第11話 開店!!

「おおっ、なんて可愛いんだ!」とクレール隊長が驚いて目を見開く。

「ふふ……。さすがデザートムーンちゃん、今日も素晴らしい毛並みだわ」とメルフィさんが顔をほころばせる。

「おいおい! こんなに可愛いんじゃあ、討伐しようって気もなくなっちまうじゃねえかよぉ~~」ガウスさんが頭を掻く。

「はっ……。ようやくやり遂げやがったか、フィート」ルークがにやりと笑った。

「す、凄すぎる……。こんなに可愛いエルフキャットを見て目が覚めたよ。これからは魔法生物を本当に大事にする」アルゴ局長が土下座している。


『みゃぅ!』『きゅるぉ~~ん!!』『ぴぃ! ぴぃ!』『がぁ! がぁ!』『ぐるぉぉぉ~~ん』デザートムーンにスノウウイング、それに管理局にいた魔法生物たちも大喜びだ。みんなで手を取り合って輪になって踊っている。心から幸せそうなみんなに釣られて、僕もその輪に加わった。隣にいるデザートムーンの手を握り、川のせせらぎに合わせてステップを踏む。


『みゃぅ! みゃぉ~ん』

「ははっ、そうだね! やっぱりみんな仲良くが一番だよ!」

『みゃ! みゃ!』

「はは、おいおい! 鼻を舐めないでくれよ! ……ん?」


 あれ?

 デザートムーンは隣で踊っているのに、どうして僕の鼻を舐められるんだ?


『みゃ! みゃ! みゃ!』

「……えーっと」


 鳴き止まないデザートムーンの声は、何かを急かしているようにも聞こえる。

 これはもしかして、つまり……





「寝坊したっ!」

『みゃうっ!?』


 慌てて時計を覗き込む。

 ……ふぅ、大丈夫だ。起きる予定だった時間よりは遅いけれど、まだお店を開ける予定の時間でもない。どうやら、オープン初日から店主が遅刻! なんて事態は避けられたみたいだ。


「デザートムーン! おかげで起きられたよ。もしかして、心配して起こしてくれたのかい?」

『みゃ! みゃ! みゃ!』

「……あ、うん。朝ごはんね。待ってて、いま用意するから」


 ミルクを取り出して平皿に流し入れ、魔力を少し注ぎ込む。注ぎ終わる前にデザートムーンは平皿に顔をつっこみ、ぺろぺろとミルクを舐め始めた。お行儀の悪い猫だなぁ。


 寝ぼけた頭が醒めてきて、ふと僕は家の外が騒がしいことに気付いた。珍しいことだ。もともとこの家は住宅街の少し奥まったところにあって人通りは少なかったのだけれど、僕がエルフキャットカフェの準備を始めてからさらに人が寄り付かなくなったのだ。


 『洗浄』『風魔法』『熱魔法』。顔と髪を洗い、温風のタオルで濡れた顔と髪を拭い去る。朝のルーティーンを手早く済ませて、僕は家の扉を開いた。


「おいおいおいおい、綺麗な姉ちゃんよぉ。だ~から俺は何もしてねぇって言ってんだろうがよぉ~~~!」

「だったらなぜ、この少女はこんなにも怯えているんだ。私は君が彼女に何か囁くところを見たぞ。何を言った!」

「あぁ~? そりゃぁこいつが店に失礼なことを言ったからちょっと叱っただけだ。いい加減にしないと、おしおきにまた尻を……」

「うわーっ! わーっ! いや、何でもないんです! 私は大丈夫です! お気遣いありがとうございます、クレールさん!」


 どうやら騒いでいたのは、僕の知っている人たちだったらしい。


「クレール隊長! ガウスさん! それに……えーと、」

「ルイス! ギルドの受付嬢の!」

「あ……あぁ! 3人とも、来てくれてありがとうございます!」


 何やら言い争っていたガウスさんとクレール隊長は顔を見合わせ、こちらに向き直った。どうやら一時停戦してくれる気になったらしい。


「よぉよぉよぉ、フィートよぉ。メルフィにちょっと話は聞いてたんだが、想像以上だぜ。なかなかギルドに顔を見せねぇと思ったら、こ~んな立派な店を作ってやがったとはなぁ~~。」

「うむ、立派なものだ。元の家を知っているだけに余計に驚きだな。……ところでフィート。この看板、字が間違っていないか?」

「え? ああいえ、それはこれでいいんですよ」

「ふむ、そうなのか」


 ガウスさんもクレール隊長も、まさかオープン初日に来てくれるとは思っていなかった。忙しいだろうに……本当にありがたいな。

 さて、どうしようかな。またオープンの予定時間まで1時間近くあるのだが、3人ともずいぶん早く来てくれたらしい。このまま待たせておくのも申し訳ないのだけれど、ただ肝心のデザートムーンがまだ食事中だ。


『みゃぅ!』

「あれ」

「ひぃっ!?」


 おや。迷っていたら、耳元で声がして肩に暖かい感触がのしかかった。いつの間にかデザートムーンが僕の肩に飛び乗っている。


「ありがとう、デザートムーン! 来てくれたんだ」


 さすがはデザートムーンだ。どうやら僕のために食事を手早く切り上げてくれたらしい。……いやまあ、たぶんただお腹が空いていてゆっくり食べてられなかっただけなんだろうけど。

 不意に現われたデザートムーンを見て、金髪のギルド受付嬢――ルイスさんが脚を震わせながらガウスさんの後ろに隠れた。エルフキャットがかなり怖いようだ。 


「ちょ……ちょっと、いきなり出てこさせないでくださいよ、危ないじゃないですか! 何かほら、そいつを近付ける前に防護服とか貸し出してくれないんですか!?」

「え。いや、そういうサービスはないですね」

「はぁぁ!? じゃ、じゃあ、その、素肌を晒したままエルフキャットと近付けって言うんですか!?」

「近付くっていうか、撫でたりご飯をあげたりしてもらおうかなと思ってますけど」

「―――――!!!!!」


 おお……。こういう反応になるのか。たぶん彼女の反応は、ごく一般的な王都民のそれと同じなのだろう。

 ガウスさんとクレール隊長は、対照的に落ち着いていた。僕への信頼によるものか、万が一エルフキャットが襲ってきても怪我を負わない自信があるのか。たぶん両方だろうな。


 ……うーん、そうだなぁ。デザートムーンも準備万端みたいだし、ちょっと早いけどもうお店を開けてしまおう。

 僕が左肩の方にうなずいてみせると、デザートムーンから『みゃう』と返事が帰ってきた。そして、


「なっ!?」

「ほぉ~う」

「っ! ほらやっぱり! やっぱり危険生物じゃないですか!」


 家の中から、数個の渦巻く風の球がゆらゆらと漂ってきた。エルフキャットが操る、風の魔力球だ。


 クレール隊長は軽く腰を落とし、戦闘態勢に入っている。ルイスさんはその体を完全にガウスさんの背後に隠し、目から上だけをこちらに覗かせている。唯一余裕ありげなガウスさんは鷹揚に笑っているが、それでも手を後ろに回し、いつでもルイスさんを守れる体勢だ。

 だが、心配はいらない。 


 ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! 風の魔力球が続けざまにはじけ飛ぶ。


「ひ――あ、あれ?」

「くははははっ! 面白いこと考えるじゃねえか、フィートよぉ~~!」

「……ふむ。その演出の安全性には多少の疑問があるが、しかし認めよう。これはなかなか、綺麗なものだな」


 はじけ飛んだ魔法球から、色とりどりの紙吹雪が舞い落ちる。

 店内にあらかじめ用意しておいた紙吹雪をデザートムーンが風の魔法球で包み、その中心に火の魔法球を合わせることで破裂させたのだ。朝晴れの空を虹色の花が彩る。


「――ようこそ、エルフキャットカフェ『desert & feed』へ!!」

『みゃぅ!!』


 そうして、僕のカフェの初めての営業日が始まった。

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