第弐話 責任と雪辱と

 『物憂げな横顔ね』


 隣を駆けるメルクーリヤ・クニッツの声がヘッドセット越しに響いた。


 「なに、遠い昔の記憶を思い出していただけだ」

 『何か忘れてたことでも思い出せたかしら?』

 「自分が何をなすべきなのかを再確認したさ」


 まるで戦闘前とは思えぬ心の持ちようだと、気付かせてくれたクニッツにアルジスは内心、感謝しながら回線を部隊の全体回線へと切り替えた。


 『接敵まで残り300メートルだ!!防御隔壁を最大出力にしろ!!』


 防御隔壁とは搭乗員と機体とを守る唯一の壁であり、リーフラントの魔導騎兵部隊で採用されているLandsverk-mod04型魔導装騎は、特に防御隔壁による防御性能に優れる機体であり魔力変換効率が極めて高かった。


 「撃ち方始めぇッ!!」


 こちらの接近に気付き、迎撃態勢を整えつつあった帝国軍部隊から夥しい数の火箭かせんが伸びてきた。


 「一兵たりとも通すな!!」


 友軍の侵攻の障害となりうる敵魔導騎兵部隊の足を止めるべく、帝国兵は懸命に引鉄を引いた。

 だが―――――


 「そんなんじゃ止められないわよ?」


 クニッツが標準装備の魔導ライフル銃レオン・ナガンM1891/30の引鉄をお返しとばかりに引けば、撃ち出された魔弾が手近な装甲偵察車を貫いた。

 操縦手、銃手に風穴を穿ち後方まで飛んでいった。

 その光景に帝国兵たちは唖然としたが、さりとて引鉄を引く手を休めることはない。

 そして彼らは、魔導騎兵に跳ねられ蹂躙されていった。

 ホバーバイクのような機体の先端が、帝国兵の腹部にめり込み意識を刈り取る。


 『目標はあくまでも装甲車両だ。だが、歩兵も極力殺せ!!』


 アルジスは初めて出した『殺せ』という命令に嫌悪感を抱きつつも、もう戻れないことなどとうに知っていた。

 その上で―――――


 『お前たちの責任には非ず、これは上からの命令だ』


 気に病むな、お前たちが悪いんじゃないと言った。

 蹂躙という言葉が似つかわしい惨劇は今しばらく続く。

 ここで敵を撃ち漏らせば、いづれ自分たちに驚異となって降りかかるのだから手心を加える余地などありはしないのだ。


 ◆❖◇◇❖◆



 帝国軍の通信回線のは、前線が混乱の極みにあることを如実に物語っていた。

 そして帝国軍の今作戦司令部は、戦局の安定を図るべく新たな部隊を投じることとした。


 「前線からの緊急通信メーデーに呼ばれて来てみれば、なるほど敵にも頭の切れる人間はいるということか」

 

 黒を基調とした魔導装騎に軍服、戦場においてまるで自身の存在を強調するかのような出で立ちの部隊がメーエル南東に展開していた。

 装備する魔導装騎の型式は『Sd.Kfz.Kavallerie07』、大陸最強の呼び声高い機体だった。

 彼らの前方に広がる光景は、事態の趨勢が未だ明瞭ではないと感じされるには十分なものだった。


 「リーフラントも容易くは諦めないということでしょうか?」


 部下の問いに部隊を率いるフリードリヒ・フォン・ヴァーレンローデはニヤリと笑った。


 「十中八九、勝負はついてるだろうよ。残ってるのは諦めの悪い敵だけだ」

 

 部下にそう返したヴァーレンローデは、通信のチャンネルを部隊全員の接続するチャンネルに合わせると毅然として言った。


 「お前たち、五百年の雪辱を果たすときが来たのだ!!タンネンベルクの借りを返すのは今をおいて他にない!!帝国最精鋭たるは我らがブルグント騎士団、かかれぇっ!!」


 かつての歴史においてリーフラントに大敗北を喫した帝国騎士の末裔が今、再び立ちはだかろうとしていた―――――。



 †解説†


 この世界におけるタンネンベルクの戦い


 ・リーフラント大公国とその西の隣国プシェミスル王国の連合軍と帝国との間に生起した中世における大陸最大規模の戦闘。

 結果は帝国側の完敗に終わり、帝国騎士団は事実上の解体を余儀なくされた。

 

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