第六話 黙認と干渉と
「イデオロギーの緩衝地帯は機能不全か……新興の列強と共産主義者に挟まれるとは不憫だ」
まるで他人事のようにイングレス連合王国首相であるエヴィル・ツェンバレンは、陸軍大臣ヴィンストン・カーナーヴォンに言った。
「ですが援助は継続するのでしょう?」
「私は実業家上がりだから損得勘定で政治を考えがちだ。だが我々が紳士である限り、同盟国は見捨てるわけにもいくまい?」
次期首相の候補ともくされているカーナーヴォンは軍人上がりであり、戦争の足音がすぐそこまで迫っているこの情勢の中で、カーナーヴォンに対してツェンバレンは負い目を感じていた。
「おっしゃる通りかと。リーフラントが落ちれば次はヴァロワ自由共和国が、その次は我ら連合王国が狙われるでしょう。その観点から、帝国に消耗を強いるためにはリーフラントへの援助は不可欠です」
理路整然、そう諭されてしまえばツェンバレンとて同意をせざるを得ない。
「君は反対派だったね?」
今や首脳部の大半は反共主義者の集まりであり、彼らはみな親帝派だった。
ゆえに自由共和国と連合王国は、足並みを揃えて、帝国の軍備拡張を黙認し帝国に対して宥和政策を進めていた。
しかしその実情は、世界恐慌の傷が癒えぬまま純経済的に不利なブロック経済を維持し続けたことによる経済破綻を危惧してのものであり、強硬政策を取りたくても取れなかったのだ。
「えぇ、帝国の軍備拡張、更にはラインラント進駐を座視したのは極めて危険と判断しています。もっとも宥和政策により開戦までの時間を引き伸ばしできている、と考えるのなら話は別ですが?」
軍隊というのは国家を守る組織でありながら、非生産性を極めた組織でもある。
ゆえに財政難に揺れる今、表立っての軍備拡張を出来ないことはカーナーヴォンも承知のことだった。
「君は随分と歯に衣着せぬ物言いをするのだね」
「国民のためを思えばこそです。危険だと思えば諌言しますし、戦争が始まれば前線にも出ましょう」
カーナーヴォンは軽騎兵師団出身であり勇猛果敢さもあった。
つくづく文官上がりの自分が、矮小に見えてしまうよとツェンバレンは溜息をついた。
「君の心意気はよく分かった……。リーフラントからの電報への返答は、『兵器の供与、義勇軍派兵は惜しまない』でいいかね?」
それを理由に宣戦される可能性のある危ない橋だとしても、辿る未来が同じであるならばその時までに可能な限り帝国に出血を強いる。
それがツェンバレンが同盟国に示せる最大限の誠意だった。
「兵器局が大いに喜びましょう。実戦投入で得られるものは大きいですからね」
カーナーヴォンは皮肉まじりに答えると官邸内の談話室を後にした。
ツェンバレンはその背中を見送ると、窓から街並みを見つめた。
雨のダウニング街は政治の中枢でありながら、篠突く雨のせいで人通りは疎らだ。
「君は前線に立つ覚悟があると言ったな……、君がそう言うのなら、私は悪魔に魂を売る覚悟がある……ッ」
誰も聞く者のいない
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