EP.8
「キミの言葉は信用できない。だって、もしも本当だとしたら――」
ガツン、ガツン、と女王アリが巨大な
巻き起こす風圧が、ツヅリの
「――強すぎるんだよね。それは」
ツヅリは言った。
「嘘じゃない! 本当だ!」
俺が叫ぶ。
「そうかもしれない。だから、優しいボクは証明するチャンスをあげるよ」
「は?」
「
ツヅリが言った。
両手両足を
突然、自由になった身体。
「そういうことか」
本当だとしたら強すぎる、と彼女は言った。
つまり、
「キミの言葉が嘘では無いなら、道化師の関数だけで、
ということらしい。
「優しいねえ」
見上げる巨体に笑顔が引きつる。
「証明、できそう?」
こんな
しかし、
「できなきゃ死ぬだけだからな」
短剣を抜く。
「キミ、良いね。好きになっちゃいそうだよ」
ツヅリが笑う。
それが合図だった。
女王アリが動く。
大きな顎を開き――
「宣言:関数 早業 鋼鉄の槍」
――閉じる、寸前。
出現した槍を支点に、棒高跳びの要領で跳躍。
閉じる顎を
轟音。
巻き起こる風に目を細める。
跳躍の頂点。
上昇の勢いと、重力が釣り合う一瞬。
「宣言:関数 早業 愚者の剣」
足元に出現した巨大な剣。
それを剣を蹴り飛ばし、さらに上へ跳ぶ。
「ははっ! すごいじゃん!!」
ツヅリの歓声が聞こえた。
その時、女王アリが酸を吐く。
その巨体。
吐き出す酸の量も兵隊アリとは桁違い。
酸の
「宣言:関数 早業 愚者の剣」
出現した大剣を蹴っ飛ばす。
横へ跳ぶ。
直後、酸の噴水がすぐ隣を天井へと吹き上がる。
ヒリリ、と痛んだ。
「こうなったら赤字覚悟だ――」
関数を使えば、それだけ金を消費する。
敵を倒すなら最小限の関数で。
しかし、今回はそうも言ってられない。
死んだら元も子もないから。
「――
現れた幅広の長剣。
蹴り飛ばして跳ぶ。
次の瞬間、再び現れる新しい長剣。
それを蹴り飛ばす――。
繰り返すこと5回。
片手が天井に届く。
割れ目に短剣を突き入れる。
「宣言:関数 早業 騎士の槍」
短剣が長大な槍に変化。
割れ目に食い込む。
柄に掴まれば、即席の取っ手が完成。
「なるほど」
見下ろせば周囲が一望できた。
俺がいたのは湖に浮かぶ小島だったらしい。
「それで湖アリねぇ」
無数の小川が湖に流れ込んでいる。
恐らく、天然ではない。
働きアリが地下水脈の流れを変えて造り出したモノだろう。
湖の中心に女王アリを隔離することによって外敵から守るのだ。
だから、湖蟻。
例の村の井戸が枯れたのは、アリたちが湖を作る過程で水脈の流れを変えたから。
生態としてビーバーに近いか。
面白い。
「笑えねえけどな」
小島の中央に
俺をにらみながら顎を鳴らす。
まるで、
「見下ろすな」
とでも言わんばかりに。
あまりに巨大な敵。
しかし、死ぬわけにはいかない。
「生活、懸かってるんでねぇ!」
槍を支点に、振り子のように身体を揺らす。
空中で身体の上下を入れ替え、両足の裏を天井に着ける。
膝を限界まで曲げて、蹴る。
加速のついた落下。
同時に腰の短剣を抜いた。
投げる。
「宣言:関数 早業 愚者の剣」
指から離れる寸前、それは巨大な剣に変化。
跳躍の勢いと、
そして、重力。
反動で、身体が再び天井まで押し上げられるほど。
肩は耐えられなかったらしい。
動かそうにもダラリと垂れるばかり。
しかし、それだけの勢い。
巨大な刃は一直線、
その時、凛とした声が響く。
「宣言:関数
瞬間、愚者の剣が軌道を変えた。
何かに引きずられるように。
ツヅリが指で示す大岩が、青白く発光していた。
大剣はそこに吸い込まれるように激突。
深々と突き刺さって止まる。
「……何で?」
今までに俺がばら撒いた武器も、光る岩を目指して移動している。
名前からして、対象に磁力を付与する関数。
「惜しいね。今のが決まってたら負けたかも」
ツヅリが心底愉快そうに笑う。
獰猛な笑み。
しかし、美しい。
彫像のように。
「あり得ねえだろ……」
この少女は何者なのか。
彼女は女王アリをテイムしたと語っていた。
だから、彼女の原典は
しかし、調教師は磁化なんて関数を使えない。
原典は1人に1つ。
複数の原典を持てない。
思えば、俺を眠らせたのも彼女ではなかったか。
関数:
「あり得ねえだろ……」
意味も無く繰り返す。
否定すれば、この状況が変わるわけでもないのに。
天井にぶら下がりながら、
女王蟻を従えて不敵に微笑む少女を。
手詰まりだった。
利き手も死んだ。
愚者の剣も、今投げた一本が最後。
ここまでか。
しかし、ツヅリは言う。
「予想以上。エン。予想以上だよ!」
ツヅリが女王アリを手で制すると、攻撃は止んだ。
ひらひらと手を振る。
俺を招いているのか。
「降りておいで」
ということらしい。
インベントリからロープを取り出す。
槍に括り付けると、それを伝って地面に降りる。
彼女は、そんな俺のつま先から頭までを、じっくりと眺めまわす。
それから最後に俺の顔を見た。
満足そうに笑う。
「……俺を、どうするつもりだ?」
ぐい、とツヅリが距離を詰める。
目の前に彼女の顔が有った。
こんな状況にも関わらず、
「確かにキミの原典は弱い。最弱の道化師だった。だけど、キミは強い」
「弱いから、こんな辺境のダンジョンに潜ってるんだ」
もっと稼ぎの良い狩場は、強いパーティがひしめき合っている。
そして、そこに割り込む実力は無い。
「強いよ」
しかし、彼女は言う。
「そもそもさ、エン、キミは強くなろうとしたこと有るの?」
「有るよ」
「キミが言う強くなるってのは、なるべく安全に、なるべく安定して稼ぐこと?」
「ああ」
それ以外に何があるというのか。
金が要る。
食うに困らないだけの、
真っ当な生活を送れるだけの、
金を稼げるだけの強さ。
「それじゃあ本当にゴミ漁りだね。ドブネズミだよ。人目から逃げるように、ゴミ捨て場を嗅ぎまわってる」
「っ――!」
あまりの物言いに、言葉に詰まる。
「でも、キミは虎だ。自分で気付いていないだけ」
意外な言葉。
そっと、肩に手を置かれる。
たおやかな手。
「キミが弱いなら、適当に倒して終わりのつもりだった。だけど、キミは強い。いや。強くなれる。だから、ボクの相棒になって欲しい」
「は?」
「エン。見て」
「何を?」
「こんなの、他人に見せたことは無いんだ。キミが初めて」
目の前にコンソールが有った。
[>>> library:librarian]
その黒い画面には、白い文字で確かに原典:
「この原典は?」
聞いたことも無い原典だ。
彼女が幾つもの関数を使用したこと。
それと関係があるはず。
「この秘密をキミに明かしたことは、ボクの誠意だと思って欲しい」
「何がしたい?」
「計画が有る」
【
「どんな計画?」
「お金が欲しい。たくさん」
「どのくらい?」
「
ビリオンダラァ。
その音が10億ドルを意味すると気づくまで数秒を要する。
「…………ふざけてんの?」
「本気」
確かに、彼女が口にする
「10億ドル」
という言葉に浮かれた雰囲気は無い。
しかし、
「無理だ」
「できるよ。ボクとキミなら」
それでも彼女は断言する。
「エン。ボクの計画に力を貸して欲しい」
まっすぐに見つめられる。
どこまでも澄んだ瞳。
あまりにも透明。
目を逸らしてしまう。
「無理だろ……」
弱弱しく、そう呟くことしかできない。
しかし、彼女は言う。
力強く。
「簡単だよ。ボクがキミを強くしてあげる」
目の前に少女の顔が有った。
そして、少女は不敵に笑う。
「断言する。キミは、必ず最強になる」
—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
総資産:95,169(日本円)
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