第3話 ミッション受注

 久しぶりに訪れた王城。王太子殿下の執務室に入ると、そこには意外な顔が待っていた。


「よ、フィートじゃん。デザートムーンちゃんも。なんでこんなとこにいんの?」

『みゃ』

「よ。……なんでいんのはこっちのセリフだよ。僕は王太子殿下に呼び出されたんだ」

「そーなん? あたしもあたしも。奇遇ー!」


 にこにこと楽しげに――王太子に呼び出されて指令を待っているという状況にはちょっと不適切なほど楽しげに、彼女はぴょんぴょんと栗毛などを揺らしてはしゃいだ。


 ロナ・ファッジ。王立天馬部隊時代の同僚だ。いちおう同期ということになるのだろうか。僕は主に厩舎の管理員として、彼女は天馬に跨がる戦闘員として、同じ年に天馬部隊に入隊した。


「……え、じゃあなんか同じ指令を受けるってこと?」

「おお! だったらいいねー。3年半ぶりの合同任務だ!」

「2人での任務は4年前、ヴェルニースへの夜間偵察以来だよ。懐かしいな。隠蔽魔法を貼って敵地の真上で潜伏してる時に、ロナが急にトイレに行きたいとか言い出して……」

「あーはいはい。余計なことは思い出さなくていいからねー」


 思い出話に花を咲かせていると、部屋の右奥、僕らが入ってきたのとは違う扉が開いた。

 話すのをやめ、居住まいを正して正面に向き直る僕らを見て、入ってきたハルトール王太子は苦笑いして手を振った。


「そう構えないでほしいな。まだ全員揃ってないし、雑談を続けてくれても構わないよ」

「いやぁ、さすがにそういうわけにはいきませんよ」

「あはは、この親しみやすくて素敵な王太子殿下さんに遠慮は不要だよ!」

「……あれ、親しみやすくて素敵な王太子殿下。まだ全員揃ってないってことは、他にもどなたか呼んでらっしゃるんですか?」

「お、そうそう。今日の主役がまだ来てないんだ。フィート君、君もよく知ってる人だよ」


 僕がよく知っている人?

 クレール隊長、ならロナと一緒に来ていないのは変だし……。もしかしてメルフィさんだろうか。たしか王太子殿下と面識があるそうだし。

 しかしメルフィさんが来るとなると、いよいよ人選が謎すぎる。天馬部隊の隊員、在野の補助魔法使い、そしてカフェの店長。この3人で何をしろって言うんだ。


 ……まあいいか。ロナにせよメルフィさんにせよ、僕が知る人間の中でも特に才能あふれる人たちだ。彼女たちと一緒なら、たいていのことは難なく片付けられるだろう。


「……お、来たみたいだね。1分遅刻だよ、まったく」


 後ろで扉が開く音がして、王太子殿下がつぶやいた。

 なんだかんだメルフィさんと会うのもちょっと久しぶりだ。僕は振り返って、いつもと変わらないちんまりとした彼女を迎え入れ――


「し、失礼。セクター5の方でまた問題が……しかしその、私の手腕によってなんとか解決いたしましてな。つまりその、……フィートお前、なぜここに!?」


 そこにいたのは、メルフィさんとは似ても似つかない巨漢だった。

 うん、正直なところ……できれば2度と会いたくなかった人物だ。


「……こちらのセリフですよ、アルゴ局長。なぜここに」

「そりゃあもちろん、僕が呼んだからさ!!」


 ハルトール王太子がにこやかに言う。いつもと変わらない人好きのする笑顔を、僕はちょっとだけ憎らしく感じた。





「……なるほど、話は分かりました。野良エルフキャットの一斉捕獲作戦、ですか」

「うん、そゆこと!」


 野良エルフキャット。愛玩用として王都に持ち込まれたエルフキャットが捨てられ、野生化したもの。子供に危害を加えたことで王都中から敵視されたのは過去のことで、いま現在は僕のカフェと王太子殿下のイメージ戦略でそれなりに愛らしい存在だと多くの人に認識されているはずだ。また適切な対処法も同時に発信しているので、不用意な対応で怪我を負わされる人の数も激減しているそうだ。

 だったら別に一斉捕獲作戦なんてする必要はない気もするのだが、


「いやぁ。ちゃんと対処すれば人が襲われることはないとはいえ、廃屋を荒らしたり食べ物を盗んだりって被害は実際にあるわけだからねぇ」


 というのが王太子殿下の指摘で、それはなるほどもっともだった。


「あとやっぱり、いくら野良エルフキャットの適切な対処法を周知しようとしても、知識を全員に行き渡らせるのは無理なわけでね。このままエルフキャットの可愛さばっかりが広まっちゃうと、きっと不用意に野良エルフキャットに近付いてケガする人も出てくると思うんだ!」

「それは……困りますね。エルフキャットの素晴らしさを広めるために作ったカフェのせいでエルフキャットに傷付けられる人が出てくるなんて」

「うん。もしそんなことが起きれば君のカフェの評判にも影響するだろうし、また『魔獣』認定なんて話にもなりかねない。エルフキャットの『魔獣』認定は一度は否決されたけれど、再度議題に上がらないという保証はないからね」


 というわけで。王都内の野良エルフキャットをできる限り保護し、人間とエルフキャット双方の安全を確保しよう、というのがこの作戦の目的だそうだ。

 なるほど、話は分かる。話は分かるのだが――


「なぜ、この人選なのですかな」


 奇しくも僕の心の声を代弁したのは、アルゴ局長その人だった。


「管理局をクビになった無能の落伍者に、第6セクターの野蛮人。こんな奴らが何かの役に立つとは思えませんが」

「お、失礼だなぁこの人。どういう意味の言葉かは分からんけど、馬鹿にされたことだけは分かるぞ」

「……口の利き方も知らんのかね、クレールの犬は。私は魔法生物管理局局長。部門は違えど、広義ではお前のはるか上司にあたる存在だぞ」

「む。……はーい、失礼しましたー」


 相性悪そうだなぁ、この2人。まあアルゴ局長との相性の悪さについては、僕も人のことは言えないんだけど。


「あはは! いやぁ楽しいねえ。……君たち3人にこれを頼むことにしたのは、単に全員が必要だったからさ」

「必要、ですか」

「うん。アルゴ局長に関しては魔法生物管理局の長としてお呼び立てした。そもそもこれは魔法生物管理局の管轄案件なんだから、当然作戦は管理局主導で遂行してもらう。探索、捕獲、捕らえたエルフキャットの管理。すべて管理局の人員を使って行うんだ」


 ……なるほど。

 まあ確かに言われてみれば、これは魔法生物管理局が受け持つべき案件だ。そう考えるとアルゴ局長がここにいるのは、むしろ自然なことだと言えるかもしれない。


「ロナ君には、管理局に足りない部分を補ってもらう。空からの探索と発見したエルフキャットの追跡。能力に不足はないはずだよ。なんせクレール君に『隊で1番速い子を貸してほしい』って頼んで来たのが彼女だからね」

「隊で1番! クレール隊長、私のことをそんなふうに……!」

「ふんっ」


 ロナは嬉しそうでアルゴ局長は悔しそうだった。嬉しいことが2つ同時に起こったので、僕も嬉しい。


「そこの女のことは分かりました。ですがフィートは! あんななんの役にも立たない男が、なぜここにいるんです!」

「役に立つからだよ。彼には民間の協力者として、ロナ君と同様に管理局に足りない部分を補ってもらう」

「管理局に足りない部分、ですと? それは一体?」

「うん。魔法生物についての知識だよ」


 …………。

 ……おお。


 あまりにさらっと言うものだから一瞬気が付かなかった。いまハルトール王太子、魔法生物管理局という組織に対してけっこうな侮辱をしたんじゃないか?

 アルゴ局長の顔色が徐々に赤黒く変化していく。まるで夕暮れ時の変色鯨シーホールみたいでちょっと面白い。


「フィート君は世界初のエルフキャットカフェの経営者だ。当然エルフキャットの生態には詳しいだろう! エルフキャットの捕獲にあたって、彼以上に役に立つ人員はいないはずさ」

「……ふざ、ふざけないでいただきたい! 我々は魔法生物管理局、魔法生物の専門家集団ですぞ! こんなクズの助けなど借りなくても、我々だけで十分に任務を達成できます!」

「うんうん。じゃあそれ、証明してみなよ!」

「……は」


 ハルトール王太子はとても、とてもとても愉快そうだった。

 王太子殿下と対面するのはこれでまだ3度目だけど、なんとなく分かる。たぶんこの人のこの表情は、本気で楽しんでいる時の顔だ。


「すごく良い機会じゃないか! 一緒にエルフキャット捕獲任務に取り組む中で、君がフィート君より優れていることを示せばいい! 簡単なことだろう? なんせ君は『魔法生物概論』の著者であり魔法生物学の父とも称される、アルゴ・ボニークライその人なんだからさ!」

「……! むろん、ですとも。私ならそのくらい、当然のことです」


 なんだ。どういうつもりだ、この人。僕とアルゴ局長を競わせて何がしたいんだ。

 ハルトール王太子は楽しげに笑いながら僕に目配せをしてみせた。……どうやらまた何か企んでいるらしい。


「いいだろう。フィート、確かに良い機会だ! 思い知らせてやろう、本当に魔法生物に詳しいのはどちらなのかをな!」

「……はあ」


 簡単に乗せられるなぁ、この人も。

 ……まあ実際のところ、僕も局長に対して思うところはある。良いところなく終わって必死で汗をかきながら弁解するこの人を見たくないと言えば、嘘になる。


「……いいですよ。別に競争するつもりはありませんが、僕の方が的確に対処できるという自信はあります」

「言うじゃないか、フィートォ! 思い知らせてやろう! 私の知識が、私のマニュアルが何よりも正しいのだということをなぁ!」


『……みゃん』


 愚かな人間たちを見下ろすデザートムーンが呆れたように一声を発して、執務室での会談はお開きになった。

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