第13話 そう、エルフキャットは本当に可愛いのだ

「……いや、別に仲良くなりたくないんですけど。ていうかあれ、なんか貴重なものなんですか? 普通の箱に見えますけど」


 『デザートムーンと仲良く』という言葉に若干体を引き気味にしながら、ルイスさんが尋ねる。答えたのはクレールさんだった。


「クラスAに分類される古代遺物アーティファクトだ。市場にも滅多に流通しないから値段もはっきりしないが、売却すれば小さめの家くらいは手に入るだろうな」

「い、家っ!? なんですかそれ! いったいどんなすごい魔法が込められた箱なんです?」

「いや、魔法的な効果はまったくない。そしてそれこそがあの箱の価値なんだ」

「へ……?」

「あの箱……『封魔棺』は、魔力伝導率がきわめてゼロに近い未知の物質で作られている。そしてそれゆえ、中にあるものの魔力をほとんど漏らさないんだ」

「存在するだけで魔力を発散し、周囲に悪影響を与えるような呪物を封印するのに使われる箱だ。かつては同じ物が魔王の心臓を運搬するのに使われたそうだぜ。フィートよぉ、そんな貴重品、いったいどこで手に入れたんだぁ~~?」


 3人の視線が一斉にこちらに集まる。

 ……。

 …………。

 ……えーっと。


「……これ、そんな凄い物なんですか!?」

「え。……いや。知らなかったのかよ!」

「友達がもう使わなくなったからってお土産にくれたんですよ。……びっくりしたぁ。あいつ、そんな価値のあるものだなんて一言も言わなかったのに」

「どんな友達だよ……」


 ルークめ。そういうことは先に言っておいてくれ。


「……というか。その箱がすごく価値のあるものだってことは分かりましたけれど、それでどうやって私がエルフキャットと仲良くなるって言うんです?」

「あ……ああ。そうでした、本題はそっちでした。いや、実は今回、箱の方は重要じゃないんです」

「え?」

「大事なのは中身の方でして」

『みゃ!? みゃ!!!! みゃ~~~~!!!!!』


 ぱかり、と『封魔棺』の箱を開けると、途端にデザートムーンが興奮状態になった。僕の脚にまとわりついて、みゃぁみゃぁとおねだりしている。

 対照的に、人間の3人はあっけに取られた表情だった。箱の中身が予想外の物だったからだろう。


「これは……えーと。私の目がおかしくなったのでなければ……煮干し、だろうか」

「ええ。ちょっと強めに魔力を込めた煮干しです。デザートムーンはこれが大好物なんですよ。普通の箱に入れておくとすぐ魔力の臭いを嗅ぎつけて食べてしまうので、魔力を遮断するこの箱に入れてるんです」

「……くく、くははははっ! やっぱ面白えなぁ、フィートはよぉ! クラスAの古代遺物アーティファクトが、まさか煮干し入れにされてるとはなぁ~~!」

「あの。……すごく嫌な予感がするんですが」


 ルイスさんがさらに体を引く。椅子に座った状態でどれだけ相手と距離を取れるか、という内容の世界大会があったら、今のルイスさんは間違いなくワールドレコードだろう。


「ルイスさん。店に入る前、僕が言ったことを覚えてますか?」

「覚えてないです。すみません、ちょっと長居しすぎちゃいましたね。そろそろお会計を」

「というわけで、デザートムーンにご飯をあげてみてください!」

『みゃぁ~~!!』

「絶っっっっ対に嫌です!!!!!!」


 ルイスさんは自らが打ち立てたワールドレコードをさらに更新した。


「どうしても嫌ですか? こんなに可愛いのに」

「どうしても嫌です!! あのですね、この際だから言わせてもらいますけど、そもそもエルフキャットカフェとか頭おかしいんですよ!! どんだけ危険な生物だと思ってるんですか!!」

「適切な環境で正しく対処すれば、危険な生物ではないですよ。現にルイスさん、このお店であなたが実際に見たエルフキャットは、見境なく人間を襲うような生物でしたか?」

「……そ、れは。まあ」

「もちろん、野良のエルフキャットはデザートムーンほど友好的ではないですが。それでも正しく対処すれば、こちらから手を出していないのに襲われるなんてことはありませんよ」


 と、捕捉は入れておく。

 ルイスさんはしばらく考え込んでいた様子だったが、やがて顔を上げた。


「いや……やっぱり無理です。確かにそのデザートムーンって子は怖い感じはしませんでしたけど」

「そうですか……」


 無理強いできるものでもない。残念だが、仕方がないだろう。

 ……しかし困ったなぁ。最初からエルフキャットに強い忌避感を持っている場合、エルフキャットの可愛さを知ってもらおうとしてもそもそも接触を避けてしまうのか。これは今後の課題かもしれない。いやまあ、エルフキャットカフェに来訪する人間がエルフキャットに触れられないほどの恐怖を持っている、というのはレアケースではあるだろうけれど、


「では、クレール隊長かガウスさん。お2人はいかがです?」

「……ふむ。では、私にやらせてもらってもいいだろうか」

「あ、はい。もちろんです。どうぞ」


 差し出された『封魔棺』にクレール隊長がほっそりとした指を差し入れ、煮干しを1つつまみだした。


『みゃぅ! みゃ~~ぅ! みゃ!!』


 デザートムーンが僕の脚を駆け上り、テーブルの上に着地する。そのまま一目散にクレール隊長のもとに向かおうとするが――


「おっと」

『みゃ!?』

「すまないな、デザートムーン。私もちょっと君が怖いみたいだ」


 クレール隊長は煮干しを天高く持ち上げ、デザートムーンから遠ざけた。デザートムーンは驚愕し、信じられないようなものを見る目でクレール隊長の顔を眺めている。

 ……なんだ? クレール隊長の表情を見ても、本当にデザートムーンを怖がっているようには見えないが……。


「なあ君、ルイスと言ったか。ひとつ頼みがあるんだが」

「ひゃいっ!? な、なななんでしょう!」

「この通り、私は1人だと怖くてデザートムーンが怖くて煮干しをあげられないのだ。よければ一緒にこの煮干しを持って、この子に煮干しをあげるのを手伝ってくれないだろうか」


 ……。ずるい人だなぁ、クレール隊長は。

 どう考えてもそれは嘘だったし、誰がどう見てもルイスさんに餌やりをしてもらうのがクレール隊長の目的だった。


「え……えぇ~。それはその、なんというか」

「ダメか? 君が一緒に煮干しを持っていてくれると、私としても心強いんだが」

「それは~……その~……」


 そして誰がどう見てもそうであるがゆえに、ルイスさんは断ることが出来ないのだ。断ったら尊敬するクレール隊長の好意を無下にした上、隊長に恥をかかせることになってしまうから。

 いやまあ、クレール隊長はそこまで計算してないんだろうけど。隊長の想定はきっと、『自分も怖がったふりをしてルイスに餌やりを体験してもらおう』までだ。そういところも含めて、ずるい人だなぁ。


「く……ぅぅぅぅ~~! ……わ、分かりました。一緒に煮干しをあげましょう」

「ありがとう。助かるよ、ルイス」


 にこりとクレール隊長が微笑み、ルイスさんは頬を赤らめている。……ずるい人だなぁ、ほんと。

 ルイスさんが上に手を伸ばし、クレール隊長と一緒に煮干しをつまんで持つ。


「……すー、はー……。よし。いけま……やっぱりちょっと待ってください。すー……はー……」

『みゃ! みゃぁ! みゃあ!』


 空中を掻くように後ろ足だけで立っておねだりを繰り返すデザートムーンから、ルイスさんの視線は張り付いたように離れない。死地に赴く兵士のような表情で、何度も深呼吸を繰り返す。


「すー……はー……。くそ……。なんで私がこんな目に……」

「大丈夫ですよ、ルイスさん。実際にご飯をあげてみてもらえれば、きっとエルフキャットの可愛さに気付けると思います」

「なわけないでしょう! ここにいるのは王都一危険な魔法生物! どれだけ見た目が可愛くても、その恐怖で全部帳消しですよ!!」

「安心してください。デザートムーンの可愛さはすべてを超越します」

「ああもう、話が通じない! ……くそ、もうやけくそですよ! クレールさん、いきましょう!」

「ああ。よし、それじゃ手を下ろすぞ」


 クレール隊長とルイスさんの煮干しをつまんだ手が、ゆっくりと下ろされていく。ルイスさんの表情は恐怖で凍り付いているようだ。今日だけで何度も痛感させられたことだが、王都におけるエルフキャットのイメージはこれほどまでに悪いらしい。

 だがまあ、問題ない。実際に自分の手でご飯をあげてもらえれば、その恐怖は一掃されるはずだ。


「ああもう、怖い怖い怖い! こんな生物が可愛いなんて、本当にどうかしてますよ!!」


 なぜなら、





「これは……!」

「か……かわっ! かわわわわっ! かわいい!!!」


 そう。

 エルフキャットは、本当に可愛いのだから。

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