第三章

遂行するもの①

 ハルとは、カラオケで奮起したっきり会えていない。それというのも、長期のスパイ任務が入ったからだ。

 俺は今、ユーニテェッドの隣の市、カルモビスに来ている。

 カルモビスには、ユーニテェッドへの反乱分子が集まっているらしい。その情報を手に入れたユーニテェッドの上層部より、こちらに依頼が回ってきた。恐らく、今回投入されているのは俺だけではないのだろう。こういった場合、複数人から情報を得るのが常套手段だ。

 そして、今回は三十日ほどの期間が設けられていた。その間、集められる限りの情報を収集し、反乱が敢行されそうになった場合にはすぐさま帰還すること。任務内容としては、それほど厳しいものではない。

 反乱分子の一人として集まったように見せかけ、情報を集めればいいだけだ。潜入する難易度は低い。俺は宿屋を予約して、そこをねぐらとした。酒屋や街の裏側へと顔を出して、情報を収集する。後は、穏やかな生活を続けるだけだ。

 そうして、密かに退却する。自分を集団に溶け込ませることには慣れていた。いくらか気軽な気持ちで、宿屋を中心にした生活を送っている。

 こちらに来て一週間が経つが、今のところ反乱分子が今すぐ動くという情報は入っていない。

 どうやら、まだまだ集まろうというところのようだ。首謀者は三人。その三人は、この土地の市民らしい。屋敷を基地として、お茶会やパーティーを繰り返すことで、民を集めていると聞く。

 その中心部に潜入するには、ツテが必要だ。それを手に入れることを第一の目標に据えて動いた。段階的に目標を定め、達成していく。それが俺のやり方だった。

 ハルを段階的に導いたのと同じ手法である。意図していたわけではない。結果的に、自分のやり方を当てはめただけだ。しかし、効果があったので、悪くなかっただろう。

 ハルとは、相変わらずあまり連絡を取っていない。ハルは、消耗品である魔道具を使うことをずっと遠慮している。あちらからはまったくないので、こちらから具合を尋ねていた。

 どうやら、ハルは湊人と日々を過ごしているらしい。遊びに出かけることもあれば、一緒に勉強をすることもあると言う。そして、時々ではあるが、二人きりになることも増えたらしい。

 魔道具でできるのは、文字の交換だけだ。ハルの表情が見えるわけではない。しかし、満面の笑みを浮かべているのが分かる。それほど弾んだような文字列が返ってきていた。

 特にアドバイスはしていないし、求められていない。堕とすまでは、もう少しであろう。俺が心配することはあまりない。だが、気になることではある。

 任務中に他人のことを気にするのは、いい傾向とは言えない。魔道具を使う連絡手段についても、頻発するのもよろしくはないだろう。任務中に、魔道具を無駄に消費するわけにはいかない。

 今後、この任務で魔道具を使うことがないとは言いきれない。そう危険な手段を取るつもりはないが、災難は起こりえる。スパイの任務は常に生死と隣り合わせだ。

 ……チキュウのスパイは違うのだろう。こちらの殺伐とした裏世界っぷりを思うと、ハルの任務の進行具合は微笑ましいものだ。

 いっそ、ただの恋愛を応援しているのと変わらない。当人は本気なのだろうから、茶化すつもりも馬鹿にするつもりもないが。どうしても、微笑ましさを抱いてしまうのは仕方がなかった。ハルが世慣れてないのが原因だろう。

 ハルはハニトラをするのに向いていない。愛嬌があるのは別にして、性的なことへの耐久性がなさ過ぎる。

 いや、俺が相手であるから、距離を測ったのかもしれない。しれないが、それにしても、である。

 ハルの能力として、顔色を取り繕うことはできないはずだ。真っ赤に染まっていくものは偽りではない。

 呼吸を制御すれば、顔色を変えることも不可能ではなかった。冷静でなければそう実行に移せることではないが、やろうと思えばできるものだ。

 ハルは違う。純情無垢な反応だ。そして、それがハルの魅力になっている。そうだ。きちんと魅力を持っている。ゆえに、不安になるというなかなか奇っ怪な存在だ。

 ここまで進んだ以上、後はなるようになるしかない。そして、現在遠い場所にいる俺にできることは、心の中で応援することだけだった。

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