遠すぎた橋②


  「後ろはとったぞ!!」


 帝国魔導騎兵はアルジスの背中を追いかける者たちと第701特務魔導騎兵部隊を相手取る者達とにわかれた。

 防御隔壁に当たった敵弾が甲高いを音を立てて弾けていく。

 後どれだけ続くのかと思うと頭が痛かったが、そんなことを考える必要はなかった。

 数分の後、


 『後ろをとったのは貴方たちだけでなくてよ?』


 見事にクニッツ率いる第1中隊の面々が追手の後方に位置取ることに成功していた。

 後ろから響く乾いた銃声に入り混じるは敵の断末魔の声、そして困惑の声だった。

 

 「ぐおっ……ッ!!」

 「後ろだとッ!?」

 「クソっ、被弾したっ!!」


 追手の足並みが乱れたことにアルジスはホッと一息ついた。 

 だがこれは敵の側から攻撃の機会を与えてくれているようなものだと判断、その好機を逃がすアルジスでは無かった。

 ブレーキペダルを踏み込むと共に操縦桿を手前に起こし、今度はアクセルペダルを踏み込む。

 すると機体は、宙に浮かび上がった。

 さらにアルジスは操縦桿を左右に振って、その場で機体を捻ってみせた。

  逆さまだった機体を起こし、方向を180度変えてみせたのだった。

 熟達した乗り手でしか成しえない急速回頭クイックターン―――――三秒にも満たないその動作に追手は呆気に取られた。


 「ぜ、前方の敵、反転してきますッ!!」

 「ええいっ、手隙の者が迎撃にあたれ!!」


 攻守逆転―――――部隊長の命令すらも置き去りにする速度でアルジスは彼らの横を通り抜けた。

 鈍い手応えと共に飛び散る鮮血は、冬の大気に切り裂かれた。


 『有軍誤射を恐れて、かしら?』

 『そう思考するくらいには余裕があった』


 アルジスの銃剣にはべっとりと血糊が付着していた。

 アルジスがどの敵を屠ったのかを即座に理解したクニッツは、微笑むと命令を下す。


 『第一中隊、掃討戦に移行しなさいな』


 指揮官騎を失った追手は統制を失い、薄氷に覆われた大河の上は狩り場と化した。


 ◆❖◇◇❖◆


 「半日で突破できると豪語してたのは、何だったのかね!?」


 主攻勢にあたる北方軍集団を形成する第3軍の司令部は物々しい雰囲気に包まれていた。

 軍司令官のキュヒラー大将は、激しい剣幕で第5、第6戦車連隊からなる第3装甲師団を束ねるゼッケンドルフ少将をこき下ろした。


 「391両あった戦車は既に二割を喪失しました。これら砲兵による支援がないためだと記憶していますが?」


 憮然とした態度でキュヒラーの言葉を受け止めると、ゼッケンドルフは反撃した。

 キュヒラーは砲兵屋であり、砲兵の無能をなじるということは即ち、キュヒラーを無能だと指摘するのと同義だった。


 「弾着観測ができない上に敵の射点はブッシュの中。これでは撃てるわけが無いわ!!」


 キュヒラーは忌々しげに低く雲の垂れ込めた空を睨む。

 見渡す限りどこまでも広がる乱層雲。

 おまけに降りしきる視界は視界は悪い。


 「ならば私も言わせていただきましょう。砲兵の援護なしでは、敵を蹴散らすどころか橋を渡ることもままならないと」


 ゼッケンドルフは本当を言えば、砲兵屋の怠惰だと言いたかった。

 なぜなら、日頃からの防衛訓練によりリーフラント軍砲兵は、即座に橋梁に照準を合わせてみせた。

 ところが帝国軍砲兵部隊は、観測機が飛べないことから完全に遊兵と化していた。

 クイーンルイーゼ橋を突破してのリーフラント侵攻の作戦案はかねてより内々で噂になっていたにも関わらず、何ひとつとして戦闘を想定していなかった砲兵共を無能と言わずして何と言うのか。

 ゼッケンドルフは先が思いやられるとばかりに重たいため息をついたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る