第18話 desert & feed you
『desert & feed』で守っていただきたいこと
○尻尾の付け根には触らないでね!
「僕たちエルフキャットは尻尾の付け根で魔力を操作するんだにゃ! とっても敏感な部位だから、絶対に触らないでほしいにゃ!」
○エルフキャットが魔力球を出したら、騒がずにその場でじっとしててね!
「僕が魔力球を出すのは威嚇のため。そこからさらに刺激されない限り、僕から攻撃することはないにゃ! でも魔力球自体が触ると危ないものだから、フィート店長が来るまでじっとしててほしいにゃ!」
○食べ物や飲み物を持ち込まないでね!
「魔力を主なエネルギー源とする関係上、僕たちエルフキャットは人間さんより食べられない物が多いにゃ! お店で用意している食べ物や飲み物以外、僕にあげないでほしいにゃ!」
○野良のエルフキャットには不用意に近付かないでね!
「野良のエルフキャットは、人間さんに対して警戒心を持っていることが多いにゃ! 無闇に刺激しなければ攻撃されることはないはずだけど、それでも不用意に近付くのは危険だにゃ!」
「ふふ……。なにこれ」
「注意書きです。今までこのあたりは口頭で説明してたんですが、王太子殿下の時に説明するのを忘れてまして。今後同じことが起きないように、こうしてテーブルに貼っておこうかなと」
必要な知識を簡潔にまとめつつ、固くなりすぎないようデザートムーンのイラストを添えている。我ながらなかなか出来の良い注意書きだった。
「ふふ……。なるほど。ま、こういうのも必要かもしれないわね。カフェの調子はどう?」
「良いですよ。最近はよく行列ができてて、できれば店舗を拡張したいと思ってるくらいです。王太子殿下の広報の効果が出てますね」
「ふふ……。それは良かった」
「ありがとうございます、メルフィさん。こうなることを想定して、王太子殿下に僕のカフェのことを紹介してくれたんですよね」
「ふふ……。口コミだけで世論を変えようとすると時間が掛かる。フィート君の取り組みだけだと、『魔物』認定の決議に間に合わない可能性が高そうだと思ったの。だからちょっと、昔の伝手を使ってね」
本当に、メルフィさんには何度助けられたか分からない。一緒にベヒーモス退治をしたところからここまでお世話になるとは思わなかった。……しかし昔の伝手で王太子と話せるって、メルフィさんは一体何者なんだろう。
「すみません、メルフィさん。せっかく寄っていただいたのに、ろくにお構いもできなくて」
「ふふ……。いいのよ。今日は定休日でしょう? 私もたまたま近くを通りかかって覗きに来ただけだもの。フィート君はこれからお出かけ?」
「ええ」僕はうなずいた。「これからデートです」
●
『みゃぅ~~』
「っ、おいあんた、危ないぞ! あんたの肩にエルフキャットが……」
「あ、いえ、大丈夫です。この子は僕の友達ですから。すみません、ホットドッグを1つ」
いま王都では、エルフキャットへの認識が急速に書き換えられつつある。純粋な恐怖と憎悪の対象から、危険ではあるが愛すべき対象へと。
とはいえその変化はやはり限定的ではあり、多くの人にとって相変わらずエルフキャットは憎むべき生物であるらしい。いま僕に声をかけた屋台の店主も、信じがたいものを見るような目でこちらを凝視したまま動こうとしない。ああ、僕のホットドッグに乗るはずのソーセージが焦げていく。
「だ……大丈夫ったって、あんたなぁ」
「あーっ、デザートムーンちゃんだ!」
『みゃ?』
しかし若い世代を中心に、変化は確実に起きている。いま声をかけてきた彼女の顔には見覚えがある。たしか以前に1度、『desert & feed』に来てくれた人だ。
「かっわいいな~! あの、すみません! この記憶、ツイスタにアップしてもいいですか?」
「うん、お願いします。かわいく思い出してね」
『みゃぅ!』
「任せてください!」
「……おいおい、どうなってんだこりゃ」
ホットドッグ屋の店主は明らかに戸惑った様子で頭を掻く。困惑は深そうだったが、それでも彼はなんとか、ソーセージを完全に焦がす前に自分の職業を思い出してくれた。
「……はいよ、ホットドッグ1つ。なあ兄ちゃん、本当に大丈夫なのか?」
「ええ。この子が人を襲うようなことは絶対にないですよ。ほらデザートムーン、挨拶して」
『みゃぅ~~~~』
「お……おう、どうも」
ホットドッグを一口かじる。
……うん、焦げがちょっと苦いな。まったくもう、デザートムーンのせいだぞ。
『みゃぅ?』
あらぬ嫌疑をかけられたことを知ってか知らずか、デザートムーンは僕の肩の上で首を傾げてみせた。
●
「……ふう。着いた着いた」
思ったより時間が掛かっちゃったな。昼過ぎに家を出たのだけれど、目的地にたどり着く頃にはもう夕陽が沈みかけていた。
『みゃ~?』
「うん。今日はここに君を連れて来たかったんだ」
王都を出て少し歩いた高地にある、特に名前のない小高い丘。
その頂上に立って、王都の方を見下ろすと……
『みゃぅ!!』
「あはは。良いだろ、ここ。昔クレール隊長に教えてもらったんだ」
右手には王都の町並みが、左手には大平原と森が広がっている。
緻密で整っていて、それでいてどこが雑然としたエネルギーに溢れる王都の景色。雄大で力強くて、すべての生き物を受け入れてくれるような包容力に満ちた大自然の景色。それらが一望できるこの場所は、僕のお気に入りだった。
「……と言っても、管理局に勤めてた時期はここに来る暇もなかったからね。僕もこの場所は3年ぶりなんだけど」
『みゅ~~』
僕が丘の上に腰を下ろすと、デザートムーンもその隣に降りたって座った。
少しの間、僕たちは黙って丘からの景色をぼんやりと眺めた。橙色の夕陽に照らされて、それはどこか幻想的な風景だった。
『みゃぅ……』
「うん、そうだね。分かるよデザートムーン。今も王都では大勢の人が晩ご飯の支度に動き、森の中ではたくさんの魔法生物たちが食料の調達に勤しんでいる。その不思議な調和に思いを馳せているんだね……」
『みゃ! みゃぅ! みゃう!』
「あ、うん。君もお腹が空いたんだね。さっきは僕だけホットドッグなんて食べちゃってごめんね」
持っていた鞄から鶏肉を取り出し、デザートムーンに与える。あらかじめほぐして弱い魔力を込めておいたものだ。僕の手に乗った鶏肉を、デザートムーンは夢中になって貪った。
そして恐るべき速度で鶏肉を胃袋に収めたデザートムーンは僕の膝の上で丸くなり、満足げに『みゃぅ』と鳴いた。
「美味しかった?」
『みゃ~~』
「それは良かった」
景色には飽きたのか、デザートムーンは膝の上から動かなくなってしまった。僕は苦笑しながらデザートムーンを撫で、少しずつ沈んでいく夕陽をぼんやりと眺めていた。
時間がゆっくりと過ぎる。
「……ああ」
幸せだなぁ。
デザートムーンはいつの間にか眠っていた。久しぶりに遠出して疲れたのだろう。
『おいフィート、第5セクターで問題発生だ! お前、なんとかしてこい!』
『なに、ファーマーラットの収容室整備の改善案? 却下だ却下。俺たちはただ局長のマニュアルに従ってれば良いんだよ』
『なあお前、俺たちの清掃のやり方に不満があるそうだなぁ? だったら良い案があるぜ。お前が代わりにやれよ』
『フィート、お前はクビだ』
「…………」
本当に。ほんの1か月前からは考えられないほど、今の僕は幸せだ。
「
『みゅぐぅ……』
デザートムーンから寝言らしき音が漏れ、僕はくすくすと笑う。
夕陽が沈み行く。そろそろ帰途につかないと、家にたどり着く頃には周りが見えないほど暗くなってしまうことだろう。
それでも僕は座ったまま、すやすやと眠るデザートムーンを撫で続けていた。あともう少しだけ、こうしていたかった。
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