第15話 奇妙な来客

 そして、『desert & feed』オープンから2週間が経過した。


「ありがとうございましたー!」

『みゃ!』

「またね、ムーンちゃん! また絶対来るからねー!」


 お店はそれなりに繁盛している。初日は最初の3人以降誰も来なかったのだけれど、2日目以降ぽつぽつと客足が増え始め、今では時間帯によっては行列が出来るほどだ。

 来るのは今のところ若い女性客が中心だ。話を聞いてみると、ルイスさんの言っていた『ツイスタ』というものを見て来る人が多いようだ。彼女には感謝しなくては。


「さてと。ようやくひと段落だね、デザートムーン」

『みゃぉ』


 お昼時が終わって、さすがに客足も少なくなってきた。今お客様が帰って、とりあえず店内には誰もいない。

 しばらくは休憩にできるだろう。そう思った時だった。


「や、失礼。入っても大丈夫かな?」

「あ……はい! こちらのお席へどうぞ!」

『みゃ~! みゃ! みゃ~!』


 男性の1人客はちょっと珍しい。フードを目深に被っていて顔がよく見えないな。


『みゃ~~!!』

「あ、こら、デザートムーン!」


 止める間もなくデザートムーンが駆け寄っていって。その男性の脚に体をこすりつける。僕は慌てて駆け寄ってデザートムーンを抱え上げた。


「ごめんなさい! 普段はこんなに急に走って行ったりしないんですが……。敵意は全くないので、怖がらないといただけるとありがたいです」

「あはは! 大丈夫、怖がったりなんてしないよ。ありがとな、エルフキャット君。僕のことを気に入ってくれて」

『みゃ~ぉ!!』


 とりあえず、フードの彼にエルフキャットへの恐怖心はないようだ。ほっと胸をなで下ろす。もしちょっとでもエルフキャットを怖がっている人だったら、それが急に自分へ向けて突進してくるのは普通にトラウマものだろう。


「大変失礼しました。こちらのお席へ」

「ああ、ありがとう!」


 にこやかに笑いながら、フードの男が腰を下ろす。

 よくは見えないが、そのほころんだ口元から人好きのする笑顔であることがよく分かった。きっと誰からも好かれるであろう、一分の隙もない完璧な笑顔。


 ……なぜだろう。その瞬間、僕の体は

 なにかに怯えるように、1歩後ろに下がった。


「店員さん?」

「……あ、あぁ。失礼しました。こちら、メニュー表になります」

「うん。じゃ、オムライスとコーヒーをもらおうかな」

「かしこまりました」

『みゃ!』


 僕の腕をするりと抜けて、デザートムーンがフードの男に駆け寄る。フードの男は嬉しそうに頬を緩めて、デザートムーンの体を優しく撫でる。

 漠然とした不安を抑え込みながら、僕は台所の方に向かった。オムライスを用意しなくては。





「……ごちそうさま。すごく美味しかったよ! さすが、評判のお店はすごいね!」


 オムライスを食べ終えたフードの男は、テーブルの上で丸くなったデザートムーンを撫でている。沈み始めた陽の光に照らされながら猫を撫でるフードの男。まるで1枚の絵画のような美しい情景だった。


「ありがとうございます。……評判のお店、ですか?」

「知らなかったのかい? このお店、かなり噂になってるよ。エルフキャットと食事をする奇抜なお店があるらしい、ってね」

「そうなんですか? それは……ありがたい話ですね」


 たとえ色物としてであっても、知られることは良いことだ。僕の目標のためには、特に。


「だから僕も楽しみにしていたんだけど、想像以上だったよ。エルフキャットと触れ合えるという新規性だけじゃない。演出も食事もしっかりしている。うん、このお店はきっと、今後もっと評判になるだろうね」

「そう言っていただけると嬉しいです。……といっても、実は僕は最初、そのあたりに力を入れるつもりはなかったんですけどね」

「へえ、そうなのかい?」

「ただ、オープンの1週間前にとある友人に指摘されまして。エルフキャットという一般に危険視されている生物を取り扱う以上、必ず必要になるのが『このお店は』という信頼感なのだ、と」


 たとえば食事が適当な物だったり内装に粗があったりすれば、『このお店はエルフキャットという話題性で人を集めて稼ぎたいだけ。だったら安全面の管理も適当なのではないか?』という疑問を客に抱かせることになる。こうなってはエルフキャットとのふれあいどころではない。動物を愛で、可愛いと思う心は、自分の安全性が担保されて初めて生まれるものなのだ。

 あの日メルフィさんはそんな風に言っていた。本当に的確な指摘だったと今になって思う。たとえばルイスさんが納得できるオムライスと紅茶を出せていなければ、きっと彼女はクレール隊長に促されてもデザートムーンに煮干しをあげようとは思わなかったはずだ。


 そんな風に彼女に助けられたことを話すと、フードの男は感心した風でうなずいた。


「ふぅん……。メルフィリアらしい言い回しだね。実に的を射ている」

「ええ。本当に助けられましたよ。あの言葉がなかったら……」


 ……。あれ?


「僕、友達の名前言いましたっけ?」

「言ってないよ。だがメルフィリア・メイルは僕の友人でもあってね」


 薄々感じていたことではあった。このフードの男は、ただエルフキャットと触れ合い、食事を楽しみに来たわけではない。


 2週間のカフェ経営で気付いたことがある。エルフキャットに共通する性質だろうか、デザートムーンは魔力の濃い人間によく懐く。僕に対してもそうだし。メルフィさんにも初対面から甘えきっていた。オープン初日に真っ先にクレール隊長に興味を示したのも、3人の中で1番魔力が濃い人間が隊長だったからだろう。


 そして今、デザートムーンはメルフィさんの時以上にこの男に甘えている。それはつまりこの男が、メルフィさんよりも濃厚な魔力を纏っていることを意味する。

 冒険者として最上位クラスに位置するであろう、あのメルフィさんよりも。そんな人間が、ただの一般市民であろうはずもないのだ。


「フィート君。君はたしか、エルフキャットの『魔物』認定を阻止するためにこのお店を開いたんだってね」

「……ずいぶんいろいろと知っているんですね。あなた、誰なんですか。何をしにここに来たんです?」

「ユニークではあるが、迂遠で悠長なやり方だ。『魔物』認定より前に世論を変えられる公算は薄い。それよりも良い方法はったはずだ。たとえばその『魔封棺』を売り払って、そのお金で関係者に賄賂でも送ってみてはどうだろう」

「な……!」

「ま、クラスA古代遺物アーティファクト程度のはした売却益じゃあ、決議をひっくり返すほどの金額を調達するのは難しいかな? ただそれでも、ここでカフェを開くよりははるかに勝算があるはずだよ」


 フードの男はふわりと笑ってこちらに向き直った。まるで吹き抜ける風のように爽やかな笑顔だった。


「ねえフィート君。君にとって、エルフキャットの『魔物』認定を避けるのはとても大事なことなんだろう? だったら君はどうして賄賂を送らず、ここでカフェを開くことにしたのかな?」

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