第3話 エルフキャットとの出会い

 1時間ほどかけて、僕はベッドと窓ガラス、それに食料品を持って家に戻った。

 シングルサイズのベッドを担いで帰れたのは、僕が格別に力持ちだからではない。ベッドを購入した商店で『軽量化』の魔法を掛けてもらったからだ。

 もっとも料金をケチって30分ぶんしか掛けてもらっていないので、効果はそろそろ切れる。早めに運び込まなくては。


 それから数分後。荒れ果てた廃墟のようだった僕の家は、人が住んでいると言われて信じられる程度のものにはなった。焦げたベッドを運び出す気力はなかったので、いま僕の家には2つのベッドが並んでいる。


「……さてと。エルフキャットさんがどのくらいの時間にここに来るのかは分からないけど、準備はしておかなきゃな」


 買ってきたリンゴをかじりながら、僕は平皿にミルクを注いだ。

 ミルクの入った平皿に手をかざし、魔力を込める。掌に集めた微量の魔力を、僕は慎重にミルクに流し込んだ。


「……よし」


 わずかに魔力の込められたミルクは、エルフキャットの好物だ。人様の家を荒らすくらい腹を空かせたエルフキャットなら、きっとこれを目の前にして我慢なんてできないだろう。


「あとはこれを、部屋の真ん中あたりに配置してと。これで準備完了だな。……ああ、窓は開けておかないと」


 また割られてはかなわない。先ほどガラスを取り付けたばかりの窓を大きく開け放って、これで今度こそ準備完了だ。


 待つこと数十分。案外早く、その標的は現われた。


『……みゃ~ぅ』


 銀色の毛並みに赤い瞳。窓枠の上に器用に立ったまま、エルフキャットはじっとこちらを見つめている。僕はミルクを注いだ平皿から少し離れたところに待機していた。

 やはり警戒しているらしく、エルフキャットは数分間そのまま僕の方を観察する。

 しかしついには我慢できなくなったらしく、すとんと窓枠から飛び降りた。


 僕はまだ動かず、そのままの姿勢で待機を続けている


 エルフキャットがそろそろと平皿に近寄る。


 僕はまだ動かない。


 ちろり、とエルフキャットがミルクを舐める。


 僕はまだ動かない。


 ちろり、ちろり、と。最初は少しずつ舐めていたエルフキャットだったが、すぐに我慢の限界を迎えたらしい。夢中になって魔力入りのミルクを堪能している。


 ――よし、今だ。


『ふしゃああああああああっ!!!!!!!』


 不意に立ち上がった僕に、エルフキャットが全身の毛を逆立てて威嚇する。

 いや、単なる威嚇だけではない。エルフキャットの周囲に、いくつかの光る球が生成されている。赤い球、青い球、緑の球。それぞれ炎、水、風の元素が込められた魔力球だろう。


 エルフキャットは魔法を使う。それも、そこらの学生魔術師よりもはるかに強力な魔法だ。僕の家もこの魔法で荒らされたのだろう。


「――悪いけど、逃げてあげないよ。君の魔法を見て逃げ出した人間は、君の中で『格下』に位置づけられてしまう。君の元飼い主はきっと、この対処を誤って君を扱いきれなくなったんだろうね」

『みゃ……お~ぅ?』

「正しい対処法は、こうだ」


 僕は手をかざし、掌に魔力を込める。

 集約された魔力が、掌の先に魔力球を形成する。魔力が集まるにつれて、魔力球は徐々に大きくなっていく。

 やがて僕が生み出した魔力球は、エルフキャットのそれよりもはるかに大きく膨れ上がった。


『ぐる……みゃおぅ……』

「…………」


 僕とエルフキャットのにらみ合いが続く。

 いまどちらかが生み出した魔力球を使って攻撃を開始すれば。おそらくこの家は修復不可能なくらいずたぼろになってしまうことだろう。


 ……だが、そうはならない。数十秒のにらみ合いののち、エルフキャットが生み出した魔力球は、糸のようにほどけて空中に消えた。


『みゃう』


 そしてエルフキャットはこてんと転がり、僕に向かって腹を見せた。

 服従のサインだ。僕も自分の魔力球を解除する。


「よし、良い子だ」

『みゃう~~』

「いいよ、ミルク。飲んでも」


 僕がミルクを指し示すと、どうやら意図が伝わったらしい。エルフキャットはころりと転がって立ち上がり、また夢中でミルクを飲み始めた。


 僕の家でミルクを夢中にむさぼるエルフキャット。魔法生物に詳しくない人が見たら、最初と何も状況が変わっていないじゃないかと言うかもしれない。

 だが、これで問題ないのだ。エルフキャットは気高い種族で、自分より強いと認めた相手には敬意を払う。今後このエルフキャットが、勝手に僕の家を荒らすようなことはないはずだ。


「本来、不法侵入は懲役5年か蹴り500発の罪らしいけどね。でもお前が食べるものにも困ってたのは、お前のせいじゃないもんな」

『みゃぅ』


 指先で毛並みを撫でてやると、エルフキャットは気持ちよさそうに鳴いた。


 こうして。1人きりで過ごすはずだったその夜に、僕は思いがけない道連れを得ることになったのだった。


「せっかく自由な時間ができるんだし、この子と一緒に暮らすのも悪くないかな」

『みゃぉ~ん』


 僕のつぶやきにエルフキャットは顔を上げ、赤い瞳を丸くして首を傾げてみせた。

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