が管理局の人員を集めてくるまでここで待機、だそうだ。

 なにも要請を受けた当日から捜索にかかることはないのではないかと思うのだが、どうもハルトール王太子の煽りで相当火が付いたようだ。まあエルフキャットたちの保護が少しでも早く行えるというのなら僕としても異存はない。いきなり予定外の仕事を割り振られる管理局の職員たちには同情するけどね。


『ぎゅるぉ~~~ん! ぎゅるるるるるるぉ~~ん!!』

「おーおー、はしゃいどるはしゃいどる。まーカフェに行けば会えるあたしらと違って、この子はガチで3年ぶりの再会だもんなぁ。たまには天馬部隊にも顔出せよな、フィート」

「いや、行きたいのはやまやまなんだけどね。いちおう僕、もう部外者だからさ」

「クレール隊長のこと、未練がましく隊長って呼び続けてるヤツの言い草とは思えませんなぁ」


 軽口で返すべき場面だった。それなのにとっさに言葉が出なかったのは、ロナの言葉が核心を突いていたからかもしれない。


「あ、てかさてかさ。ちょっと気になったんだけど、さっきアルゴのおっちゃんが言ってたやつ、どういう意味なん? 『第6セクターの野蛮人』ってやつ」

「……ああ、あれね。いや別に、大した意味のない悪口だよ」


 一瞬空いた沈黙の意味を敏感に察知したらしいロナが、さらりと話題を変える。……気を使わせちゃったな。申し訳ないことをした。


「えっとね。魔法生物管理局が、第1セクターから第5セクターに分かれてることは知ってる?」

「まーなんとなくは」

「あれは魔法生物の分類に由来してるんだよ。かつて魔法生物学者のペル・ワーケンは、人間に対する脅威度に応じて魔法生物をクラス1からクラス5までに分類した。管理局のセクターはこれに則って、クラス1の魔法生物は第1セクターに、クラス2の魔法生物は第2セクターに……ってふうに収容してるんだ」


 クラス1、2の魔法生物はまとめて低危険度魔法生物とも呼ばれる。ごく一部の例外を除いて、ここに属する魔法生物たちが人間に害をなすことはない。

 クラス3,4は中危険度魔法生物。強い魔法的性質を有し、状況によっては1個人にとっての脅威にはなりうる。ちなみにエルフキャットはクラス4に属する。

 クラス5は高危険度魔法生物。条件が揃えば1個小隊規模の人間に対して脅威となりうる。ペガサスはここだ。

 もっとも本当に人類にとって害となる存在は『魔獣』に分類されるわけで。ここに属する魔法生物は基本的に人類に友好的、もしくはなんらかの人類に有益な魔法的性質を有している。


「……で。よくある趣味の悪い冗談として、『人間はクラス6の魔法生物だ』ってのがあるんだ。『魔法的性質を有する動物であって、魔獣でない』ってのが魔法生物の定義なんだけど、人間は厳密にはこれに属している。で、

「おぉ……。帝国との戦いを思い出すと否定はできんなぁ。『狂いの霧』で超強化された帝国兵、マジで怖かったもん。あたし、いまだに悪夢で見るよ」


 僕も。まあたぶん帝国の側も、地形無視で急襲してくる天馬部隊に対して同じことを思っていただろうけど。


「そしてさらに趣味の悪い冗談として、魔法生物管理局の人間は天馬部隊を含む人間の兵舎を『第6セクター』と揶揄することがあるんだ。クラス6の魔法生物を収容してるから、ってね。アルゴ局長の発言はこれを元にした悪口だったわけ。以上、説明終わり」

「お~~~。解説感謝感謝。なるほどなぁ。すっげえインテリな悪口言われたんだなぁ、あたし」


 ロナは感心した様子でうんうんとうなずいている。自分が言われた罵倒の解説を受けたとは思えないその反応に、僕は苦笑する。


「……まったく。その程度のことすら解説されないと分からないのかね?」


 唐突に背後から聞こえてきたのはアルゴ局長の声だった。嫌味を言わなきゃ登場できないのか、この人は。


『ぎゅるぅぉ~ん……』

「こちらの準備は完了した。さすがに我が局の職員は優秀だな。急な呼びかけだったが、20人もの人員を動員することができたよ」


 かわいそうな20人に同情しながら僕は振り返り、そしてちょっと驚いた。

 驚いたというか、ちょっと引いた。


「……すごいメンバーですね」

「ふん。さすがに恐れおののいたか。降参するなら今のうちだぞ、フィート」

「いや、恐れというかその……。収容施設の方は大丈夫なんですか?」


 王太子殿下、ちょっと局長に火を付けすぎたんじゃないだろうか。なにしろ局長が急遽集めたという20人のうち3人は、


「はん! てめえに心配されるいわれはねえよ! なんせ俺たちには局長のマニュアルがある。うちのカスどもも、マニュアルに従ってさえいりゃあ1日くらい俺なしで過ごせるだろ!」


 魔法生物管理局低危険度生物管理班班長、ゴードン・バグズと、


「…………………だる」


 同じく中危険度生物管理班班長、ルル・マイアーと、


「久しぶりだな、フィート。元気そうで何よりだ」


 同じく高危険度生物管理班班長、ハスター・ラウラルだったのだ。各セクターの管理責任者が揃い踏みだ。


「お久しぶりです、ハスターさん。……いやその、ゴードンさん。そういう問題ではなく。現場の指揮官クラスと最高責任者が全員いない状態では、有事の際に身動きが取れなくなるんじゃないかと思うんですが」

「だーかーらー、局長のマニュアルさえありゃあ、その有事とやらは起きようがねえっつってんだよ! つーかお前、通信魔法を知らねえのか? なんかありゃあ水晶玉で知らせが来るだろ!」

「その水晶玉はどこに持ってるんですか? ゴードンさん、どう見ても手ぶらですが」

「っそ、それは……。おいてめえら、誰か水晶玉持ってるよなぁ! 俺は確かに言ったぞ、連絡用の水晶玉がなきゃやべえってよぉ!」


 ゴードンが自分の部下らしい数名に怒鳴りつけるが、誰からも返事はない。たぶんゴードンが言うような指示は出ていなかったのだろう。


「くそ、てめえら誰も持ってねえのかよ! ざけんな、無能のカスどもが! 局長の前で恥をかかせやがって――」

「落ち着け。水晶玉なら俺が持っているし、部下にもいくつか持たせている。1つ貸そう」

「お……おうそうか。わりぃなハスター。……見たかフィート! 的外れな心配ご苦労だったなぁ!」


 相変わらずすごい人だった。というか、通信手段があったとしても班長全員が施設を離れるのは問題があるんじゃないかと思うんだけどな……。施設の魔法生物たちがちゃんとお世話してもらえるだけの人員は残っていることを祈ろう。


「ゴードン。お前は相変わらずそそっかしいな」

「す……すみません局長っ! 俺の部下が至らねえばっかりに! 局長の足を引っ張ってばっかりで、ほんと申し訳ねえ!」

「気にするな。そういう愛嬌も、お前が人から愛される由縁だろう」


 ゴードンの部下たちが一斉に小さく首を振るのが、僕の角度からは見えた。少なくとも部下からはあまり愛されていないらしい。


「ま、そういうわけだ。我々は十分な人員を確保した。君と違って豊富な知識と経験を持つ班長3人も、全員が今回の任務に参加する。対して貴様らはたった2人。どうやって王太子殿下に取り入ったのかは知らんが、私が貴様より優れているということはすぐに証明されるだろうな!」

「はぁ……。ん?」


 たった2人?


「あの。もしかしてですけど、僕とロナは2人だけでエルフキャットを探すことになってます?」

「当たり前だろう」


 アルゴ局長は当然のようにそう言い放った。


 じゃあ僕たちはなんのためにここで待ってたんだよ。

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