第16話 最後のピースらしいです
フードの男は微笑んだままこちらを眺めている。
一方の僕は考え込んでいた。関係者に賄賂を送ることで、エルフキャットの『魔物』認定についての決議を操作する。考えたこともなかったけれど、それは……。それは……。
「それは……すごく良いアイデアですね!」
「えっ」
僕の言葉に、なぜかフードの男はかなり驚いたようだった。
「確かにそうだ! 実は『魔封棺』が高く売れるってことを知ったのは最近なんですが、知った段階ですぐに売り払って賄賂を送るべきでしたね。まったく気が付きませんでした」
「あーーーー。えーと。賄賂を送るという行為が、その、一般的に良くないことだとされているのは知っているかな?」
「そりゃあ知ってますけど。でもエルフキャットの『魔物』認定を回避するって目的のためなら、そのくらいのことはしますよ。別にその賄賂で誰かを傷付けるってわけでもないですし」
フードの男は困惑しているようだった。どうしたんだろう。そもそも賄賂の提案をしてきたのは彼の方なのに。
「あ、いや。やっぱりダメですね。エルフキャットを『魔物』認定しないって決議に誘導するために賄賂を送るのは良くない気がします」
「え? あ、うん。やっぱりこう、社会道徳に反することではあるからね」
「いえ、そういうことではなく。さっき仰っていたことからすると、用意できるお金では決議を覆すのに足りない可能性が高いんですよね? だったら決議を覆すのではなく、遅らせるために賄賂を送ればいいと思うんです。それならきっとより低い金額で可能でしょう。時間さえあれば、僕のカフェで世論を変えることも出来るはずです!」
我ながらナイスアイデアだった。
フードの男は口をぱくぱくさせている。早足鯰パンサーフィッシュみたいでちょっと可愛い。
「色々と教えてくださってありがとうございます。賄賂なんて発想、きっと僕だけじゃ出なかった。本当に僕は、人の優しさに救われてばかりです」
「あ、うん。どういたしまし、て?」
メルフィさんの知り合いだそうだし、もしかしたら僕に助言するためにわざわざ来てくれたのだろうか。だとしたら、本当にありがたい話だ。
「……………」
「……えーっと? どうかしましたか?」
フードの男はしばらく黙ってこちらを見つめたあと、徐々に肩を揺らし始めた。何をやっているのか最初は分からなかったが、震えが大きくなるにつれ男の表情も変わっていき、やがてその震えの正体は明確になった。
フードの男は笑っていた。先ほどまでの爽やかで完璧な笑顔とは違う、顔をくしゃくしゃにした笑い方だった。
「ぷはっ、あははっ! あはははははっ! 面白い! フィート君、君は1年前から変わらず、常に僕の予想を裏切ってくるね!」
「え……。どうしたんですか急に。というか、1年前って?」
「おや、忘れちゃったのかい? ……ってまあ、フードのせいか。ほら、これで分かるかな?」
彼が被っていたフードを外すと、赤い長髪がふわりと舞った。
にこやかで端正で、どこか高貴さを感じさせる顔立ち。全てを見透かすような蒼く透き通った瞳。なるほどそれは確かに、1年前に出会ったことのある顔だった。
「王太子殿下!」
「うん。全国民の愛を一身に受ける、かっこよくて素敵な王太子殿下さんだよ」
クラウゼル王国第六王子、ハルトール・クラウゼル。王族とは思えないほど気さくな人柄と、先進的な取り組みを積極的に支援する度量を併せ持つ王太子。本人の言い様はちょっと大げさだけれども、国民から広く愛されている人物であることは間違いない。
王太子殿下と僕が知り合ったのは、1年前に彼が魔法生物管理局の視察に来たときだ。色々と偶然が重なって管理局を案内できる職員が他におらず、僕が王太子殿下をガイドすることになった。
あの時のことは僕もよく覚えている。聞き上手な王太子殿下に乗せられて、魔法生物たちの素晴らしさについてずいぶん熱く語ってしまった。
「お久しぶりです! 飼ってらっしゃるフェザーオウル……エンペリオは元気ですか?」
「ああ、元気すぎるくらいさ! やっぱりこの時期は特に羽の生え替わりのペースが速くてね。この間なんて、朝起きると生え替わった羽毛で鳥籠が覆い尽くされてて慌てたよ。もっとも当のエンペリオは、自分から出た羽毛のベッドで幸せそうに眠っていたんだけど」
「あはは。良いことですよ、それは。フェザーオウルの羽毛が速く生え替わるのはちゃんと栄養を取っている証、木に捕まらずに寝るのは環境に安心しきっている証です」
「そっか! それは良かったよ」
ハルトール王太子は楽しげに笑った。
「やっぱり詳しいね、君は。管理局をやめてしまったのが残念でならない」
「あー……。まあその、色々と事情がありまして」
「うん、だいたい察しは付くよ。アルゴ局長とは1年前から上手く行っていなかったし。……まあでも、君の幸せのためにはこの方が良かったのかもしれないね」
「え?」
「上司に正論を突きつけて嫌われてしまうのも、この王都の状況でエルフキャットカフェなんてものを開くのも、賄賂に躊躇がないのも、すべては同根だ。社会的タブーを犯す事への忌避感のなさ。換言すれば、人間社会への帰属意識の薄さ。きっと君のメンタリティは、公務員よりカフェの店長の方に向いてるよ」
「おお……。なんだかひどいことを言われているような気もしますが」
「まさか! 褒めてるんだよ。僕は君が羨ましい」
……羨ましい?
意外な発言に、一瞬言葉が出なかった。そんな僕を見てハルトール王太子は楽しげに笑い、デザートムーンを頬をつついた。
「はは。どうやら君のご主人を驚かせちゃったみたいだね、デザートムーン」
『みゅ~~~』
「いや、その……。いまいち意図が掴めなかったもので」
「ま、その話はまたいつか。今はもっと大事な話をしよう。エルフキャットの『魔物』認定についてだ」
「!! それは……」
「結論から言うとね、フィート君。君が賄賂を送る必要はない。その『魔封棺』は引き続き煮干し入れとして使うといい」
「えっ」
「……実はね。僕はずっと、エルフキャットの『魔物』認定を止めるために動いていたのさ」
ハルトール王太子はにっこりと微笑む。
「そしてフィート君。君のエルフキャットカフェは、認定を阻止するための最後のピースだ」
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