EP.6

 働きアリ一匹でモヤシ一袋(※注 特売ではない)ならば、コイツは。


「お前さん、卵1パックくらいは有るんだろうな!?」


 洞窟の暗闇。

 それを塗りつぶす別の黒。

 ひしめく巨大なアリの群れ

 押し寄せる黒い波だ。


 ぶっ殺してやるぜ。


 先手必勝。

 短剣片手に突貫。


宣言:関数デクラレーション・ファンクション 早業 鋼鉄の槍」


 瞬間、短刀が槍に変化。

 伸びた間合いに兵隊アリは対応できない。


 一閃。

 

 甲殻に刺突は効き目が薄い。

 だから、甲殻の薄い間接を狙う。

 手応え。

 しかし、アリはひるまない。

 巨体を躍らせて突進。

 質量的にも、速度的にも、単車に突っ込まれるのと変わらない、が、


「宣言:関数 早業 愚者の剣」


 問題無し。

 出現した大剣。

 最早、壁だ。

 アリ、衝突。

 鈍い音を立てる。


「宣言:関数 早業 工房の槌」


 出現した片手槌。

 叩きつける。

 その三角形の頭部を捉えた。

 甲殻にひび割れ。


「……浅いか」

 

 しかし、怯んだ。

 もう一撃。

 その場で回転。


「宣言:関数 早業」

 

 片手槌がさらに巨大な鉄槌に変化。

 ハンマ投げの要領。

 これなら筋力は要らない。

 地面にめり込ませた踵を起点に回転。

 大質量に、速度と遠心力を載せて、叩き込む。

 寸前、兵隊アリが何かを吐き出した。


「うおっ!?」


 瞬間、手が灼ける。

 反射的に槌を手放す。

 明後日の方向に飛んで行ったそれは、周囲の働きアリを潰して止まる。

 

 あまりの熱さに地下水に腕を沈める。

 しかし、燃えた形跡など無い。


「なるほどな……」


 この巣穴。

 壁面がやけに滑らかなのだ。

 アリの強靭な顎で掘ったのかと思ったが、違ったらしい。

 溶かしたのだ。


「酸か」


 再び、酸を吐く兵隊アリ。

 後ろに跳ぶ。


「―っし! 避けれる」


 不意を突かれはしたが、所詮は水鉄砲。

 速度は無い。

 顔面に貰っていたら危なかったが、腕ならば致命傷ではない。

 皮膚は溶けていても、動かす分には問題無い。

 モノも握れる。

 死ぬほど痛いけど。


「今ので勝負が付いたな」


 タネが割れれば怖くない。

 一撃で俺を仕留められなかったこと。

 それが敗因だ。  

 短剣を構え、突貫。

 酸の洗礼。

 しかし、低く、早く、その下を潜り抜ける。

 そのまま前転。

 アリの懐に潜り込む。


「宣言:関数 早業 鋼鉄の槍」


 瞬間、短剣は槍に変化。

 真下から伸びる音速の突き。

 かわす術は無い。

 のけぞるアリの上体。

 隙ができる。

 その無防備な胴体目掛けて、


「終わりだ! 宣んっ――!」


 息が出来なかった。

 熱い。

 痛い。

 喉奥をタワシで擦られたような痛み。


(何が!?)


 滝のように溢れる鼻水と涙。

 目が見えない。

 だから、本能だった。

 転げまわるようにアリの懐から逃げ出す。

 一瞬遅れて硬い金属音。

 顎が閉じられる音だ。

 辛うじてかわしたらしい。

 とにかく距離を取る。


 薄目を開ける。

 アリも無傷では無い。

 しかし、殺意に満ちていた。

 確実に俺を仕留めようと、ゆっくり、ゆっくりと迫る。


 焼け付く喉。その痛みを、理性で押し殺す。


(状況を確認しろ)


 原因は何だ?

 この焼けるような痛みも酸が原因か。

 しかし、確かにかわしたはず。

 いや、そうか。

 喉が痛み出したのは、関数を宣言しようとした瞬間。

 つまり、吸い込んでいたのだ。

 恐らく、ヤツは酸を吐いていた。

 しかも、まるで霧のように細かい粒子状の酸を。


(あ、これ、やばい)

 

 慌てて後ろに跳び下がる。

 

 なかなか距離を詰めない兵隊アリ。

 槍の一撃が効いていたのかと思ったが、違う。

 コイツは今も酸を吐いてるのだ。

 この薄暗闇で、酸の霧が見えないだけ。

 近づかず、なるべく安全に俺を殺そうとしている。

 

 とにかく距離を取る。


「ギチ、ギチ」


 アリが顎を噛み鳴らす。


(参ったな……)


 近づけないと潰せない。

 しかし、悩んでいる暇はない。

 時間を掛ければ、洞窟内に酸の霧が充満してしまう。


 「ん、んんっ……」

 

 しゃがれているが声は出る。

 激痛は走るけど。


(これは赤字だな……)


 経済的でないことを除けば、しかし、飛び道具は有るのだ。


「宣言:関数――」


 構えた短剣。

 それを思い切り振りかぶって、投げる。

 指先が短剣から離れる、僅かに直前、


「――早業 愚者の剣」


 関数を起動。

 ちっぽけな短剣が巨大な剣に化ける。

 速度はそのまま。


 高速で迫る鉄塊に、アリは何もできないままに両断。

 左右に分かれた身体が、倒れて図鑑のような断面を晒す。

 余勢を駆って大剣は直進。

 洞窟の奥へ消えた。


「生活懸かってんだよ。こっちは」

 

 死体に吐き捨てる。

 とは言え、今日は赤字。

 今しがた投げた大剣と合わせて六本目。

 アリの群れが邪魔だ。

 回収は難しいか。


 しかし、反対に気持ちは高揚していた。


 ほとんど無限湧きするMOB。

 拠点にできる集落も近い。

 おまけにこの辺境だから他にプレイヤもいない。


 結論、この狩場は美味しい。


 攻撃は見切った。

 次はもっと上手くやれる。

 アリをモデルにしたMOBだ。

 その繁殖力も同じだろう。

 ならば、調整すれば永久的に狩り続けられるのではないか。


 普通のアルバイトと変わらないくらい。

 上手く行けばそれ以上に。


 コンソールを開く。


「238.88(JPY) aquired」


 つまり、約240円を獲得。

 兵隊アリ一匹でこの値段は美味しい。

 一時間に四体も狩れば、時給千円も超える。


(今度はアイスを買って帰ろう……。それも、ダッツを!)


 今度は胸を張って。


「ん~、美味しいのです!」


 と喜ぶ妹の顔が浮かぶ。

 その時だ。


「宣言:関数 眠りのガーデン・オブ・ヒュプノ


 凛と響く声。


 甘い香り。


 そこで、俺の意識は途切れた。





 目が覚めると、俺は拘束されていた。

 鋼鉄製の鎖に両手両足を縛られて、地面に転がされていた。


(しっかし、この鎖……)


 カツカツ、と地面にぶつけてみる。

 傷一つ付きそうに無い。

 

「あ、起きた?」


 涼し気な声が響く。

 聞き覚えがある。

 関数:眠りの園を起動させた声。


「随分と落ち着いてるんだね。かっくいーじゃん。キミの株が上がったよ」 

「殺すつもりが有るなら、こんな面倒なことをしないだろ?」

「今の発言は、ちょっと残念かなぁー」


 くすくす、と笑い声。


「今すぐ、って言葉が抜けてたな」

「正解。キミ、なかなか賢いね」


 つまり「状況によっては俺を殺す」ということだ。


 ここは仮想現実。

 しかし、死ぬわけにはいかない。

  

 【計画】というゲームにセーブなんて機能は無い。

 死んだら最初から。

 今まで育てた分身アバタは失われる。

 それはつまり、稼ぐ手段を失うということ。

 俺たち兄妹が路頭に迷うとおいうことだ。

 妹を飢えさせるということだ。


 絶対に死ねない。


 振り向く。

 そこに少女が立っていた。


 状況は完全に呑み込めていない。

 しかし、確かに言えることは一つ。


 彼女の機嫌を損ねてはならない。


 思わず背筋が伸びる。

 その様子を見て彼女は笑った。


「キミ、良いね。ちゃんと分かってるんだ。じゃあ、1つヒントをあげようね」


 ずい、と少女は顔を近づけた。

 耳元に彼女の息がかかる。

 

「嘘は駄目だよ。一番、キライ。一発アウトだから」


 そんな囁きを残して、彼女は距離を取る。

 そして、両手両足を縛られた俺の前で、くるり、と回って見せる。

 

「で、それを踏まえて質問です。ボクの第一印象は?」


 嘘を吐いてはならない。

 だから、感じた印象――それはあまりに鮮烈な印象を、偽りなく端的に述べる。


「……綺麗だ」





—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:95,511(日本円)

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