リーフラント魔導騎兵戦記
ふぃるめる
憂乱の大地
プロローグ 悪夢の始まり
その日、リーフラント公国領メーエルには砲声と怒号が響いていた。
同地が戦場となったのは実に15年振りのことであった。
『クライペダ軍管区より友軍各位へ通達。連隊規模の敵航空部隊の進出を確認。迎撃可能な航空機は早急に防空戦闘に移行されたし』
大陸の覇権国家たるプルーセン帝国が突き付けた最後通牒にある『メーエル港及び周辺地域の帝国への割譲』を拒否したリーフラント公国は、その翌日からプルーセン帝国との戦闘状態に突入している。
リーフラント経済の五分の一を握るメーエル港の割譲は、スメトナ大統領を首班とする内閣、そしてリーフラント公爵家においても到底、容認できるものではないのだ。
『こちら第3飛行大隊のクラウスナー少佐だ。まもなく当該空域に達する』
『こちら第1飛行大隊、これ以上の制空権の維持は不可能。我2個小隊相当の喪失なり』
味方の通信は気分を沈痛にさせるものばかりで、一つとして朗報となりうるものは無い。
低く垂れ込めた雲の下、響くエンジン音は
エルトリア王国空軍から輸入したフィアット CR.32が帝国の戦爆連合に殺到していくものだった。
「私達の出番はまだなのかしら?」
クニッツ魔導大尉は煙草の吸い殻を捨てると指揮官であるアルジス・シャロン魔導少佐を見つめる。
郊外の小高い森に隠れるクニッツ達からすれば、自分達の行動が指を銜えて黙って見ているだけとすら思えてしまうのは仕方の無いことだとアルジスは思っていた。
しかしながら彼は完成された生粋の戦争屋であり、任務に私情は挟まない男なのだが、さりとて人間の情を忘れているわけでもなかった。
窮地の味方を助けたい気持ちは山々なれどそれは第701特務魔導騎兵大隊に与えられた任務には反する行いだった。
もっともクニッツが戦闘狂ということもあり、
「気持ちはわかるが我慢しろ。既に奪還を想定した作戦案は廃案となり、我が隊には友軍の撤退支援命令が下されている」
前線指揮官の能力が問われる栄えある殿軍と捉えるべきか、或いは正直に貧乏くじをひかされたと言うべきなのか……。
クニッツはアルジスの答えに満足したのか不満なのかは定かでは無いが、再び煙草に火を灯すのみで、それ以上は何も言わない。
くわえた煙草は軍からの支給品ではなく、ドンスコイ・タバックの高級品、いつ最後の一服を迎えるかも分からない戦場で、安い支給品で満足するのは痩せ我慢というのが彼女の言い分なのだ。
「それまでは……ここで静観していろということですか?」
部下の一人が友軍を見殺しにするなど出来ないとばかりにアルジスに尋ねるが、同じ思いのアルジスは、目も合わせずただ街を見つめて言った。
「なに、すぐに忙しくなるさ」
銃声の音は、この郊外の森にどんどん近くなってきている。
つまりは市街戦の終わりも見えてきたということだった。
友軍の兵士たちは、そぼ降る雨に濡れ出した街道を軍靴で水を跳ね上げながら、軍用トラックや装甲車はタイヤを軋ませながら走り去っていく。
なりふり構っていられるだけの余裕があるわけもない。
「横隊突撃用意!!」
アルジスは、自身の部隊に任された役割をよく理解していた。
クニッツは、煙草の先を濡れた地面に押し付けて魔導ライフル
初陣となるにも関わらず、そこに躊躇いは一切なかった。
それどころか犬歯を剥き出しにして笑っている。
「120秒後に突撃だ」
アルジスは今更ながらに魔導装騎の側面、言うなれば馬の横腹に懸架されたティッカコスキ工廠製のKP/-31短機関銃に手を伸ばし、冷たい金属質の手触りに満足したのか手を離すとシートに身を委ねた。
「殺戮開始まで60秒、もう待ちくたびれたわ」
クニッツは、突撃の命令が待ってられないとばかりにガスペダルを浅く踏んで、魔導装騎を僅かに動かしてみせた。
緊張のあまりか36人もの人数が隠れているはずの森は異様な静けさに包まれている。
隣合う人間の鼓動すらも聞こえてしまいそうなそれに誰もが耐えかねたとき、アルジスの腕時計の秒針が零を指した。
「全隊、突撃!!」
アルジスは空気を切り裂くような声とともに、彼らはガスペダルを踏み込む。
彼らが臨むのは、小国リーフラントを守るための切り札部隊が迎える初めての実戦だった――――。
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