暗澹冥濛

第五話 遠すぎた橋①

 森と湖の国―――――そう言えば聞こえはいいが、翻ってそれは遮蔽、要害となる山地が少ないということである。

 そして今、その美しき国は怒号と硝煙の国へと様変わりしていた。

 殷々たる砲声が辺り一面に轟き、視界は降りしきる雪に覆われている。


 『各員、散開!!妨害に出てきた敵を迎え撃て!!』


 ネマン川を跨ぐクイーンルイーゼ橋一帯にアルジス率いる第701特務魔導騎兵大隊は投入されていた。

 帝国領と公国領とを結ぶ唯一の橋であるクイーンルイーゼ橋に両軍の部隊は集結していた。

 橋を落としてしまえば、敵に侵攻ルートの選択権を与えてしまうという参謀本部の見解は極めて正確であり、敢えて橋を落とさないことで敵の部隊を一箇所に集結させることに成功していた。

 

 「チィッ、対応が早いっ!!相手をしてやれ」


 帝国軍魔導騎兵は、橋を守るリーフラント軍の後方支援にあたる砲兵陣地を奇襲するべくやや上流から渡河していた。

 もちろん魔導師が魔導装騎を操る際に生じる魔力反応が観測班の目に留まらないはずがなく、すぐさま前線部隊に情報共有がなされていた。

 

 『回避機動を徹底しろ、パターン化はするなよ!!』


 入念に訓練を積み対魔導の実戦経験を得た第701特務魔導騎兵大隊と、凡愚の魔導騎兵とでは質が違った。

 同じ帝国軍魔導騎兵部隊と言えど、助攻に投入された第502親衛魔導騎兵大隊(通称ブルグント騎士団、ブルグント騎兵大隊)とでは質が違うのだ。


 「食い破られているだと!?」

 「歯が立たないッ!!」


 魔導銃レオン・ナガンM1891/30を撃ちかけながら機動防御戦を展開するアルジスたちを前に大隊規模の帝国魔導騎兵部隊は押し戻されていた。

 さながら水上バイクのように川面を駆ける魔導騎兵部隊同士の戦闘は両軍将兵の目を引いく。


 「やっちまえっ!!」

 「押されてんじゃねぇよ!!この腑抜けが!!」


 喧喧囂囂けんけんごうごう、両軍の将兵は互いに戦闘中であることを忘れて、川面での戦闘の趨勢を見つめた。


 「後ろを取られるな!!回避機動をとれ!!」

 『後ろを取れ、回避機動を予測して弾を撃て!!』


 時速100km/h以上の速さで繰り広げられる戦闘はさながら乱戦の模様となっていた。

 迎撃側であるアルジス達の方が損害は少なく数的優勢となっていた。


 「このままではジリ貧だっ!!」


 刻一刻と部下が撃破判定となっていく中で、帝国魔導騎兵部隊の指揮官は焦りを募らせていた。

 そしてある判断を下すに至った。

 それは劣勢になりつつある状況を立て直す劇薬。


 「隊長機を狙い撃て!!」


 隊長機というのは無論、アルジス機のことであり指揮権の継承に関しての体制は整っているとはいえ、指揮官を失えば部隊は動揺せずにはいられない。

 

 『少佐、敵の動きが変わったと思うのだけれど?』


 クニッツは異変を機敏に察知し、すぐさまアルジスへと伝えた。

 ヘッドセット越しの声によって伝えられたそれは既にアルジスも気付いており、


 『クニッツに第一中隊の指揮権を一時的に移譲する。俺が敵を纏めて引きつけるから、その後背を突け』


 敵の行動を逆手にとる一手を打った。


 『大胆な人は好きよ。なぜなら面白いから。第一中隊、私に続きなさい!!』

 

 次席指揮官たるクニッツが戦闘のさなかにも関わらず手早く1個中隊を纏めると、一時的にその場を離脱した。


 「防御隔壁、最大出力!!防御隔壁の耐久試験にはもってこいだな」


 アルジスは自嘲気味にそう呟くと川面をリーフラント=プシェミスル=帝国の三国国境方向(クイーンルイーゼ橋から見て南)へとエンジン出力を増速させた―――――。

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