『ナニワ金融道』漫画評 アホウ吉村ブルジョワ法は人治の道具やで

 私の理解が正しければ、大塚英志が漫画の起源を戦時下に同定したのは、戦争プロパガンダへの応用を目標として、当時の日本の文化人がディズニーとエイゼンシュタインを活用したことを起源と言っているからであった。そして、手塚治虫の「マンガ記号論」が重要なのは、この戦争プロパガンダに起源を持つ手法、記号を用いる絵画技術であって死を描くことに根本的な困難を有するマンガという手法でもって日本が戦争に敗北した後の文化を担おうとする宣言であったためであった。

 私が上記のような文章から『ナニワ金融道』漫画評を始めたのは、『ナニワ金融道』の内容の「えげつなさ」と、それを描く漫画の絵のタッチの対照に驚きを覚えたからであった。

 つまり、私は、あなたが既に予期しているように、これほどに「えげつない」内容はこのような手法で描くしかないのではないかと、そう言いたいのであり、かつ、内容に対して適切な表現手法を選んだ作品は称賛されるべきであるから、『ナニワ金融道』は称賛されるべきであり、あなたはまだ一冊百円のうちに、『ナニワ金融道』の電子書籍版を購入すべきだと言いたいのである。

 これから『ナニワ金融道』の内容について書くつもりだが、その前に、「適切な表現手法」とは何かについて、書かなくてはならない。

 例えば戦争を漫画で描くことは、どのような意味で適切な表現手法であるのか? 私は既に、漫画は死を描くことに根本的な困難を有すると書いたが、それならば、戦争を漫画で描くことは、不適切ではないか? 範馬刃牙はボクシングを蹴り技のない不完全な格闘技と言ったが、それでは、生き死にを決める戦いのためにボクシングを学ぶことは不適切ではないか?

 しかし、もしも戦争が初めから表象不可能なもの、表象不可能なものという言葉でしか表象できないものであるとすれば、どうだろうか。こうなっては、全ての前提がひっくり返る。こうなっては、むしろ、漫画という手段を選ぶことには何の不適切さもない。戦争という悪夢に対する私たちの能力の限界をむしろはっきりとさせることができる。戦争などという無駄で無意味な公共事業は存在してはならないことをはっきりとさせることができる。それを記録し、継承し、反省する能力が、我々にあるのか怪しいからだ。そのことを、漫画という手法の限界が明らかにする。漫画に対して、リアリズムを重視し、より正確に戦争を記述しようとしても、その記述そのものを戦争の表象不可能性が(できそこないの)漫画に変えてしまうからである。

 さて、(『ナニワ金融道』ではなく)ナニワ金融道は対象として、どのような性質を持つかと言えば、そう、これは殆ど戦争と同じなのである。平和とは戦争と戦争の間の期間のことであり、愚かな人類はその邪悪さを金融道において発散していたのだった。私は職業差別的な言辞を吐いてはいない。そうではなく、金融道もまた、ほぼ純粋に力と力の衝突であると、そう言っているのである。まだトレーディング経験も証券営業の経験もない金融庁の職員を信じて米国株指数をロングし続けるあなたは、金融資本主義が、何か厳密なルールに基づいており、いずれはそのルールを正確に学んだ人工知能か何かで運用できる仕組み、スマートなコントラクトが可能であるような仕組みであると思っているかも知れない。だからあなたは『ナニワ金融道』を読むべきなのだ。そこにあるのは、ルールに基づく契約の締結と更新と解消ではない。知識の差や、物理的な力の差、物理的な声の大きさの差、人脈の差、官と民の差、そういった様々な差異を利用して自己に利益を誘導しようとする者たち同士の、契約自由の原則という看板を掲げた闘争領域である。

 あなたが漫画を題材に経済を語る私の態度を好まないのならば、私は、ヨーロッパが産業革命のために用いた資本は黒人奴隷と黒人奴隷の死体の山のことであったと指摘しておこう。憲法制定権力が常に非合法であるように、自由経済の始まりも自由経済のルールに基づいたものではない。

 このような「金融道」は、ボクシング漫画のように飛び散る汗や、各ラウンドでの体力配分について「リアル」に書くことはできないし、また、適宜ファンタジーを挿入して、努力・友情・勝利の素晴らしさを描くための材料とすることもできない。射精する時の顔の表情の描き方と腹を殴られた時の顔の表情の描き方が同じであるような、「えげつない」ほど記号化された漫画表現を用いざるをえない。どれほどリアリズムを求めても、金融道の「えげつなさ」が、それを挫折させてしまうからである。

 しかし、ここまで書いて、今ひとつの疑問が生じるのも事実である。飢餓ゲームには、どのような表現手法が適切か? あるいは、こう問うてもよい。飢餓ゲームを記述するとすれば、あなたはどれだけのデフォルメ、どれだけの記号化を要求されることになるだろうか?

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