魔法生物管理局を追放されたので、夢だった魔法生物カフェを開いてまったり暮らします~なんか管理局長が土下座してきてるけど、そのポーズはグリフォン種に威嚇だと思われるのでやめた方がいいですよ~
とてもつよい鮭
カフェ開店編
第1話 とりあえず追放から
「フィート、お前はクビだ」
という一言で、僕は3年間勤めた魔法生物管理局をクビになった。
いちおう公務員なんだから、そう簡単にクビにはならないはずなんだけど。そう思って局長から渡された辞令を隅から隅まで眺めてみたが、どう見ても本物だった。フィート・ベガパークを懲戒免職処分とする。
「えーっと……、局長。何か僕、懲戒処分を受けるようなことしましたっけ」
「勝手に魔法生物の餌を食べたこと1867回! 就業中に日向ぼっこをしていたこと196回! 清掃業務を適切に行わなかったこと38回! まだまだあるぞ。ご希望ならすべて読み上げようか?」
「だから、全部ちゃんと説明したじゃないですか。僕は必要なことをしているだけです」
マナラビット種は警戒心が強く、人に貰った餌はなかなか食べない。目の前で餌を食べてあげると、ようやく安心して食べてくれる。
グリフォン種は一緒に日向ぼっこした相手によく懐く。野生のグリフォン種は兄弟と一緒に日向ぼっこをするので、その名残だろう。
シザークロウ種は巣穴の匂いを覚える。だから清掃の時に、巣穴の周辺は洗浄せずに残しておかなくてはならない。そうしないと巣穴の場所が分からなくなって混乱するから。
すべて、何度となく説明してきたことだ。だが局長は首を横に振る。
「くだらん。そんな手順は私が作ったマニュアルのどこにも記載されていない。サボリの言い訳なら、もっとマシなものを考えるんだな」
「サボリ……ですか」
僕の中で、何か一本大事な糸が切れた気がした。
ここまで言っても分からないなら、もうどうしようもない。この管理局は、僕の居場所ではなかったということだ。
ただ、このままここを去るわけにはいかない。このままだと、残された魔法生物たちが、局長の作ったあのくだらないマニュアルで雑に世話されるのを見過ごすことになる。
「分かりました。懲戒処分は受け入れます。だけどせめて、他の職員たちと話す時間をください」
管理局の他の職員たちは、マニュアルに従ってばかりで僕の言うことに耳を貸さなかった。だけどこのまま僕がいなくなると、間違いなくいろいろな問題が起きるはずだ。ここで対処方法を残しておけば、そういう問題が起きた時に思い出してくれるかもしれない。
……正直、この管理局の人間に良い思い出はない。今後問題が起きて困るなら、ざまあみろと思うくらいだ。だけど魔法生物たちに罪はないのだ。魔法生物たちのためにも、ちゃんと正しい飼育方法を伝えておかなくては。
だが局長は、うんざりした顔で首を横に振った。
「ダメだ。クビになった以上、君は部外者だ。魔法生物管理局は機密レベルAの施設だぞ。速やかにここを立ち去りたまえ」
「そんな……! お願いです、みんなに正しい知識を教えておかないと」
「ふん。お前の話を聞きたい職員などどこにもいないさ。おい、守衛! この部外者をつまみ出せ!!」
「な……」
まさかそこまでされるとは思っていなかった。
いかつい装備に身を包んだ2人の守衛が部屋になだれ込んだかと思うと、僕をつまみ上げる。僕もそれなりに鍛えてはいる方だけれど、荒事の専門家たちには敵わない。
「お願いだ、話だけでも! 今は分からなくても、いずれきっと役に立つはずですから!」
「うるせえな。耳元で騒ぐな、馬鹿」
僕を担いでいない方の守衛が、顔面に肘打ちを食らわせてきた。視界がちかちかする。
目の前で行われた暴力行為にも、局長は何も言わなかった。むしろ満足げな笑みを浮かべている。それを見て、僕は直感した。こうして僕を痛めつけるのも、局長の指示のうちなのだろう。
「じゃあな、フィート君。本当にせいせいするよ。ぐちぐちとうるさい君の顔を、もう二度と見なくてすむと思うとな」
そうして僕は、魔法生物管理局をクビになった。
●
「おらあっ!!」
「がっ!!」
地面に叩きつけられて、僕はうめいた。
ここは魔法生物管理局の裏門を出たところだ。管理局に用がある人間以外通らない場所で、今も人の姿は見えない。
……わざわざ正門ではなくこちらに連れてきたということは、そういうことなのだろう。顔を上げると、予想通り守衛2人は楽しそうににやにや笑っていた。
「……なあ、お前よぉ。不法侵入者ってことで良いんだよなぁ?」
「僕は自分の職場にいただけですが」
「元、職場だろうが!! 職員でもないのに勝手に政府の組織に入ったんだ。このままお咎めなしで帰れるとは思ってねえよなぁ!!」
理不尽だ。……これも局長の指示だろうな。まったく、僕のこと嫌いすぎだろ、あの局長。
管理局の中で僕だけがマニュアルに従わなかったことが、そんなに気にくわなかったのだろうか。あるいは局長に解決できなかった問題を僕が何度か解決したのが、プライドを傷つけたのだろうか。
どちらにしても、ずいぶんと子供っぽい復讐をするものだ。
「本来なら牢屋行きだが、俺たちは優しいからなぁ。ちょっと痛めつけるだけで勘弁してやるよ」
「ははは、泣き叫んで感謝しろよぉ? お、らぁっ!!」
倒れ込んだ僕の腹に、蹴りが炸裂する。
「かっ……」
「ははっ! おらおら、おらぁっ!!」
「そうだなぁ。普通なら懲役5年ってとこだから、蹴り500発で許してやるか!」
「靴を舐めたら半分で許してやるぜ? うらうらうらぁっ!!」
「ひっ――」
「はは、見ろよこいつ、めちゃくちゃビビってやがるぜ!!」
屈強な男たち2人がかりで蹴りを入れられる。これも確かに、なかなかの恐怖体験だ。
だが彼らは勘違いしている。僕が恐怖を感じたのは、そんなものに対してではない。
「に、逃げーー逃げてください。今すぐ!!」
「はぁ? 何言ってんだこいつ、なんで俺たちが逃げなきゃいけねえんだよ」
「逃げなきゃいけないのはお前の方だろ。逃がさねえけどな!!」
「聞こえないんですか? ペガサスの鳴き声だ。しかも怒り狂ってる!!」
「ははっ、なんだこいつ。幻聴でも聞こえ、て……」
「……えっ」
今度は彼らにも聞こえたらしい。甲高くもどこか神々しい、空駆ける天馬の声が。
そしてその声は明らかに、強烈な怒気を纏っていた。
突然あたりが暗くなる。
頭上に現われたペガサスが、影を落としたのだ。
「は、え? なんでこんなとこにペガサスが……」
「だ、大丈夫だろ。ほらあれ、天馬部隊の記章を付けてる。だったらちゃんとしつけされてるはず……」
「バカ、逃げろって言ってるだろ!! 本当に死ぬぞ!!」
ペガサスは基本的には温厚な生物だ。なかなか人間に懐くようなこともないが、反対に人間を襲うことも滅多にない。
だが、怒ったペガサスは例外だ。その凶暴さはドラゴンですら逃げ出すと称されるほど。振り下ろすヒヅメは強い魔力を纏っており、金属製の鎧も簡単に引き裂いてしまう。
ペガサスがこちらに急降下してくる。その怒りに満ちた目を見てようやく危機感を覚えたのだろうか。2人の守衛は大慌てで逃げ出した。
「うわあああああっ!! くそ、なんだってんだ!! なんで俺たちがこんな目に!!」
「そいつそいつ!! そこで倒れてる奴を食べてくれ!! 俺たちは美味くねえ!!」
……ペガサスは草食だよ、まったく。
地面に降り立ったペガサスが、唸りながらこちらを振り返る。
狂気に近いほどの怒りが、こちらまで伝わってくる。僕はペガサスと顔を合わせたままゆっくりと起き上がった。
そして僕はペガサスに近付きーー
「ありがとう、スノウウイング。助けてくれたんだな」
ペガサスの頭をわしわしと撫でた。
『きゅうぅ~ん』
「はは、久しぶりだな。元気だったか?」
『きゅおぉ~ん』
ペガサスは普通、こんな風には頭を撫でさせない。もっと丁寧に、毛の流れにそってゆっくりと撫でてあげなくてはならないのだ。
だがスノウウイングは、こうしてわしわしと毛を乱すように撫でられるのが好きだった。厩舎では通常通りの丁寧な撫で方をしてほしがるが、他のペガサスに見られていないところだとこうしてわしわしと撫でられたがる。甘えん坊で可愛いペガサスなのだ。
「久しぶりだな、フィート。ずいぶんと酷い目に遭っていたようだ」
「隊長。お元気でしたか?」
「私はもう君の隊長ではない。だがありがとう、体調に問題はない」
スノウウイングの背中からひらりと降り立ったのは、金色の髪と透き通るように青い目が印象的なきりりとした美人だった。
王立天馬部隊隊長、クレール・ブライト。僕の元上司だ。
「あの2人の顔は覚えた。あとで人事局に報告しておこう」
「別にそこまでしていただくことはないですよ。すぐに助けていただいたおかげで、大きなケガもしてませんから」
「そうはいかない。君を傷付けられて怒っているのは、スノウウイングだけではないのだよ」
そう言われるとまあ、強いてあの2人を庇う理由もなかった。局長の指示だったとはいえ、明らかにあの2人も楽しんで僕を痛めつけていたみたいだし。
「……それにしても、本当に助かりました。偶然隊長が通りかかってくれなかったら、この程度の傷じゃすまなかったでしょうね」
「私はもう君の隊長ではない。そして、私がここに来たのは偶然ではない」
「え?」
「君が魔法生物管理局をやめることになったと聞いて飛んできたのだ」
「確かに飛んできてはいましたが……」
「そういう意味ではない。急いで来たということだ」
相変わらず冗談は通じない人だった。
「魔法生物管理局をやめたのなら、天馬部隊に戻ってこないか?」
「えっ」
「3年前、君が魔法生物管理局で働きたいと言うから、私は異動の嘆願に協力した。だが本音では君を手放したくないと思っていたよ。そして今、君は管理局をやめることになった。君が天馬部隊で働くことを妨げるものは、何もないはずだ」
クレール隊長は真っ直ぐにこちらを見つめてくる。それはとても魅力的な誘いだった。
「なあフィート。もう一度私を、君の隊長にしてくれないだろうか」
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