すれ違うもの③

 予定をひとつズラして会えなくなって、ハルが撤退したのだろうと考えてから、駅で待ち伏せすることはやめた。

 チキュウは広い。俺はニホンにしか来たことがないが、外国という国がいくつもあるようだ。そして、その行き来は時間やお金がかかるとはいえ、誰でも可能なものらしい。犯罪者などでなければ。

 俺たちの住むアグニスにも、さまざまな地域があるが、あまりに遠い場所は未踏の地だ。行くべき手段がない。限りある手段は限りある立場のものでなければ、行使することすら叶わない。そういったものだ。

 そんなアグニスですら、人を探すのは多大な苦労がある。それを考えれば、チキュウで行う人探しなど、無謀なことであることは明白だった。

 だからこそ、諦めるのは簡単だ。

 そもそも、俺は割り切ることには慣れている。任務上、そうしてばかりいる日々だ。ハルのことにも、それを適用してしまえばいい。大体、スパイの技術を与えているための関係だった。任務と同じようにするのは、間違っていない。そう何度も思う。

 そうして、まったく連絡の取れなくなった自分を慰めていた。慰めだと理解しているのだから、始末に負えない。

 ハルのことを意識していることは、動かしようのないことだと認めていた。かけがえのない友人を失ったのだ、と。

 我ながらムズムズして落ち着かない。まるで経験したことのないこそばゆさが、毒のように全身を回る。これに伏してしまったら、俺はスパイとしての能力を失うのではないか。それほどまでに、人との関わりを考えさせられていた。

 俺は今まで、そんなことを気にしたことなどない。

 任務中に知り合ってきた人々は、あくまでも任務上の相手でしかなかった。長い潜入調査であっても、同情をしたこともなければ、友情を感じたこともない。情など、不必要なことに気持ちを割くつもりすらなかった。

 スパイとして知り合ったわけでもない近所の住人ですら、距離を測っている。ハルのように、無防備に近付いたものはいなかったのだ。

 もちろん、スパイの先駆者として、その不足ぶりが不安になったというきっかけはあった。しかし、それすらも、俺にとっては特例だ。

 チキュウでなければ、起こりえなかった出会いは、今まで存在しなかった関係性を結んでしまった。それを失ったのだ。この感情をどう取り扱ったらいいのか。想像したことすらない感情には、ほとほと参っていた。

 おかげで、いつまでも益体もなく苦慮してしまっている。鬱陶しいとすら思うほどの感情に振り回されていた。

 あえて待ち伏せるために駅に向かうことはしなくなったが、元々利用していた駅だ。変わりなく利用している。これもハルを思い出させ、自分の感情を振り回す原因になっているのかもしれない。

 待ち合わせした構内を一人で歩く。一人歩きなんて慣れ親しんでいたというのに、違和感が拭えない。

 そんな中を


「あの」


 と声をかけられて、ビックリした。

 やはり、チキュウでは気を緩めているようだ。こんなことで後れを取るとは、と反省をしながらも声をかけてきた少女を見やる。その制服はハルと同じ学園のものだった。


「時々、ハルと会ってた人ですよね」


 どうやら、ハルの知り合いであるらしい。……友人だろうか。


「……ああ」


 ハルがどこまで俺のことを話しているのか分からない。アグニスであれば、その辺りまで予断なく調べるが、チキュウでの休暇にそのような手間はかけていなかった。

 目の前の少女は、そっと息を吐き出して笑う。何を考えて声をかけてきているのか分からずに、俺は僅かに眉を顰めた。


「あ、ごめんなさい!」


 すぐさま謝罪が飛び出したところを見ると、悪い子ではないようだ。察しもよさそうで、それはハルの友達らしいと自然に思った。


「ハルが会ってるのを見たことがあったので、今日もハルとの待ち合わせなのかと思って」

「いや、今日は違う。ハルは休みか?」


 彼女が友人であるならば、ハルの状態を知っているだろう。探りのつもりはなかったが、習い癖のように問いを投げかけていた。


「今は夏休みですし、ハルは部活もしてないから、家じゃないですか?」

「……そうか」


 ナツヤスミの具体的な内容は分からない。だが、その響きと休みというものから、想像を働かせることはできる。

 しかし、相槌が曖昧なものであると、彼女には通じてしまったようだ。ハルの勘が冴え渡っていたと感じていたが、どうやらチキュウ人の特徴であったらしい。

 ハル以外のチキュウ人と交流を図ったことなどなかったものだから、比較対象もなかった。今になって、そんなことを知る。


「そういえば、異世界の方なんですよね。夏休みは一ヶ月くらいの長いお休みです。ハルも休んでいると思いますよ」

「なるほど」


 俺の納得に、目の前の彼女はほっとしたようだ。

 情報が正しく伝わったことに、俺が納得したと思ったのだろう。しかし、俺が納得したのはそこではない。

 長い休みの間に、姿を消す。それはとても効率的だ。

 一ヶ月程度で存在を忘れられやしないだろうが、やむにやまれる事情が発生したとしても不具合はない時間だろう。そして、そのために居場所を移動した。何も不手際はない。実に華麗な身の振り方だ。


「えっと、ハルと会ってないんですか?」

「ああ、ちょっと。連絡が取れてなくて」

「……私から、伝えられることがあれば伝えますけど」

「いや。問題はない」


 親切心であるのだろう。それはありがたい申し出であった。しかし、そこに食いつけるほど、俺は迂闊ではいられない。

 それに、何をどう伝えるべきか。そのことを考えてしまったら、否定が飛び出していた。


「そうですか。急に話しかけてすみませんでした」

「気にしてない。たとえ知り合いと知っていても男に話しかけるのはよほど緊張するものだろう。声をかけてくれてありがとう」

「あ、いえ、そんな」


 呆然とした様子で首をふるふると振られる。一体何にそれだけの衝撃を受けているのか。もしや、チキュウの学生というものは、異性とのやり取りに免疫がないものが多いのだろうか。

 ハルも初心な態度を見せていたが、友人である彼女も俺のなんてことのない台詞に感銘を受けているようだった。

 このくらいの気遣いは、して当然だろうに。


「それじゃあ、気をつけて」

「あ、はい。失礼します」


 ぺこりと頭を下げて去って行く。礼儀正しく、良い子だ。そう思うのは、ハルの友人と分かっているからだろうか。

 人に抱く印象が様変わりしてしまったようで、面妖な心地がした。

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