第一話 少年と反乱
遡ること十五年前―――――
リーフラントの東端に位置するプルーセン帝国の飛び地であるメーエルの地は不思議な均衡状態を保っていた。
帝国人、即ちスエビ人とリーフラント人とが共存しており、わだかまりのある両民族の歴史とは関わりなく良好な関係を気付いていた。
「リーデおばさんのパン屋さんに行って来てくれない?」
母親からお遣いを頼まれた少年の名はアルジス・シャロン。
七歳を迎えた彼は、先天的なものなのか後天的なものかしっかりとした知性が備わっており、初頭学校でも成績は優秀だった。
それゆえに自身の将来を夢想していた少年はしかしこの日、その将来設計から大きく道を道を逸れることになるのだった。
家を出て駆け足で目的の店に向かった彼の足は、店の見える曲がり角まで来たところで止まってしまったのだ。
「なにあれ……」
少年の目に映った光景は、幼い彼にとってはあまりにも刺激的だった。
「汚ねぇスエビ共がよォ!!死ねやァァ!!」
パン屋を営むリーデは、武装した男たちの持つナイフで執拗に刺されていた。
少年の喉から「おばさんに何をするんだ!!」という声が出かかったが聡いゆえに、ここで声を上げれば自分も同じ目に合うのだということを悟ってしまった。
そして少年は、元来た方へと踵を返した。
目の前で人が惨殺される光景に吐きそうになる喉元を抑えて、家へと戻ろうとした少年を更なる悲劇が襲った。
乱雑に開け放たれた玄関、家の中から聞こえる悲鳴じみた母親の声。
脳裏にフラッシュバックする先程の惨劇。
少年は考えることをやめて家の中へと駆け込んだ。
そしてダイニングルームに入る手前に無造作に置かれていた銃が目に映った。
「お願いだからやめて!!」
「ヒヒッ、そう拒絶すんなよ。俺も傷ついちゃうぜぇ?」
ダイニングルームから聞こえる下卑た声に少年は、迷わなかった。
小さな体で腕で銃を持つと引き金に指をかけて少年はダイニングルームへと足音を忍ばせて入った。
視界に映るのは、下半身を露出させて母に馬乗りになる男の後ろ姿。
少年は物陰から震える手で重たい銃を構えて躊躇いなく引鉄を引いた。
タンッ―――――。
鋭く乾いた音が響いた。
少年は反動によろめいたが、それでも奇跡的に弾は男の上半身を撃ち抜いていた。
流れる赤い血の色に少年は、恐怖と後悔を覚えながらも母の元へ駆け寄った。
「大丈夫?お母さん!!」
真剣な眼差しで問いかける少年を母は優しく抱きしめた。
だがそれも束の間―――――
窓の外から聞こえてきたのは軍靴の音と大きな声だった。
「さっきの銃声はこの辺りか!?」
家に面した通りはあっという間に物々しい雰囲気に包まれた。
「屋根裏部屋に逃げなさい」
少年の母は気丈な女性だった。
「お母さんは……?」
少年の問いに微笑むと、
「後から行くから。先にこの死体を床下に隠さないとね?」
そう言って少年の背中を押した。
「分かった」
少年はその言葉を信じて階段を上がると屋根裏部屋部屋への梯子を登った。
通りから近づく声は段々とはっきりして来て、少年は声の正体が言語からリーフラント人だと分かった。
パン屋のおばさんを殺していたのもリーフラント人だったことを思い出した少年の中で一つの答えが出た。
殺されていたリーデおばさんは帝国民でありスエビ人。
自分の母もまたスエビ人で、自分は母とリーフラント人の父との間に産まれた。
「もしかしてリーフラント人が帝国の人を殺してるのかな……?」
あかりとりの窓から外の様子をおっかなびっくり窺いながら、少年は周囲で起きている大体の状況を察した。
そしてその質問への答えは間もなく返ってくることとなった。
ズカズカと床を踏みしめる音と荒っぽい男の声が階下から聞こえてきたのだ。
「おい、誰かいるか!!」
聞こえてきたのはやはりリーフラント人の言葉だった。
「お願い、来ないで!!」
少年は両の手を指を絡ませ胸の前で握って小声で祈るように言った。
だが―――――
「いるじゃぁねぇかッ!!」
「なんだその血は!!」
「さてはそこの男を殺ったのはお前だな?」
騒ぎ出す男たち、そして再びの銃声。
少年は、何が起きたかを悟ってしまった―――――。
そして死姦される母を置き去りにして、こっそりと屋根裏からベランダへ降り、通りへと逃げ出したのだった。
自分の浅慮が招いた結末に、母を見捨てて逃げ出した自身の行動に後悔しながら。
だがその目は復讐に駆られた目をしていた―――――。
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