第10話 メーエル航空戦

 「ネマン川を放棄するとは敵ながらあっぱれとしか言いようがないな」


 クルーゲは誤算はあれど順調と言える戦況に満足そうに笑った。

 当初、敵軍をネマン川の防衛線に集結させてから一気に制空権を奪取し地上部隊との連携をもって殲滅することを狙いとしていたが、土壇場でリーフラント軍部首脳陣が下した撤退の判断により目論見は破れていた。


 「やはり時代は電撃戦なのだな」


 キュヒラーはネマン西河畔の街に置かれた仮設司令部のベランダから空を見上げた。

 鉄十字のラウンデルの描かれた機体が東へと向かって飛行して行く光景を満足そうに見つめた。


 「主戦線は順調そのもの……か」


 だがクルーゲは違った。

 彼は机に広げられた地図の主戦線を示す赤いラインではなく、もう一方の青いラインを指でなぞって物思いに耽っていた。

 

 「どの道、主攻勢が上手く行けばすぐにでも友軍は解放できるのではないか?」


 目の前の光景に友軍の勝利を確信したキュヒラーが気を良くしてそう言うと、


 「だといいのだがな……」


 と、クルーゲは返した。

 だがキュヒラーのそれはあまりにも楽観的な考えであった。

 電撃戦理論に基づく攻勢計画による秩序だった戦闘が展開されている主戦線と比べ、助攻勢の行われているメーエルはその様相はまったく違った。

 帝国がこれまで一度も実施した経験のない強襲揚陸作戦、そして揚陸して支配した地域の確保と保持。

 帝国にとって前代未聞ともいえるそれは、電撃戦理論の適応範囲外なのだ。


 ◆❖◇◇❖◆


 「くっそ、制空権の一時的な確保すらままならんとは!!」


 メーエル周辺における制空権確保を目的として投入された軽空母『ライン』の戦闘機隊は劣勢を強いられていた。

 甲板に露天繋止された機体を合わせても運用機数は4個飛行小隊12機に満たず、離陸距離の短い空母艦載機仕様のBF109Tは機体数が少なく補充もなかった。


 「3 番機、敵2機に取り付かれているぞ!!」

 

 曇天の空の下、繰り広げられる空中戦は熾烈を極めていた。

 帝国軍機は口径7.92mmのMG17機関砲を両翼に煌めかせ、対するリーフラント軍機はプロペラ同調式12.7mm Breda SAFAT機関銃を機首から放つ。

 

 「速度差を活かして戦え!!」


 と、『ライン』戦闘機隊が一撃離脱を図ろうとすれば、


 「旋回戦に持ち込め!!」


 リーフラント軍機は、誘いをかけて運動戦に持ち込む。

 複葉機であるCR.32は速度で劣る反面、旋回性能においては帝国軍機を圧倒していた。

 帝国軍機が後ろをとれば、持ち前の旋回性能を活かして射線の外へと離脱し、通り過ぎていく帝国軍機の後ろをとり逆にSAFAT機関銃を叩き込むのだった。

 次第に数でやや勝るリーフラント側が優勢となり、帝国軍機は海上へと逃れ始めた。


 「深追いはするな。我々は海軍機では無いのだからな」


 陸軍機は海軍機と違い、海に墜落すれば浮いてはいられないのだ。

 今は一機でも戦闘できる機体を多く残すことがリーフラント空軍に求められていることだった。

 ゆえに、一時的に制空権を確保しただけでも良しとするというのが現場指揮官の判断だった。

 何しろそれが彼らの役割であり、彼らの作戦は次の段階へと移行するのだから。


 「よし、戦場の主役は交代だな!!第4飛行大隊各機、帰投するぞ!!」


 彼らの後方には、戦闘機と同じくエルトリア製のBa.65(K.14)Lが、爆弾倉に目一杯の爆弾を抱えて待機していたのだった。

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