第4話 お仕事に行こう!
朝起きると、一緒に眠っていたはずのエルフキャットはいなくなっていた。
「あー……。まあたぶん、別の根城の様子を見に行ったのかな」
野良エルフキャットは多くの場合、複数の拠点を持つ。おそらく、そちらの様子を確認しに行ってしまったのだろう。
僕としては一緒に暮らす気満々だったので、ちょっと悲しい。でも僕の家を根城の1つとして考えてくれているなら、きっとまたここに戻ってくるはずだ。
「ま、また会えることを祈って。今日はとりあえず、働きますか」
そう呟いて、僕は重い腰を上げた。何はともあれ、生きていくためにはお仕事をしなくてはならない。
●
僕が訪れることにしたのは、冒険者ギルドだった。
魔物の討伐依頼から草むしりのお願いまで、あらゆる依頼が集まる場所。名称は『冒険者ギルド』だが、いわゆる冒険者でなくても依頼は受注できる。
特に魔物の討伐依頼は危険だが、その分実入りも良い。管理局をクビになったあとのお仕事として有力な候補だった。
だが、現実はなかなか甘くなかった。
「討伐依頼ですか? ないですね。もう全部、他のパーティが持って行っちゃいましたよ」
ギルドの受付嬢はあっさりとそう言うと、視線を手元に戻した。
明らかに気のない返事だった。ちらりと覗き込むと、そこには漫画本がある。
「……えーっと。全部、ですか」
「ええ。……なんですか、その目は。もしかして、私がサボりたくて適当なこと言ってると思ってます?」
「いや、そんなことは」ちょっと思ってます。
はあ、とため息をついて受付嬢は漫画本を閉じる。
「確かに少し前まで討伐依頼はひっきりなしに舞い込んできていて、売り切れなんてことはありえませんでした。でも今は違うんですよ」
「なにか変化があったんですか?」
「偉大な偉大な勇者様がこの付近の魔物王を討伐してくださったので、あたり一帯の魔物の勢力は大幅に縮小したんです。勇者ルーク。名前くらいは知ってますよね?」
「ええ。友達です」
「は?」
くだらない嘘をつくな、とばかりに受付嬢が睨み付けてくる。
「ともかくそういうわけで、このギルドへの討伐依頼の数は激減しました。今や討伐依頼は争奪戦ですよ。受付開始から30分も経ってからふらっと来て受注できるようなもんじゃないんです」
「……そうだったんですか。どうやら僕のリサーチ不足だったみたいですね。教えてくださってありがとうございます」
「分かればいいんですよ。今から討伐依頼に参加したいなら、既に受注しているパーティに入れてもらうしかないですね。もっとも人数が増えれば分け前も減る。あなたみたいな初心者丸出しの人をパーティに入れたがる人なんていないでしょうが」
そう言って、受付嬢はまた手元に視線を戻した。
……言い方はキツいが、アドバイスは的確なようだ。どうやら今日、ここで依頼を受注することはできなさそうだな。
仕方ない。もう一度お礼を言ってその場を離れようとした、その時だった。
「おいおいおいおいお~~い。受付嬢のルイスちゃんよぉ~~。その言い草はちょっと酷いんじゃねえかなぁ~~?」
「ふふ……。そうね。私もそう思う」
突然話に割り込んできた2人組に、僕と受付嬢が視線を向ける。
真っ赤に染めた髪を乱雑に切り揃えた、全身傷だらけの柄の悪い大男。隣にいるいかにも魔術師然としたローブを纏う黒髪ショートカットの女は、対照的に女性としてもかなり小柄な部類に入るだろう。
「ガ……ガウス、さん。でも私は、必要なことをお伝えしただけ、で」
「言い方ってもんがあるだろ? 新人冒険者は俺たちの大事な大事な『資源』なんだ。優し~くしてあげねえとなぁ」
「は……はい。すみ、ませんでした」
「ふふ……。良い子ね」
首に冒険者ライセンスがぶら下がっているところを見ると、この2人もギルドに依頼を受注しに来た人間なのだろう。だが受付嬢の態度が、僕に対するものとまったく違う。まるで何かに怯えているようだ。
そんなことを考えていると、ガウスと呼ばれた男が受付嬢の耳元に口を近付け、ぼそりと言った。
「今度同じような真似をしたら……。また、『おしおき』してやるからな」
「は、い。ごめん、なさい……」
おいおい。
聞こえてしまったやり取りに困惑していると、ガウスがくるりとこちらを振り返った。
「よお兄ちゃん。悪かったなぁ。ここの受付嬢はちーっとばかししつけがなってなくてなぁ」
「あ、いえ。的確な助言をいただいたと思っています」
「か~っ、人間が出来てるねぇ! 気に入ったよ兄ちゃん。なあ、確か討伐依頼を受けたいんだったよなぁ?」
「はぁ、まあ。ええ」
「俺たちは依頼を受注してるんだ。良かったら一緒にパーティを組まねえか?」
そう言ってガウスが懐から取り出したのは、確かに魔物の討伐依頼書だった。どうやら彼らは既に依頼を受注していて、ここで出発のための準備をしているところだった、ということらしい。
……だが、この誘いに乗ってもいいのだろうか。率直に言って、この2人はあまり信頼の置ける風体ではないが。
「……どうして誘ってくださるんですか? 僕が入れば、報酬の取り分が減るのでは?」
「俺たちは新入りに優しいのさ! 取り分なんてくれてやるよぉ。何だったら報酬は全額あんたが持って行ってもいいぜ?」
「……ベヒーモスの討伐依頼、と書いてありますが、確かベヒーモスは10人がかりでようやく倒せる魔物だったはずです。あなた達が2人で、本気で達成するつもりでこの依頼を受けた、というのはいささか不自然だと思いますが」
「ふふ……。私たちは強いもの。ベヒーモスくらい、大したことないわ」
うさんくささが天元突破していた。
「なんだぁ? ずいぶんと細かいことを気にするんだなぁ。……まさか善意で声を掛けた俺たちの誘い、断るなんて言わねえよなぁ~~?」
「ふふ……。ガウス、ダメよ。怖がらせちゃうわ」
ガウスがこちらの肩に手を回し、顔を近付けてくる。
……傷だらけの顔をこうして近付けられると、なかなかの威圧感があるな。
「いえ、断りませんよ。願ってもないお誘いです。是非ご一緒させてください」
「よぉし、決まりだな! やっぱあんた気に入ったよ、兄ちゃん!」
「ふふ……。良い子ね」
怪しいことは確かだ。が、ベヒーモスの討伐報酬は魅力的ではあった。依頼自体は本物のようだし、最悪なんとかして僕1人でベヒーモスを倒してくればいいだろう。
「それじゃよろしくなぁ、兄ちゃん! 俺ぁガウス・グライアだ」
「ふふ……。私はメルフィリア・メイル。メルフィと呼んでくれて構わないわ」
「僕はフィート・ベガパークです。お2人とも、よろしくお願いします」
「おう。よろしくなぁ? ……くく、俺たち流の『歓迎』、た~っぷりと味わってもらうぜぇ?」
ガウスはそう言って、その大きな口を歪めて笑った。
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