第2話 留守中の侵入者

「……いえ、すみません。それはできません」


 クレール隊長の誘いに、俺は首を横に振った。


「なぜ。……もしや天馬部隊に、何か不満でもあるのだろうか」

「まさか。天馬部隊の皆さんも厩舎のペガサスたちも、本当に大切な仲間だと思っています。それに孤児で身寄りのない僕を重用してくださった隊長にも、心から感謝しています。立場が変わっても、隊長は永遠に僕の隊長ですよ」

「だったら!!」


 食い下がるクレール隊長に、僕は1枚の紙を見せた。

 辞令。フィート・ベガパークを懲戒免職処分とする。


「何だ、これがどうしたと……。待て、懲戒免職だと?」

「懲戒免職処分を受けた国家公務員は、以後10年間公職に就けません。そして王立天馬部隊は、国家に属するれっきとした公職だ」

「馬鹿な!」


 クレール隊長の声は、怒りで震えている。


「私はてっきり、君が自分の意思でやめたのかと……。なぜ君が懲戒免職なんだ!」

「魔法生物のためにやったことが、サボリと見なされたみたいでして。他にも色々あって、局長に嫌われちゃいました」

「そうか。なあフィート、ひとつ提案なんだが」

「ダメです。局長に暴力なんて振るっても、何の解決にもならないですよ。隊長が職を失うだけです」


 怒ったペガサスは怖いが、怒ったクレール隊長もそれに並ぶくらい怖い。

 クレール隊長は少し驚いた様子だった。どうやら、隊長の思考をうまく言い当てることに成功したらしい。


「……なんで私の考えていることが分かったんだ」

「隊長の思考回路はペガサスと似てますから。なんとなく分かるんです」

「何だそれは。天馬部隊の隊長としては喜ぶべきなのだろうか……」

「少なくとも僕は好きですよ、その性格」

「そ、そうか」


 ともかく。王立天馬部隊に戻るというのは僕にとっても望ましい選択だったが、残念ながらそういうわけにもいかないのだ。


「……だが、それならフィート。今後はどうするのだ。仕事の当てはあるのか?」

「いえ、今のところは。でもまあ、なんとか考えますよ。いちおう住むところはあるし、貯金もないわけじゃありませんから」

「そうか。……私の方でも、いくつか伝手を当たってみようか? 君の魔法生物についての知識を生かせる民間の職業があるかもしれない」

「本当ですか? それは助かります!」


 本当に助かる。やっぱり隊長は頼りになる人だ。いずれ何らかの形で恩返しをしないとな。


「とりあえず、今日のところは家まで送ろう」

「え? いや、大丈夫ですよ。隊長はお忙しいでしょう。1人で帰れます」

「そうはいかない。大けがはなさそうだが、さっきまで痛めつけられていた君を1人で帰せるか」

『きゅるぉ~ん』


 そうだそうだ、というようにスノウウイングがいななく。

 本当に優しい人と天馬だ。さっきまで働いていた職場とのギャップで、なんだか泣きそうになってきた。

 とりあえず僕は、クレール隊長とスノウウイングに甘えることにした。


 クレール隊長とともにスノウウイングにまたがると、スノウウイングは楽しそうにいなないて翼をはためかせた。一瞬で地面が遠ざかっていく。3年ぶりの、懐かしい感覚だった。





「……ふう。我が家に帰るのも、ちょっと久しぶりだなぁ」


 送ってくれたクレール隊長と別れたあと、僕は自宅の扉を開けた。ここに来るのは3か月ぶりくらいだろうか。けっこう広くて良い家なのでちゃんと使いたいんだけど、基本的に僕はずっと職場に泊まり込んでたからなぁ。

 ……そういえば、かなりの数の私物を職場に置いてきてしまっている。あれはどうなるのだろうか。返してもらえるとありがたいんだけどな。


 そんなことを考えながら、魔法具に魔力を流し込んで部屋の照明を付ける。

 そこに広がるのは、3か月前と変わらない自宅の景色……の、はずだったのだが。


「え。泥棒に入られた?」


 窓は割れ、ベッドは一部が焦げ付き、壁は傷だらけになっている。特に酷いのは、日持ちのする食料を備蓄していた棚だ。備蓄食料の包装はほとんどが引きちぎられ、中身は綺麗に食い尽くされている。


「んー。泥棒だとしたら何もない家に侵入してご愁傷様って感じだけど……」


 焼け焦げたベッドに手をかざし、口の中で『魔力探知』と唱える。感じ取れた魔力は、予想した通りのものだった。


「泥棒は泥棒でも、人間の泥棒じゃないみたいだね。エルフキャットか。僕がいない間、ここを根城の1つにしてたんだな」


 エルフキャットは猫に似た魔法生物だ。エルフ族と種としての繋がりはないのだが、長い耳を持つことと魔法に長けていることからエルフキャットと呼ばれている。


 その愛らしい外見から、ここ数年富裕層の間でペットとしての人気が爆発した。だがエルフキャットは適切な対処法を知らなければかなり危険な魔法生物で、本来なら気軽にペットとして飼えるような種族ではない。案の定手に負えなくなった飼い主が勝手にエルフキャットを野に放つ事例が多発し、今では王都にはびこる野良エルフキャットが社会問題になっている。


 そして僕の家に侵入したのも、おそらくその野良エルフキャットなのだろう。行き場を無くした野良エルフキャットが空き家に住み着くというのはよくある話だ。僕の家は空き家ではないのだが、まあ3か月も家を空けていれば似たようなものだろう。


「買ってくるものが増えちゃったなぁ」


 ぼろぼろのベッド、割れた窓、すかすかの食料棚。順番にそれらを眺めて、僕はため息をついた。壁の傷はすぐにはどうしようもないが、まずは眠るところと食べるものを確保する必要はある。それに、今後またエルフキャットが現われた時のために対策も講じなくてはならない。


 ま、仕方ないか。この時間ならまだ市場が開いているだろう。ひとっ走りして必要なものを揃えてこよう。

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