王都騒乱編

エルフキャット捕獲大作戦

第1話 北の国から


「いったいどういうつもりだ! 話が違うじゃないか!」


 そう怒鳴って机を叩き付けた商人……ピーター・ロウエルの声を、対面に座った魔法生物管理局の職員は軽く手を振ってあしらった。


「ええ。ですからすみませんと言っているでしょう」

「あ……謝ってすむことじゃないだろう! 北方の湿原地帯からここまでを輸送するのに、こっちがどれほどの労力と資金を費やしたと思っているんだ!」

「はあ」

「そもそもお前らが言い出したんだ! いずれかの国で魔法生物に指定されている生物のうち、管理局に未収容のものを高額で買い取ると! 商人ギルドでその話を聞いたから俺たちは――」

「その時とは状況が変わったんですよ。商人ギルドへの依頼もすでに取り下げています。いま諸事情で管理局は大忙しでして、新しい魔法生物を受け入れている余裕なんてないんです」

「そんな勝手な話があるか! くそ、お前じゃ話にならない。責任者を連れてこい!」

「アルゴ局長はお会いになりません。あなたのような商人はもう何人も来ていて、局長はうんざりしていらっしゃるのです。さあ、お引き取りを」

「ク……ソ野郎どもがぁ!!」


 怒りに我を忘れて相手につかみかかろうとしたピーターの肩を、強靱な腕が押さえて引き止めた。管理局の警備員だ。


「お引き取りを。公務執行妨害で捕まりたいというなら止めはしませんが」

「……ぐ、ぅ」


 ピーターは怒りに燃える目で職員をにらみ付ける。

 だがどうしようもない。ただでさえ嵩んだ出費に、この上保釈金と治療費まで上乗せするわけにはいかなかった。





「クソ、クソ、クソ、クソぉっ!! 地獄に落ちやがれ、無能で嘘つきの公僕ども!!」


 そうしてひとしきり罪のない石畳に怒りをぶつけたあと、ピーターは座り込んでうずくまった。

 すでに陽は落ちていた。大通りではまだ家々に光が灯っているものの、ピーターが今いるのはひっそりと寂れた王都の外れだ。この王都で大金を手にできるはずだったピーターのもくろみは外れ、彼の商会はもはや絶望的なほどの資金難に陥っていた。おかげで宿もこんな寂れた場所のものしか取ることができず、この時間帯でも周囲はすっかり暗くなっている。


「お頭ぁ。うずくまってても仕方ありませんぜ。これから先どうするか考えねえと」

「……お前は気楽でいいなぁ、フレッド。これから先どうするかだと? どうしようもねえんだよ。詰みだ詰み。あの魔法生物どもの調達と輸送でうちの資金は尽きたんだ」

「だーいじょうぶですって。お頭いつも言ってたじゃねえっすか。俺は無一文から商会を立ち上げて、ひとりでここまでデカくしたんだって。それと同じことをもっかいやればいいんすよ」

「……簡単に言ってくれるじゃねえか、お前よぉ」


 ため息をついてピーターは立ち上がる。


「分かったよ。ひよっこのお前にここまで言われちまっちゃあ、このままうずくまってるわけにもいかねえわな」

「お頭ぁ!」


 ピーターの脳内ではすでに計算が始まっていた。実際のところ、北方で仕入れたのは魔法生物だけではない。特産品の織物や調味料、あれらを捌けば多少の資金になるはずだ。

 商会を立て直すことは不可能ではない。そのためにまずすべきことは……


「よし、フレッド。荷車の檻を開けろ」

「へい、お頭ぁ! ……へ、今なんて?」

「二度言わすんじゃねえ。檻を開けるんだ。輸送してきた魔法生物どもはここに置いていく」

「え……えぇぇっ!?」


 頭に強い衝撃でも受けたかのように、フレッドは2,3歩ふらふらと後ずさった。


「な……なんでぇ!? もったいなくないっすか? すげえ金かけてここまで連れてきたのに。管理局ってとこがダメでも、他の誰かに売りつけりゃあ……」

「誰が買ってくれんだよ、あんなもん。維持管理にとんでもなく金がかかる上に、どいつもこいつも危険な生き物だ。国家規模の設備と資金力がなきゃ管理しきれるもんじゃねえ」

「で……でもよぉお頭。俺ずっとあいつらの世話してきたから愛着が湧いてきちまったっつぅか、離れたくねえっつぅか……」

「バカ野郎が! 商人が情で金勘定鈍らせてどうする! ……言ったろ、あいつらの管理には金がかかる。んでもって、今の俺らにそんな金はねぇんだ」

「そんなぁ……」

「いいからさっさとやれ!」


 しばらく泣き言をぶつくさ言っていたフレッドだったが、やがて諦めて荷馬車の方に歩いて行った。ピーターはため息をついて視線を自分のつま先に向け、脳内で今後の事業計画の再構築を始める。


「うぅ……。ごめんなルビー。ごめんなデロォン。ごめんなノム。俺が不甲斐ないばっかりに、お前らをこんなとこに置いてかなきゃいけねえなんて……」

「うるせえぞフレッド! ……ああそうだ、ルビーだけはそのままにしとけ。あいつは人目に付くからな。明日王都の外に出てから逃がす」

「…………」

「フレッド? 聞いてんのか? ……おい、フレッド!」


 ピーターが顔を上げ、荷馬車の方を振り向く。


 そこにフレッドはいなかった。


「……えっ」


 フレッドだけではない。荷馬車もなかった。

 荷馬車の中にいたはずの魔法生物たちも大半は姿が見えない。ただ1匹、緑色と黒色の混ざり合った鱗を持つ巨大な蛇だけが、とぐろを巻いてピーターの方を見つめていた。


「……フレッド、あのバカ。スケールスネークの拘束具を外しやがったな」

『SHHHHHH......』

「悪いがヘビ公、おとなしく食われてやる気はねえぞ。商人を舐めんじゃねえ。護衛用に多少の攻撃魔法くらいなら使えんだよ」


 ピーターが掌をかざすと、そこに拳大の火球が生まれた。大蛇は警戒を露わにし、だが臆した様子はなく、鎌首をもたげてピーターの方をにらみ付ける。


「フレッドも返してもらう。……そいつはうちの従業員だぜ。怪我でもされて、労働災害なんかに認定されちゃあたまんねえんだよ!」

『SHHHHHHHHHHH!!!!!!』


 ピーターの掌から火球が発射されるのと、大蛇がピーターに跳びかかったのは同時だった。





『SHHHHHHHH......』


 数秒後。そこに商人ピーターの姿はなく、ただ巨大な蛇だけが地面を這っていた。


 陽はすでに落ち、王都の外れに照明魔法を灯す家屋は多くない。

 ほのかに濃い暗闇の中に、その毒々しい鱗は消えていった。

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