第12話 初めての営業日

 『desert & feed』には、椅子の3つ付いた丸テーブルを3つ用意している。つまり今回のように2グループが来店した場合は、グループごとに別のテーブルに掛けてもらうのが自然、なわけなのだが。


「おい、ルイスよぉ。なんでこの美人と同じテーブルに座るんだぁ~?」

「い……いやだってその、ほら、1つのテーブルに座った方が配膳もしやすいじゃないですか! 営業時間より前に入れてもらったわけですから、そのくらいの配慮は必要でしょう!」

「……ん~? そういうもんかぁ? だがなぁ」

「ふむ。ガウス殿、先ほどの件は私の誤解だったらしい。非礼を詫びさせてくれ。そしてよろしければ、同席いただけると私も嬉しい」

「あ~……。いや、俺ぁ昔から誤解されやすいタイプでな、あんたは悪くねぇ。分かったよ。一緒に楽しむとするかぁ~~」


 机の下でルイスさんがガッツポーズを作るのが、僕の角度からは見えた。……たぶんクレール隊長のファンなんだろう。美形で強いクレール隊長には,

熱心な信奉者も多いのだ。


「しかし、フィートよぉ~~。内装もなかなか凝ってるじゃねぇか。元が個人宅だったとは思えねえぜ」

「ああ。内装はかなりメルフィさんに手伝ってもらいました」

「ほう。あいつの得意分野だもんなぁ~~」

「外観は派手な色が多めだったが、内装は比較的落ち着いた色合いが中心になっているんだな。過ごしやすくて良いじゃないか」

「……まあ、合格点ですね。ギリギリですけど」


 うん、好評なようでなによりだ。

 内装を整えるのに1週間は費やす予定だったのだが、メルフィさんが数時間で終わらせてくれた。『軽量化』で家具や備品を運び、『洗浄』で部屋全体を清潔にし、『液体操作』でペンキを操り、『吸着』で壁に備品を取り付ける……。本当にすごいな、あの人は。支援系の魔法は全部使えるんじゃないだろうか。

 ちなみに残念ながら、メルフィさんは今日は来られないそうだ。なんでも人と会う用事があるらしい。


『みゃぅ』

「きゃあぁっ!?」

「いちいち騒ぐなよ、ルイスよぉ~~」


 しゅたん、と僕の肩からデザートムーンがテーブルに飛び降り、ルイスさんが悲鳴を上げる。やはりどうしても怖いらしい。


「む。……なんだ、私に興味があるのか?」

『みゃ~ぉ』

「……フィート。これはその、なんだ。触れても問題ないのか?」

「ええ、もちろんです。撫でてあげていただければ喜びますよ」


 多少おそるおそるではあったが、テーブルの上で見つめてくるデザートムーンにクレール隊長が手を伸ばす。デザートムーンはされるがまま……というか、自分から頭を差し出して撫でられにいった。顔の周りをくすぐるように撫でられて、気持ちよさげに目を細めている。


『みゅぐるるる……』

「おぉぅ……! なるほど。これは実に、愛らしいものだな!」

「そうでしょうそうでしょう」

「愛らしくないですよぉ……。怖い……。なんか威嚇してるし……」

「威嚇じゃなくて喉を鳴らしてるんですよ。この低い音はリラックスしている証拠です」


 ルイスさんは、座った体勢のままで可能な限りデザートムーンから距離を置いている。

 ……うーん。しかし今さらながら、彼女はなぜここに来たんだろう。僕と交友があるわけでもなく、エルフキャットに興味があるわけでもなさそうだけど。

 そんな僕のいぶかしむ視線に気付いたのか、ガウスさんが頭を掻きながら言う。


「いやぁ、悪いな。ルイスは俺が強引に誘ったんだ。俺ぁカフェなんてとこ行ったことがねぇからなぁ。よく行ってるらしいこいつが非番だったから、案内に連れて来たのさぁ~~」

「……ほんと、良い迷惑」


 ああ。それはまあ……同情できるな。


「まあでもそういうことです。別に自慢することでもないけど、カフェの類は行き慣れてる。他の2人はごまかせても、私は騙されませんよ」

「え?」

「フードメニューとドリンクがまだ出てませんよね。……自信がないんですか? エルフキャットカフェという話題性一本勝負で、カフェとしての基本をおろそかにしているのでは? そういう一発屋みたいなお店はたまにありますが、たいていすぐに潰れますよ」

「おいおい、ルイスよぉ~~。ま~たお前は失礼な……」

「待ってください、ガウスさん。……ご忠告ありがとうございます、ルイスさん。でも大丈夫ですよ。当店はそちらにも力を入れていますから」


 僕はにっこりと笑ってメニュー表を取り出し、ルイスさんに渡した。


「どうぞ、メニュー表です」

「どうも。……じゃ、オムライスとカームティーを」

「私はそうだな、チョコクッキーとコーヒーを頼む」

「酒は……ねえのか。ならソーダフロートを1つ頼むぜぇ~~」

「分かりました。すぐに準備します」


 さて、仕事だ。ここまでデザートムーンにばかり働かせていたし、僕もちょっとは頑張らなきゃいけないな。

 手強いカフェ評論家もいることだしね。背後にルイスさんの視線を感じながら、僕は料理の支度に取りかかった。





「お、早いな」

「調理に時間が必要なのはオムライスだけでしたからね。ほら、デザートムーン。配膳するからいったん降りて」

『みゃ』

「ほう。なるほど、これは悪くないな」


 クレール隊長が注文したチョコクッキーは、デザートムーンの顔をかたどっている。クッキーをコーティングするホワイトチョコで銀色の毛を、2つのビーズレーズンで赤い瞳を表現した。隊長が1つつまんで口に放り込む。


「うん、味も良いな。君にお菓子作りの才能があるとは知らなかったぞ、フィート」

「いやあ、これも実はメルフィさんという方に教えていただきまして……」

「んん~~? フィート、フィート、フィートよぉ~~。俺のソーダフロートも、どうやら普通のもんじゃないみてぇだなぁ~~」

「あ、いえ。ソーダフロート自体は出来合いのものですよ。ただ、クリームの中に最近開発されたはじける飴を入れています。デザートムーンのはじける歓迎の魔法球を表現してみました」

「ほ~う。なかなか楽しい食感だぜ、こいつはよぉ~~」


 うん。クレール隊長とガウスさんは満足してくれたようだ。

 しかし問題は、オムライスをじっとにらみ付けているこの金髪の少女だ。


「……あの。このオムライス、何もかかってないんですけど。ケチャップとかないんですか?」

「ああ。これからかけるんですよ。ほら」


 僕はにこりと笑ってケチャップの入った容器を取り出し、そして


「なっ!?」

「ほぉ~~う。これまた面白ぇな」


 空中に絞り出されたケチャップはふよふよと空中を移動し、オムライスの上に到着する。

 『液体操作』の魔法だ。メルフィさんがペンキを操っているのを見て知ったのだが、どうやらペンキやケチャップのような半固体もこの魔法で操作できるらしい。

 オムライスの上でケチャップはうねうねとうねり、最終的にケチャップで描いたエルフキャットの絵が完成した。クレール隊長とガウスさんが驚きの声を漏らす。


「う……かわいい」

「どうでしょう。当店のフードメニュー、認めていただけましたか?」

「い、いや! まだです。確かに良い演出ですが、結局のところは目を引くだけのパフォーマンス。味が微妙じゃ意味ありませんから」

「なるほど、ごもっともです。ではどうぞ、お召し上がりください」


 オムライスの上のケチャップがまた動き、エルフキャットの絵がにこりと笑う。ルイスさんはオムライスにスプーンを差し入れ、口に運んだ。


「……あ、普通においしい」


 オムライスは普通に練習した。卵をふわっとさせるのがなかなか大変だった。





「……なるほど、分かりました。内装は良い。フードメニューもおいしい。演出にも工夫が凝らされている。ここは良いカフェです」


 オムライスを完食したルイスさんは、口元をナプキンで拭いながらそう言った。


「ありがとうございます」

「エルフキャットという大きな減点要素はありますが、全体的には素敵なカフェだと思います。失礼なことを言ってすみませんでした」

「ああ……。いえいえ、そんなことは全然いいんですが」


 うーん。エルフキャットは減点要素、か。

 そこを変えたくてこのカフェを開いたわけで、いかに他の要素が気に入ってもらえてもこれじゃあ目標は未達成だ。


「ルイスさん。ひとつ、試してもらいたいものがあるんですが」

「……? なんですか」


 僕は近くの棚から小さな箱を取り出す。

 それを見て、ガウスさんとクレール隊長が驚きの声を上げた。


「なっ!? おいおいおいおいフィートフィートフィートよぉ~~!! いったいどこでそんなもん手に入れやがったぁ~~?」

「……驚いたな。古代遺物アーティファクトの中でも特に希少性が高い逸品じゃないか。なぜ君がそんなものを」

「ルイスさんには、これを使ってデザートムーンと仲良くなってもらいます」

「はぁ!?」

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