第8話 そう、エルフキャットは可愛いのだ

「……うーん。この色はちょっと可愛すぎるかなぁ。どう思う? デザートムーン」

『みゃ~~』

「相変わらず何言ってるか分からないな……。動物語翻訳魔法とか、あればいいんだけどね」

「ふふ……。え。これ何してるの?」


 不意に背後から声を掛けられたので振り返ると、そこには困惑した表情のちんまりした女性が立っていた。メルフィリア・メイル。1週間前に一緒にベヒーモスを討伐して以来の再会だった。


「お久しぶりです、メルフィさん。これは家の外装をペンキで塗っているところですね。どうしたんですか、こんなところまで」

「ふふ……。色々聞きたいことがあるけれど、いったん置いておくわ。ベヒーモス討伐の報酬を持ってきたのよ」

「へ? いや、前にいただきましたけど……」

「ふふ……。それは依頼主からの報酬分でしょ? 私たちとしたことが、ベヒーモスの肉や皮を売った分を3等分するのを忘れていたわ。昨日ようやく全部位の鑑定が終わったから、ギルドに登録のあった住所を見てフィート君の分を持ってきたのよ」


 ああ……。なるほど、本当に律儀な人たちだなぁ。勝手に住所を確認できるギルドの情報管理体制にはちょっと物申したいところだけど。

 わざわざ家まで来てもらっておいて、遠慮して受け取らないというわけにもいかないだろう。僕は感謝の言葉を述べて、メルフィさんの差し出す金貨袋を受け取った。


「ふふ……。それで、えーと。どうして家の壁をピンク色に塗っているのか、聞いても構わないかしら?」

「ええ。それが実は、カフェを始めようかと思ってまして」

「カフェ……?」

「ええ」


 僕は扉の前にあるちんまりとした立て看板を指し示す。


「『世界初! エルフキャットカフェ、近日オープン予定! 可愛いエルフキャットと一緒に、癒やしのティータイムを過ごしてみませんか?』。ふふ……。えぇ……。すごいこと始めたわね」

「将来的にはいろんな魔法生物と過ごせる『魔法生物カフェ』にしたいんですけどね。今はデザートムーン1匹しかいないので、エルフキャットカフェです」

『みゃぅ』

「ふふ……。気になってるのはそこじゃないんだけど……」


 メルフィさんが笑みをひきつらせる。

 いやまあ、分かってはいる。メルフィさんが何を気にしているのか。


「いやもちろん、僕だって分かってますよ。エルフキャットはいま王都で最も憎まれている魔法生物だ。一般的な感覚からすれば、『可愛い』とか『癒やし』とかいう単語からは遠い生物なんでしょうね」

「ふふ……。まあね。正直、そこにいるエルフキャットを見られただけで通報されてもおかしくないと思うわよ。ええと、デザートムーン、っていうの? その子は」

「はい。砂漠の銀砂の中で見える赤い月を連想させる、銀毛の中の赤い瞳から名付けました」

「ふふ……。カクテルみたいなネーミングね」


 僕のネーミングセンスは人とちょっとズレているらしく、僕の付けた魔法生物の名前はだいたい微妙な反応を受ける。なんでだ。かっこいいじゃん、デザートムーン。


 しかし、うーん。そもそもエルフキャットカフェというものに対する反応が芳しくない。比較的エルフキャットへの恐怖が薄いであろうメルフィさんでも、やっぱりこういう反応になるか。

 どうしたものかな。1度でも入店してもらえればエルフキャットの可愛さは伝えられると思うんだけど、この分だと最初のお客さんより前に通報を受けた憲兵団がやってきそうだ。


「……あ、そうだ。良いことを思い付いた」

「ふふ……。ふふ……?(危険察知)ふふ……(警戒)」

「メルフィさん! 良かったら1度、エルフキャットカフェを体験してみませんか? 正式オープン前ですし、なんと今なら無料でけっこうですよ!」

「ふふ……。ふふ……(拒否)。ふふ……(逃走態勢)」


 面白いな、この人。ふふ……しか言ってないのに、表情が豊かすぎて何を考えているか丸わかりだ。デザートムーンの考えていることもこれくらい分かりやすければいいのに。


「えーと、もちろん無理にとは言いませんが。でも本当に、危険なことはないと保証しますよ。それに僕は、メルフィさんにエルフキャットの魅力を知ってほしいんです」

「ふふ……。ふふ……(逡巡)。ふう……(諦め)」


 メルフィさんがため息をつく。


「ふふ……。良いわ、頼まれたら断れないのは私もガウスと同じ。フィート君のことはそれなりに信用しているし……。あなたの言葉、信じてみるわ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「ふふ……。でも悪いけれど、フィート君の考えているようにはならないと思うわよ。私もエルフキャットの危険性は理解している。とてもじゃないけど可愛いなんて感情を抱くとは思えな」





「かわいい~~~~~!!!!!」

『みゃう』


 そう、エルフキャットは可愛いのだ。


 デザートムーンはメルフィさんの膝の上で喉をくすぐられていた。幸福そうに目を細め、その体をメルフィさんに預けている。

 体温の高いその体には、触れているだけでぽかぽかとしてくるはずだ。柔らかな銀毛を撫でるたびに伝わる質感を味わっていると、気持ちよさそうに赤い瞳を細めるデザートムーンと目が合う。するとデザートムーンは、どこか不思議そうに少しだけ首を傾げる……。


「ふ……ふふ……。驚いたわ。これは確かに、なかなか……」

「可愛い。そうでしょう! そもそもエルフキャットは愛玩用として高値で取引されていた魔法生物です。気分の良くない話ですが、しかしそれ自体がエルフキャットの美しさと可愛らしさを表していると言えるんです!!」

『みゃおん!!』

「ふふ……。悔しいけれど完敗よ。まさかいま王都で最も憎まれている生物が、こんなにも穏やかで可愛いなんてね……」


 メルフィさんが感嘆の声を漏らす。

 まさに完全勝利と言ったところか。……が、僕は首を振った。いまのメルフィさんの発言には、良くない誤解が含まれていた。。


「いえ。エルフキャットは確かにものすごく可愛いですが、穏やかな生物というわけではないですよ」

「ふふ……。え? でも今こんなに……」

「それは僕がいるからです。僕はエルフキャットに認められているし、1週間一緒に過ごして親交を深めている。自分より上位かつ友好的な存在がそばにいる時、エルフキャットは安心して無防備になります」

「ふふ……。なるほど。野良のエルフキャットはそうではないと」

「……エルフキャットの印象を悪くするようなことは言いたくないんですが、デザートムーンと同じ対応を野良のエルフキャットに期待すると大ケガに繋がりかねませんからね」


 エルフキャットの素晴らしさをできるだけ多くの人に伝えるのが僕の目的ではあるけれど、それで新しい被害者が生まれるようでは本末転倒だ。このあたりの警告は、お客さん全員にしておいた方がいいだろう。


「ふふ……。どうやら、いらない心配をしていたみたいね」

「心配、ですか?」

「ああ、気にしないで。それより、ふふ……。確かにこのエルフキャットカフェ、構想は悪くないわ。魔法生物と一緒にお茶を飲めるなんて斬新だし、デザートムーンちゃんの魅力も十分。ただいくつか問題があるわね」


 そう言ってメルフィさんはデザートムーンを撫でる手を止め、周囲をぐるりと見回し――

 そしてにこりと笑い、うなずいた。


「ふふ……。いいわ。私はこのお店を気に入った。少し手伝ってあげる」

「えっ」

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