EP.7

 嘘を吐いてはならない。

 だから、感じた印象――それはあまりに鮮烈な印象を、偽りなく述べる。


「……綺麗だ」

「んっ!? くふふ……」

 

 彼女はくすぐったそうに笑う。


 事実、彼女は美しい。


 銀灰色の髪は、結べば自然に解けそうなほど滑らか。

 すっと通った鼻筋。

 切れ長で涼し気な目元。

 すらりとした長身は、立つだけで絵になってしまう。


 それは例えば、日本刀が帯びる美しさに近い。

 時に、美を目的としないモノが美しさを秘めるように。

 媚びることはない。

 美しく在ろうとはしない。

 ただ、在るがままで美しい。


「素直だねぇ。正直者のキミにはご褒美をあげよう」


 少女が懐から取り出したガラスの小瓶。

 そこには薄紫色の液体が詰まっていた。


「酷い声だ。酸の霧を吸ったのかな? それ、飲むと良いよ」


 手に取る。

 しかし、見たことの無い対象オブジェクト


「大丈夫。毒じゃないから」

 

 躊躇ためらっていると彼女は言う。

 そう言われた以上、信じるしかない。

 彼女の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。

 栓を抜くと一息に煽る。

 甘みと微かな酸味。

 粘り気がある。

 液体が喉を滑り落ちた、


「これはっ!?」


 焼けるような喉の痛みが一瞬で退いた。

 嘘みたいに。


 【計画プロジェクト】の世界には、無数に回復手段が存在する。

 プレイヤが未だその全てを把握できないほどに。


 ただ、効果はピンキリ。

 現実世界の栄養ドリンク程度から、一瞬で傷を癒す秘薬まで。

 このアイテムはそんな秘薬の部類だろう。


 俺がばら撒いた大剣。

 あれが二百本でも釣り合うか。

 そんな高額アイテムを気安く与える。

 彼女は一体。


「うん。効いたみたいで何より。それじゃあ本題に入ろうか」


 思わず唾を飲む。

 気に食わなければ殺すと、少女は言った。

 

 しかし、彼女は何を見ているのか。


 彼女の意図を的確に察した時、「株が上がった」と喜んだ。

 状況把握能力。

 と言うよりかは、単純に思考の速さか。


「とりあえず名前は?」

「エン」

「へぇ……。エン、エン。……エン、ねぇ」


 彼女は俺の名前を何回か口の中で転がしてから、


「うん。良い名前だね」


 と言う。


「ボクはツヅリ。ツヅリで良いよ。エンで良い?」

「聞くまでもないだろ」

「ふふ。そうだね。じゃあ、エン。単刀直入に訊こう。キミの正体を教えてくれるかな?」

「正体?」


 問いの意味が分からない。


「あ、次からとぼけるのも禁止にします。ペナルティは死刑で」

「重すぎんだろ」

「それで、エン、キミの正体は?」

「正体ってどういう意味だよ? ――あ、違う! はぐらかしてる訳じゃない! 本当に質問の意味が分からないんだよ! 答えるつもりは有る! もっと具体的に質問してくれ!」


「じゃあ、キミの原典ライブラリは?」


 原典ライブラリ


 【計画】において、プレイヤは関数で世界を書き換える。

 しかし、あらゆる関数を自由に使えるわけではない。

 使えるのは、自分の所有する原典に記されたモノだけ。

 古いゲームで例えれば、職業に相当するか。

 戦士、僧侶、魔法使い、などなど。

 

道化師クラウン


 殺されてはたまらない。

 ノータイムで答える。

 しかし、


「死ぬの?」


 射抜くような視線。 


「嘘じゃない! 見てくれ!」


 コンソールを開く。


[>>> library:crown]


「原典:道化師」


 確かに、そう記されていた。


「……なかなか、信じがたいね」


 それもそのはず。


 それは数ある数ある原典の中でも、と名高い。

 有用な関数は用意されていない。

 ほとんどが手品の類。


「運営がネタで追加したのではないか」


 などと噂されるほどのネタ原典。

 それが道化師だ。


「賢者に転職できるんだっけ?」

「それは別のゲームだな」

「だけど、大きな剣を飛ばしてなかった」

「あれは早業クイック・チェンジっていう関数だよ。装備を一瞬で入れ替える」


 本来は手品として使うことを想定しているのだろう。

 ロールプレイの一環だ。

 NPCの前で使うと、状況によっては好感度が上がる。


「あー、なるほどね。なるべく小さな武器を投げて、手から離れる寸前に入れ替えるんだ。巨大な武器に」

「……正解」


 舌を巻く。

 この説明だけで理解できるのか。


「良く思いついたね」

「思いついたんじゃねえよ。金が無かったんだ」

「どういうこと?」

「道化師は必要な金が少ない」


 例えば、関数:早業は「持っている武器」という情報を書き換えるだけ。

 書き換える量が少ないから、必要な計算も少ない。

 つまり、消費する金も少ない。

 選択肢なんて無かったのだ。


「なるほどね」


 彼女は頷いて見せる。


「――やっぱり、キミの言うことは信用できないや」


 そんなことを言った。


「嘘は言ってない」

「だったら余計に問題だよ」

「どういう意味だよ!?」

「簡単な話だよ」


 彼女は薄っすらと微笑む。

 しかし、目だけは笑っていなかった。

 冷たい視線で俺を捉えたまま、傍らの壁面を撫でる。

 その壁がやけに黒い。


「エン。ボクはキミを殺すことにしました」


 淡々と彼女は言う。


「待ってくれよ! 生活が懸かってるんだ!」

「生活?」

「【計画】の稼ぎで食ってる! 今死んだら、今月の家賃も怪しい!」

「ああ。キミ、貧民街のゲーマスラムギークなんだね」


 貧民街のゲーマスラムギーク


 社会に居場所が無い。

 まともな職に就くことができない。

 大半は外周区、あるいはそれに近い低地価区で生活している。

 そして、【計画】というゲームで敵を倒して生計を立てる人間の総称。

 

「頼むよ! 俺だけじゃない。妹もいるんだ」


 咄嗟に吐いた自分の言葉に、心臓がトクンと跳ねる。

 妹を、こうして同情を引くために使っている。

 情けない。

 情けなくて涙が出る。

 しかし、今はそんな事を気にしている場合ではない。


「何でもする! 殺さないでくれ!!」

 

 土下座でもかまそうと思ったが、両手足を縛る鎖が邪魔だ。

 うまく動けない。

 そんな様子を見てツヅリは笑みを深める。


「分かった」


 彼女は言う。

 その時だ。

 目の前の壁が震えた。


 いや。


 違う。


 これ、壁じゃない。


湖女王蟻レイク・アントクイーン。ボクが調教テイムしたんだ」


 壁だと思ったそれは、巨大なMOBな胴体だった。


 地響きと共に女王アリは巨体を動かす。

 目の前に顎が有った。

 まさに断頭台。

 いや。

 それ以上。

 首どころか、胴体から人間を両断できる。

 今にも噛み付きそうな女王アリを、ツヅリは片手を上げただけで止める。


「キミの言葉は信用できない。だって、もしも本当だとしたら――」


 ガツン、ガツン、と女王アリが巨大な顎を鳴らす。

 巻き起こす風圧が、ツヅリの艶やかな髪を揺らす。


「――。それは」





—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:95,511(日本円)

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