第6話 『魔法生物』と『魔物』

 ベヒーモスの死体を解体屋のところまで運んでからギルドに戻り、僕たちは討伐達成の旨を受付嬢に報告した。うなずいた受付嬢は奥に引っ込むと、間もなく金貨の入った袋を持って再び現われた。どうやら、報酬はここで即座に貰えるらしい。


「……それじゃ、これがお前の取り分だ。本当に良いのか? きっちり3等分した報酬だけでよぉ~~」

「いや、むしろ貰いすぎなくらいですよ。別に僕がいなくても、あなた達2人でベヒーモスは倒せたでしょう」

「だがお前がいなきゃもっと苦労はしてたはずだし、その後の酒宴もあんなに楽しくはならなかった。だからこれは正当な報酬だぜ、フィートよぉ~~」

「ふふ……。貰っておきなさい、フィート君」

「……ありがとうございます」


 2人の言葉に甘えて、僕はベヒーモスの討伐報酬を受け取ることにした。実際、手に職がない僕にとってこの金銭は貴重だ。


「ふふ……。今日は楽しかったわ。また会いましょう、フィート君。次は土の付いていないケーキをごちそうするわ」

「はは、ええ。楽しみにしておきます」

「くっくっく……。メルフィの菓子は絶品だからなぁ~~」


 実際、彼女のケーキは美味しかった。是非また味わってみたいところだ。


「それじゃあな、フィート。また顔出せよ。お前の話はギルドの連中にもしておくからよぉ~~」

「本当に何から何まで、ありがとうございます。またいずれ」

「ふふ……。そうだフィート君、その収入でこれから何か買う予定はあるの? 私もこれから市場に行くから、もし重いものを買うなら『軽量化』を掛けてあげるわよ」


 あ、惜しい。昨日その提案があれば、ベッドに掛けてもらえたのに。


「ありがとうございます。でも大丈夫です。市場には寄りますが、ミルクだけ買い足して帰りますよ」

「ふふ……。ミルクが好きなの?」

「いえ。昨日野良のエルフキャットと仲良くなったので、その子の分を買って帰ろうかと」

「ふふ……。ふふ……。ふふ……。……え? エルフキャット?」


 ……何だ? メルフィさんの様子がおかしい。

 気付くと、近くにいた他の冒険者らしき人物達もぎょっとした表情でこちらを見ている。どうやら何かマズいことを言ってしまったらしい。


「……フィート。フィート。フィートよぉ~~。何と仲良くなろうがお前の自由だが、お前が耳の長い猫と仲良しだって話は、あんまり人前でしない方がいいかもなぁ~~」

「なぜです。……いや、なんとなく分かりました。野良エルフキャットが人間に危害を加えることがあるのに関係しているんですね?」

「ふふ……。そうね。魔物が弱体化した今、エルフキャットはこの王都に住まう住民にとって最も身近な脅威。その存在は王都中から憎まれている」


 ……ある程度は予想していた話だ。だがまさか、エルフキャットと仲良くなった、という話をするのも憚られるほどだとは思わなかった。

 僕が魔法生物を愛する人間だからだろうか。どうしてもエルフキャットの側に肩入れしてしまう。だってそもそも、エルフキャットが王都で繁殖し、食料を求めて人間を襲うようになったのは、人間の側に原因があるのだ。


「フィートよぉ。お前の言いたいことは分かるぜぇ~~。エルフキャットがここまで王都で繁殖したのは、人間の金持ち連中が好き勝手やったせいだ。分かってるよ。あの猫どもには俺も同情する」

「だったら!」

「3日前、ガキがエルフキャットに大ケガを負わされた」


 僕の口から出ようとした抗議の言葉は、そこで止まった。


「幸い、命に別状はなかったよ。後遺症も残らないそうだ。……だが、次もそうとは限らねえ」

「そ、れは……」

「ふう……。フィート君、これはあくまでまだ噂なのだけれど。エルフキャットは数ヶ月中に、『魔物』認定される可能性が高いわ」

「な……なんですって!?」


 『魔法生物』と『魔物』。ともに魔力を帯びた人間以外の生物の総称で、2つは人間に及ぼす危害の有無で区分される。一般的な状況で人間に害を及ぼさないのが『魔法生物』、及ぼすのが『魔物』だ。


 きわめてあいまいな区分で分類された2つのカテゴリだが、それらの扱いには天と地ほどの違いがある。『魔法生物』は人間の居住区で飼育することが許されるし、繁殖させても罰せられない。そして何より大きな違いが、


「『魔物』認定されれば……冒険者ギルドに、討伐依頼を出すことが出来るようになる」

「……ま、そういうことだなぁ。お前には悪いがな、フィート。もし討伐依頼が出れば、俺たちは全力でエルフキャットを狩るぜぇ~~」

「はぁ……。おそらく、実際に『魔物』認定があれば、ギルドには依頼が殺到するでしょうね。数ヶ月も経たずに、野良エルフキャットは全滅する」

「っ、……。いえ、エルフキャットが『魔物』認定されればもちろんおふたりがそうするのは当然です。でも……」

「フィート。


 そのガウスさんの指摘は、確かに重要なところを突いていた。


「ベヒーモスは人間を襲う。だから俺たちが討伐する。エルフキャットも人間を襲うなら、それと同じことだぁ」

「……エルフキャットはベヒーモスとは違います。人間の側から刺激しなければ、正しい対処法を知ってさえいれば、人間を攻撃してくるようなことはありません」

「そうかぁ。そうなのかもなぁ~~。だがエルフキャットの正しい対処法なんてほとんどの人間が知らねぇことだ。現にガキがひとりケガしてる」


 ………。

 ……ああ、僕は。

 僕はなんて、幸運なんだろうか。


「クビになったのがこのタイミングで、本当に良かった。もう半年遅ければ、完全に手遅れになっていたところでした」

「ふふ……。フィート君? いったい……」

「ガウスさん、メルフィさん、本当にお世話になりました! 僕はちょっとやることができたので、ここで失礼します!!」


 言い残すと僕は、すぐさまギルドを駆け出した。

 ガウスさんの言っていることは正しい。エルフキャットの対処法なんて、ほとんどの人が知らないことだ。だからこそエルフキャットに傷付けられる人間が出るし、その結果としてエルフキャットも駆除されてしまう。

 だが、逆に。もし多くの人間がエルフキャットと親しみ、エルフキャットについて詳しくなれるような、そんな方策があれば。


 ああ、こうしてはいられない。すぐに作戦を練らなくては。

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