第5話 歓迎の宴

「「「かんぱ~~~い!!!!」」」


 木製のジョッキをかたむけ、中の麦酒を喉に流し込む。……染みる。戦闘で乾いた体の隅々まで、香ばしい液体が流れ込んでいくようだ。

 間髪入れず、僕はよく焼けたベヒーモスの肉を一切れつまんで口の中に放り込む。噛むたびに弾ける肉汁は、火入れが完璧に行われたことの証明だろう。野性味あふれる獣肉を堪能したあと、再び麦酒をかたむけで口の中の脂を洗い流す。


 ……最高だ。こんな幸せな食事、ここ3年ほど取ったことがなかった。


「どうだぁ、フィート。俺たち流の『歓迎』はよぉ~~」

「最高ですよ。ベヒーモスの肉がこんなに美味しいとは思いませんでした」

「くくく。ベヒーモスの肉は死んでから時間が経つにつれ硬くなる。この味わいは、仕留めた奴の特権ってヤツだぁ~~」

「ふふ……。この瞬間のために、冒険者やってるわ」


 口の周りを脂まみれにしながら、メルフィさんも幸せそうに肉を頬張る。


「しかし驚いたぜ、フィートよぉ~~。上級騎士並みの戦闘魔法だったじゃねえか。どこで習ったんだよあんなもんよぉ~~」

「フィールドワークに必要だったもので、昔ちょっと。こちらこそ驚きましたよ。お2人とも、まさかあんなに強いとは」

「ふふ……。ひっはれひょう? ははひはひはふよいのよ」

「食べてから喋れ、メルフィ」


 ……たぶん『言ったでしょう? 私たちは強いのよ』だろうか。確かにメルフィさんは言っていた。自分たちは強いから、ベヒーモスくらい大したことはないと。

 まさか本当にそこまで強いとは思わないじゃないか。ガウスさんの剣技には王宮剣士顔負けのキレがあったし、メルフィさんの高位補助魔法も常に的確で速かった。たぶん、普通に市井にいる冒険者としては最上位クラスなんじゃないだろうか。


「ま、とりあえずフィートは心配いらなそうだなぁ。何も知りませんって風だったからいちおう声を掛けたんだが、その実力がギルドで知れりゃあどこのパーティでも引く手あまただろうよ」

「もぐもぐ……ごくん。ふふ……、ガウスはあのギルドの顔役のようなものよ。フィート君も、またギルドのことで困り事があれば彼に相談するといいわ」

「顔役ってほど大したもんじゃねえよ。ただ長くいるってだけだ。……具体的には、あの受付のルイスがガキだった頃から知ってくるくらいだな」

「ふふ……。さっきは笑ったわ。あの子、まだガウスのおしおき……お尻叩きが怖いのね」


 ああ、なるほど。ギルドでのやりとりはそういう意味か。


「……ありがとうございます。本当に色々と、気に掛けていただいたみたいで」

「気にすんなよ、フィートよぉ~~。新入りを大事にしない組織は廃れる一方だ。新人冒険者ってヤツは、俺たちにとって何よりも大事な『資源』ってやつなのさぁ~~」

「ふふ……。以下同文」


 ああ……、本当に僕は運が良いな。生まれてからこっち、人の優しさに救われてばかりだ。……管理局は除いて、だけど。

 もう1度お礼を述べて、それから僕たちはまた談笑しながらの食事に戻った。ベヒーモスの肉が冷める前に、しっかりと堪能しておかなくては。





「ふう~~。食った食った。これでも10分の1も食い切れねえんだから、ベヒーモスってやっぱでけえよなぁ~~。メルフィ、残りに『保冷』と『軽量化』を頼む」

「ふふ……。とっくにやってるわよ」

「そうか、ありがとよぉ~~。……で、フィート。どうだ、歩けそうか?」

「ちょっとふらつきますが、なんとか」


 ……飲みすぎた。

 久しぶりの楽しい食事に、ちょっと浮かれすぎたかもしれない。ちょっと足下がおぼつかない。

 ……やれやれ。いちおうまだ、魔物の生息圏だっていうのに。今もし強力な敵に襲われたら、きっとひとたまりもないだろうな。


 そんなことを考えて、僕はふと気付いた。


 ガウスさんが、にやにやとした笑いを浮かべながらこちらを見ている。


「……なあ、フィートよぉ~~。まさか本当に思ってたのか? 俺たちの『歓迎』が、これで終わりだってよぉ~~」

「……え」

「ふふ……。どうやらフィート君は、大事なことを忘れているみたいね」

「はは、そのようだなぁ」


 ガウスさんが、するりとその剣を抜いた。


「メルフィ。準備はできてるか?」

「ふふ……。もちろん」


 そう言ってメルフィさんは自分の懐から何かを取り出した。

 ……何だ、あれは。小さくてよく分からないが。


「ふふ……。『縮小』解除」

「っ! ああ!」

「くく……。ようやく気付いたようだなぁ? 自分の体が、いったい何を欲していたのか」


 メルフィさんの手に持った、それは。

 それは確かに、いまの僕が欲していたものだった。


「くっくっく。これが俺たち流の『歓迎』の締めくくりだぜ、フィートよぉ~~!!」


 それは。

 それは、……ケーキだった。

 一般的なホールケーキよりひとまわり小さいそれには、色鮮やかなフルーツがきらびやかに散りばめられている。ものすごく、おいしそうだった。


「しょっぱいものを食べてしこたま酒を飲んだ後は、甘いもので締めくくる。こんな大事なこと、2度と忘れんじゃねえぞぉ~~!!」

「ふふ……。あと、温かい飲み物もね。紅茶と緑茶、どっちがいい?」

「あ……。じゃあ、紅茶をお願いします」

「俺ぁ緑茶で頼む!」

「ふふ……。了解」


 言って、メルフィさんがケーキを持ってこちらに向かってくる。

 なるほどそれは、彼ららしい宴の締めくくり方だった。


 ……ところで、メルフィさんもけっこう麦酒を飲んでいた。けっこう、というか。かなり、というか。とにかく僕の2倍くらいは飲んでいた。当然、その足取りは僕以上にふらついているわけで。


「ふふ……ぶえっ」

「あっ」

「えっ」


 メルフィさんは見事に転倒し、ケーキは草原の上にぶちまけられた。


「…………。えっと。大丈夫か、メルフィ」

「ふふ……。ええ、大丈夫よ。私は」

「メルフィさん、あの。……もしかして今のケーキって、手作りだったり……」


 メルフィさんはゆっくりと立ち上がると、散らばったケーキを悲しげに見つめながら言った。


「ふふ……。大丈夫よ。ほんの10時間くらいで作ったものだから。別に、大したものじゃ……」

「うめえ! めちゃくちゃうめえな! フルーツの酸味とクリームの甘さが絶妙なコンビネーションだぜぇ~~!!」

「本当ですね! ふわふわのスポンジケーキと食感を引き立てるフルーツのカッティングから、作り手のこだわりが伝わってくるようですよ!!」


 目を丸くして驚くメルフィさんを前に、僕とガウスさんは草原に落ちたケーキをむさぼり食った。

 ちなみにメルフィさんの名誉のために付け加えておくと、ケーキは本当に美味しかった。土の付いたところを避ければ、だけど。

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