第9話 問題多発(局長サイド)

 フィート・ベガパークが職を追われてから2週間ほど経った頃。

 魔法生物管理局管理局長アルゴ・ボニークライは、自分のデスクで頭を抱えていた。


「第3セクターより報告。マナラビットはいまだ餌に口を付けようとしません。やむをえず拘束して魔力を直接注入していますが、このままでは衰弱していく一方かと思われます」

「第4セクターより報告。シザークロウたちがいつまでも巣に帰ろうとせず、飼育室を飛び回っています。また攻撃的性向が増大しており、飼育室への立ち入り自体が困難な状態です」

「第5セクターより報告。人員の補充、および兵装の増強を要請します。グリフォン種の給餌に際して負傷した職員は7名に渡り、うち4名は早期の職場復帰が不可能な状態です。またグリフォン種は現在も強い警戒状態にあり、現状の兵装による対応は困難を極めます」


 デスクに置かれた水晶玉から、ひっきりなしに部下からの報告が響く。いずれの報告も魔法生物たちの異常を知らせるものばかりだ。

 黙って頭を抱えていたアルゴだったが、最後の要請でついに限界が来たらしい。机を叩き付けて水晶玉に向かって怒鳴りつける。


「く、ああああああっ、うるさいうるさいうるさい!! 問題ばかり報告してきおって! 現場の責任において最適な対処を実行せよ! 増員も兵装の増強もなしだ!! そんな予算は我々にない!!」

「し……しかし管理局長、今日はたしか王太子殿下が視察にお越しになるはず! この現状をお見せして、さらに何の解決策も用意できていないとなると……」

「だから、解決策はお前らが考えろと言っているんだ! 王太子の件なら問題ない。比較的問題の少ない第1、第2セクターのみを案内する手はずになっている! こちらもやるべきことはやっているのだから、貴様らも給料分は働いたらどうだ!!」


 一般的に魔法生物管理局管理局長の『やるべきこと』は魔法生物の管理であって、保身のために上司をごまかすことではないのでは? 

 というツッコミをアルゴに入れられる人間は、魔法生物管理局にはさすがにいなかったらしい。水晶玉からは沈黙だけが返された。アルゴは満足げに息をつき、特別にあつらえた豪華な椅子に深く座り直した。特別に茶葉を取り寄せた紅茶をポットから注ぎ、ゆっくりと口に運び――


「……あのぅ」


 水晶玉から遠慮がちな声が漏れる。アルゴはティーカップを床に叩き付けて怒鳴った。


「うるさいと言っただろう! 今度はなんだ、解決策はお前らで考えろとも言ったはずだぞ!」

「いえ、その。あ、第3セクターより報告。ええと、マナラビットが餌を食べない問題について、解決策の提案です」

「……うん? なんだ。言ってみろ」

「その……少し前にやめた職員から聞いた話です。うろ覚えですが、マナラビットは目の前で餌を食べているところを見せると安心して食事をしてくれると言っていた気がします。これを試してみるというのはいかがでしょうか」


 たっぷり10秒ほど沈黙が流れた。アルゴは何も言わず、通信魔法によってこの会話を聞いているであろう他のセクターの職員も言葉を挟まなかった。

 やがて報告をした職員が水晶玉の不調を疑い始めたころ、アルゴがゆっくりと口を開いた。


「……いま、報告をしたお前。名前と配属は?」

「あ……はい! ロバート・レイダス。今年から魔法生物管理局の中危険度生物管理班に転属になりました!」

「そうか。ロバート君、『魔法生物概論』は読んだかね?」

「もちろんです! 武官学校で教科書としても使われている、アルゴ局長の名著ですよね!」

「うむ。では、この魔法生物管理局のマニュアルには目を通したかね?」

「え、ええ。配属が決まった日から何度も読み返していますが……」

「では聞くが、ロバート君。『魔法生物概論』に、あるいは当局のマニュアルに、浅ましくも動物の餌を食べることがマナラビットの飼育に役立つなどという妄言は記されていただろうか?」


 そこまで聞いてようやく、察しと運の悪いこの新入職員も気付いた。どうやら自分が、なにやら特大の地雷を踏んでしまったらしいということに。


「も、申し訳ありません、局長! ただ僕はその、対処が現場で考えろと局長がおっしゃったので……」

「現場の責任において最適な対処を実行せよ、と言ったのだ。馬鹿な元職員のたわごとを真に受けろとは言わなかった。ロバート君、今期の期末考査を楽しみにしておきたまえ」

「そ……そんな!」

「人事局に手を回しておくよ。あの局には顔が利くからな」

「へえ、そんなことができるんだ?」

「ああ、造作もないことだ。私のマニュアルに従えない馬鹿どもをしつけるために、これまで何度も同じことをしてきた。2週間前だって……」そこでアルゴは気付いた。「待て、お前は誰だ?」


 水晶玉が一瞬だけ黒く濁り、すぐにうす汚れた廊下を映し出した。通信魔法の映像交信機能がオンになったらしい。映し出された廊下に立っている男の顔を見て、アルゴは心底驚愕した。


「お……おうた、おうたいしかっか」

「うん。全国民の愛を一身に受ける、かっこよくて素敵な王太子殿下さんだよ」

「な……なぜ。あなたがいらっしゃる第1、第2セクターとは、通信魔法をつないでいなかったはず」

「いやあ、そんなことよりアルゴ局長。僕はあそこで拘束具と点滴でぐるぐる巻きになっている、かわいそうな小動物たちについて話が聞きたいな」


 王太子が自分の側の水晶玉を動かしたらしく、映し出される景色が変化した。

 そこに見えるのは、5,6羽ほどのマナラビットたち。いずれも簡易的な拘束具で縛り付けられており、鼻からは魔力注入用の点滴が伸びている。どのマナラビットも明らかにぐったりとしていて元気がない。


「マナラビットがいる……ということはその、王太子殿下はいま、第3セクターに」

「見なよ、みんな弱ってる! 1年前にやたら熱心なここの職員に案内された時には、この魔法生物たちは元気に飼育室を跳ね回っていたはずだよ」

「あ……それは、その……」

「別に我々は慈善団体ではないからね。国家の利益になるなら、多少魔法生物に不快な思いをしてもらうのは構わないよ。だがこの状態が君の冷酷ではなく無能によるものなのであれば――」王太子はそこで言葉を切って、水晶玉に再び自分を映した。その顔には笑みすらあったが瞳の色はひやりと冷たく、アルゴは思わず唾を飲んだ。「君の局長としての資質を疑わざるを得ないな」


「お、おま、お待ちください王太子殿下!!」

「待たな~い。他のセクターも案内してもらうよ。今日僕が視察する予定だったセクター以外全部だ」

「いやその、い、一部収容室が故障しておりまして! ま、万が一にも魔法生物が脱走して王太子殿下に危害を加えるようなことがあってはと思って、視察のルートから外していたような次第で!」

「へえ! そりゃますます管理状況を確認しておく必要があるね。僕の身の心配ならいらないよ。頼もしいボディガートがいるんだ」


 そう言って王太子は水晶玉を動かし、自分の隣に立つ人物を映し出してみせた。


「……あ?」

「ね、心配いらないでしょ? 演習中だったのに長くなりそうでごめんね、クレールちゃん」

「いえ、問題ありません。アルゴ局長殿もご安心いただきたい。王太子殿下の御身は、この私――王立天馬部隊隊長、クレール・ブライトが責任を持って警固いたします」

「わ、頼もしーい! クレールちゃんってすごく親切なんだよ。僕が行く予定だった第1セクターへの通路がぜーんぶ王立天馬部隊の演習で塞がれてたからって、隊長自らこっちの第3セクターまで代わりに案内してくれたんだ!」

「……っそ、そうなんで、すね」

「だから問題ないよ、アルゴ君。あ、それじゃそこの、えーと、ロバート君だったかな。案内してくれるかい? 視察の続きをしよう!」

「は……はひぃ! かしこまりましたぁ!」

「あはは、そんなに緊張しなくていいって! 僕は優しくて素敵な王太子殿下なんだからさ!」

「…………」


 にこにこと笑いながら王太子が水晶玉を元の位置に戻し、すたすたと歩き去って行く。

 その姿が見えなくなるまで見送ってからアルゴは水晶玉の通信機能をオフにし、


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”のクソアマがあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 そう叫びながら、思いきり自分の机を蹴り上げた。

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