第七話 遠すぎた橋③

 「それは本当かね……?」


 渋面を浮かべたレングヴェニス少将は、渡された気象資料を何度も見返した。


 「間違いありません。週明けには雪が止むかと……」


 気象部の提出したそれをレングヴェニスは床に叩きつけた。


 「クソがっ!!」


 感情よりも先に思考が働くレングヴェニスにしては珍しく感情が立っていた。

 が、それもそのはずだった。

 気象の好転が齎す効果は、即ちリーフラント側にとっては絶望なのだから。


 「これでは制空権が劣勢になってしまう……!!」


 今のところ、天気という自然の力を借りてリーフラント軍はクイーン・ルイーゼ橋の防衛戦を善戦していた。

 だがそれは悪天候により敵砲兵が遊兵化していることが原因だった。

 ところが天候が良くなってしまえば帝国軍は観測機を飛ばしてリーフラント砲兵の射点を炙り出し正確な砲撃を加えてくることは間違いなく、下手をすれば航空攻撃による砲兵の無力化が行われる可能性さえもあるわけで、とまぁこれがレングヴェニスを渋面たらしめる理由だった。


 「冷静なる判断と早急なる対策が必要か……」


 性急な判断と行動はするまい、と自身に言い聞かせたレングヴェニスは参謀将校に緊急招集をかけ、方針の策定を図るのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「管制応答願う!!管制応答願う!!」


 夜半に打ち上げられた照明弾、その意図は明白だった。

 絶えず戦場を照らすように放たれるそれの下、敵の魔導騎兵が川を渡河していた。


 『こちらカウナス管制区コントロール

 

 やや遅れての応答に当直部隊の指揮官は藁にもすがる思いで叫んだ。


 「クイーンルイーゼ一帯の夜間哨戒任務を請け負っている第103魔導騎兵大隊だ!!て、敵の魔導騎兵が大挙して渡河をしている!!至急応援求む!!」

 『司令部で検討し、対応を協議する。それまで食い止められたし』


 敵はすぐそこ即効性のある返答を期待した指揮官は、怒りに肩を震わせた。


 「状況をわかった上で言っているのか!?今すぐ増援が来なければ俺たちは……ッ!!」

 『すまないが一介の管制官には判断しかねる』

   

 指揮官の男は無言でヘッドセットの周波数を変えた。

 それがその男の最後の管制とのコンタクトだった―――――。


 ◆❖◇◇❖◆


 アルジスの隣、煙草を咥えていたクニッツの頬を眩い光が照らした。


 「……あれは何かしら……?」


 河畔から東に数キロ離れた地点を幕営地としていた第701特務魔導騎兵大隊の指揮官と副官の二人は、急激に明るくなった夜空に、すぐさま非常事態と判断を下した。


 「信号弾……いや、……にしては単色だし数も多い。おそらく照明弾だな」


 アルジスはそう結論づけた。

 

 「非常呼集をかけようかしら?」

 「頼む、全員叩き起こせ」

 

 そんな二人のやり取りから数分後、クニッツに起こされた全員が装備を纏い中隊ごとに整列した。

 

 「総員傾注!!」


 クニッツの凛とした声に、「なんだ」「どうした」などと言葉を交わしていた隊員たちは黙った。


 「寝ていたところ悪いが、来客らしい」


 言わずもがな、音でわかるだろう?とアルジスはネマン川の方を見つめた。

 真昼のように照らされた空の下、飛び交う火箭かせんかすかに見えた。


 「軍管区からも管制からも連絡はないが、さりとて無視するわけには行かない。おそらくあれは帝国軍魔導騎兵部隊による強襲だ。味方の当直部隊との戦闘になっていると思われるが数的劣勢は明白、ゆえに我々は、友軍の援護に向かう。過酷な戦いになるとは思うが、簡単に死んでくれるなよ!!」

 「「「はっ!!」」」


 指揮官たるアルジスの訓示に全員が軍靴を鳴らし敬礼で応じたのだった。

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