【短編】10時間以上経っても俺をパーティーから追放する勇者の理由語りが終わらない話-   も   う   遅   い   (切実)-

八木耳木兎(やぎ みみずく)

短編【10時間以上経っても俺をパーティーから追放する勇者の理由語りが終わらない話-   も   う   遅   い   (切実)-】

「お前はパーティー追放だ、アントニオ」








 一瞬、言葉の意味を飲み込めなかった。








「な、何を言ってるんだ……エスター?」








 勇者パーティーの冒険者である俺、アントニオは、パーティーのリーダーたる勇者・エスターに言葉の意味を問いただした。








「言葉の通りだ。お前をこれ以上、我々のパーティーの一員として認めることはできない」



 テーブルで、俺の向かいに座す勇者・エスターは、固い決意が見える口調でそう告げた。


 彼の背後には、同じパーティーメンバーの一員である三人の冒険者が直立して、俺を蔑んだ視線で見据えている。

 


 どうやらパーティーの全員が、俺の役立たずっぷりを腹に据えかねていたらしい。




 エスターのその言葉と彼らの見下したような目線に、自分でも何かあきらめのようなものがついた気がした。


 そして同時に、不思議と自分でも肩の荷が下りた気がした。


 俺を必要としていないパーティーにい続けるよりも、単独行動で新しい生活を始めた方が有意義だろう。




 そう思って自分から席を立とうとしたが、勇者・エスターはその前に口を開いた。


「どうせお前、心の中では納得できていないんだろ?」


 


「だから勘の悪いお前に、理由を一から述べてやる。心して聞くんだ」


 いちいち理由なんか述べなくていいから……要するに俺が足手まとい、それだけの話じゃないか。


 昔からこいつにはこういうメンバーに逐一上から目線で説教する癖があった。




 まあいい。


 ここで彼の説教まがいの自己満足を聞いてやるのも悪くない。


 ここで屈辱に耐えれば耐えるほど、いずれ見返してやる!という意志も固まるというものだ。


 そう思って、俺はエスターに向きなおった。


 




「その1、攻撃力が低い。その2、防御力が低い。その3、スピードが低い、その4、技の精度が低い。その5、運も悪い。その6……」


 一から述べ出すエスター。


 こうやっていちいち複数の欠点を箇条書きのように羅列して喋る。


 常に他人を見下し、いつも自分のことを正しいと考える彼の、悪い癖だった。



 そうして、その店でのエスターの説教は始まった。






-10分後-




「その35、顔に特徴がない。その36、身長も低い。その37、よく見たら手肌が乾燥している。その38……」 






 ……もういい、限界だ。


 至らない理由を片っ端から口に出して聞かされ、流石に精神的に耐えかねる俺。

 説教という名の罵倒を十分以上も聞き続けるのは耐えられそうにない。




「もういいわかったよ! 要するに俺は足手まといなんだろ!? 出ていけばいいんだろ!?」


 エスターの話を途中で遮り、立ち上がろうとしたその時。




「ちょっと!!」


 俺の退出をさえぎる声が、俺の背後から響いた。 




「兄貴が喋ってるでしょ。最後まで聞きなさい!!」


 ついさっきまで微動だにせずに俺の真後ろに突っ立っていたパーティーメンバーの少女・シャーリーが、立ち上がろうとする俺の肩をひっ掴み、無理やり座席に戻したのだ。


 彼女はリーダー・エスターの妹であり、兄に似て高飛車な性格だった。


 そして今の発言からもわかるとおり、大のブラコン。





 俺や他のメンバーと比べてもかなり年下ながら、勇者である兄にも劣らないレベルと戦闘能力を有するシャーリー。


 そんな彼女に退出を遮られれば、弱小冒険者の俺としては抵抗の仕様もない。




 まいったな……追放って言われた時点でさっさと出ていけばよかった。


 そう思いながら、黙って俺はテーブルに座りなおすのだった。






-1時間後-






「その239、イエロースライムとゴールドスライムを間違えたことがある。その240、毒消し草を無駄遣いしたことがある。その243、経験値獲得の効率が悪い。その244……」






 ……長くない?








 いくら俺のことを無能で追放したいと思ってても、そこまで多くの欠点を語られるいわれなどない。




 というか、何の情熱が、彼にここまで長い語りを喋らせるのだろう。




 長々と追放のわけを述べられる理由を理解できず、若干恐くなってきた俺は、無視して逃げ出すようにもう一度立ち上がった。




 しかし。




「ちょっと!!」




 背後のシャーリーに、またしても肩を掴みかかられた。




「兄貴が喋ってるでしょ。最後まで聞きなさい!!」




 いやさっきと同じトーンじゃねぇか!!!!




 もう一度エスターの方に向きなおると、凪の海のようにずーっと平坦なトーンのまま変わらず喋り続けており、終わりが見えそうな気配すらなかった。





 ……ちょっと待て。


 ……このスピーチ、ひょっとして。


 ……ものすごく、長いのか……?










-9時間後-










「その5239、眉毛が長い。その5240、歯磨きの時間が長い。その5241、パジャマがダサい……」




 長い……




「その5263、屈伸の仕方が気持ち悪い。その5264、大剣の持ち方が気になる。その5265、故郷の思い出話が食べ物関連ばっかり……」




 ながい……




「その5281、パーティーで唯一水芸が面白くない。その5282、ウクレレを弾くのが下手。その5283、演劇女優に詳しすぎて逆に気持ち悪い……」





なぁーがーーーーーーーーーーーーいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!






 いや異常だろこれ!!


 え、何!?


 どういう状況なのこれ!?!?




 もしかしてこいつ、何かの魔法にでもかけられたのだろうか?


 そう思って彼の背後に映るステータスウィンドウを凝視するが、別段ステータス異常の項に特別な状態異常を示す表示は見当たらない。


 え、つまり何?


 こいつ、状態異常も何らかのバフもかかっていない状態で、同じ姿勢のまま同じトーンで5000くらいの理由語ってるってこと?



 よく見たら、エスターの後ろに控えて直立していた三人のパーティーメンバーも10時間ほどたちっぱなしで俺を見下す姿勢を維持していた。


 何なんだ、この空間は?

 そういう結界なんだろうか?


 

 俺の方はというと、さっきから、ろくに立つこともできていないし、腰だのケツだのの痛みがそろそろ無視できなくなってきた。



 出られなくてもいいからせめて立って少しストレッチするだけでも許してほしいところなのだが、生憎立った時点で背後のシャーリーに座りなおさせられることは先ほど証明済み。




 え、つまり何?

 すっかり夜更けになって日付も変わっている中で、いつ終わるかもわからないこいつの説明(?)を座りっぱなしで聞き続けなければならないってか?

 冗談じゃねぇよッッッ!!!




 思わず背筋が凍り付き、やり場のない怒りにも襲われた、その時だった。




―――キラーン。




へ?




【lv30→lv10000】



 ステータスウインドウを見やると、反則級―――そう、チート級に、自分のレベルが跳ね上がっていることに気が付いた。

 攻撃力や防御力の各パラメータも、それに応じて千倍以上に跳ね上がっていた。



 なぜこのタイミングなのか、それはどうでもよかった。



「おい俺チート覚醒したぞ!! 追放してる場合じゃないぞ!!! 今追放したら十中八九お前後悔するぞ!!!!(もちろんどっちにしろ出ていくけどな)」


 エスターの言葉も聞かずに、俺は俺自身の今の状況を必死で訴えかけた。

 散々何百も何千も理由をこねくり回しているが、つまるところこいつが追放するのも俺が無能だったからだ。


 しかし、たった俺は今チートに覚醒した。

 こいつが追放する理由も、この場で多すぎる追放理由を述べることもなくなるはずだ。



「その5429,よくみたら無駄に二重だ。その5430、常駐してる自室のアクセサリーにオフホワイトが多い。その5431、ブーメランを投げるのが下手……」


 それでもエスターは、その長い長い演説の口を止めることはなかった。


 というか、俺の声すら聞こえていないかのようだった。


 え……というかよく見たら、視線が俺と合ってないじゃん。


 これで状態異常じゃないってどういうことだ?






 ……待てよ。




 そうだ、よく考えたらチートに覚醒してパワーアップしたから話最後まで聞かなくても無理やり出て行けるじゃん。


 その考えに至った俺は、やっと解放される、と安堵しテーブルを立ち上がった。




 が。




「ちょっと!!」




 そんな安堵を拳一発で砕くかのように、背後の手は俺の肩をがっちりと掴み、テーブルへと戻した。




「兄貴が喋ってるでしょ。最後まで聞きなさい!!」




 ……えーと、なんでだ。




 手を振り払おうかと思ったのに、それを上回るスピードで強引に座らされた。

 チート覚醒しているはずなのに。




 もしかして、ウィンドウ上では見えないだけで、彼女も隠れチートに覚醒していたのだろうか。




 というか、とく閉店しないなこの店も。


 後で看板を見て知ったが、どうやらこの店は冒険者用に店員たちが交代制で切り盛りしている年中無休・24時間営業のレストランだった。 



 チートに覚醒したにもかかわらず、俺はその場に居座り続けるしかなかったのだ。





-2時間後-






「その19663、ジャンプ時の姿勢が気色悪い。その19664、たまに使う眼鏡がダサい。その19665、普段使う本の栞のセンスが独特だ。その19666……」


ZZZ...ZZZ...


―――キラーン。

―――キラーン。

―――キラーン。


―――キラーン。

―――キラーン。

―――キラーン。



 






-9時間後-




「その71873、運の良さに微妙にムラッ気があってキモい。その71874、たまに枝毛が生えてる。その71875、逃げるときの走り方がキモい。その71876、モンスターの肉の焼き具合が甘い。その71877……」


「ふあ~ぁ……まだ全然終わってねぇな……」


 起きたら、その後六種類くらいのチートスキルに覚醒していた。

 ざっとウインドウを開いて確認したところによると、今の俺のステータスは六大属性の各最上級魔法を無詠唱で放つことができるし、戦闘力だけで言えばエスターなんかゆうに超えている。


 

 なのに、気分はあまり晴れない。

 追放を言い渡されてから一歩もその場から動けていないので当然だ。




 エスターの方はというと、相も変わらず似たような調子で追放の理由を喋り続けている。

 言葉の中に出てくる数字から言って、俺が寝ている間も喋りっぱなしだったのだろう。



 しかたがないからもうしばらく寝てから対策を考えようかな、と思ったその時だった。



「た、大変だー!!! ハイドラゴンがこの町にきたぞー!!!」


 非番で店を外していた店員らしき男が、目を血走らせて店員と客に非常の知らせを告げた。


 窓の外を見やると、多くの市民が大慌てで逃げまどっているのが見えた。


 ハイドラゴンと言えば、普通にこの国を冒険していたらまずお目にかかれない超上級モンスターだ。


 店の店長も店員のメイドも、(俺たちをほっぽって)裏口から一目散に逃げ出していった。




 このままでは、街ごとこの店も、俺たちも潰されてしまう。


 今すぐにでもなんとかしないといけない状況だが。


 ダメもとで、俺は立ち上がってみる。




「ちょっと!!」


 予想通り、肩をひっつかまれた。


「兄貴が喋ってるでしょ。最後まで聞きなさい!!」




 最早こういう呪いをかけてくるモンスターにしか見えない。




 ともあれこうなったら、この店から出られない状況のままなんとかするしかない。



「君!」


 転んで逃げ遅れていた新人メイドに、俺は声をかけた。




「そこの窓開けてくれ!!」


「!? は、はい!」




 言われるがままに窓を開ける新人メイド。


「グオアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」


 窓の外には、見るもおぞましい禍々しい翼で町を破壊しようとするハイドラゴンの姿。

 その怪物に向けて、俺は座ったままの状態で指を指し、ただ一言紡いだ。



「【シャイニングフレイムバスター】!!!」




 開いた窓越しに炎属性の上級魔法を直線を描く矢のように放ち、ハイドラゴンに命中させる。


 こちらからでも聞こえてくる阿鼻叫喚の嗚咽をあげ、ハイドラゴンは苦しみながら死んでいった。

 これでも街の家屋にまで被害が及ばないようにかなり制御したつもりだったが、一発の魔法でハイドラゴンを倒すことができたようだ。


「何だ今の!? 無詠唱の一撃でハイドラゴンを倒しやがった!!」

 これまで上級魔法などと無縁だった自分でもその威力に驚いていたが、町の住民たちはその上級魔法を無詠唱で放った俺にもっと驚いていた。


「その72052、拾ってくる薬草がなんか青い。その72053、美人の姉を俺に紹介しなかった。その72054、ホルモン焼きを飲み込むタイミングが遅い。その72055……」


 ちなみにエスターはというと、ハイドラゴンの嗚咽にも市民たちの驚きにも全く耳を貸すことなく、俺のパーティー追放の理由を述べ続けていた。




-5日後-




「その156336、タップダンスを踊るのが下手だ。その156337、俺の誕生日に麦酒じゃなくてワインをプレゼントした。その156338、ウォッカに弱すぎる。その156339……」




 パーティー追放宣告から一週間ほどたった日の事(当然、その頃から俺は追放を言い渡された店のこの席を微動だに出来ていない)。


 ふと俺は、この辺ってこんなにぎやかだったっけか? と思った。


 窓の外の活気から見てもわかるとおり、店周辺の、というか、街全体の雰囲気が変化しつつあった。



 なんでもあのハイドラゴンの体内に合った鍵が街の地下にあったの入り口を開くものであったらしく、町の広場のど真ん中に長らく未開通だった地底遺跡型のダンジョンが開通することになったのだ。


 ダンジョンの中には冒険者が五年かけてやっと手に入れられるような宝物や、パーティーの連携で倒せば膨大な経験値とレアアイテムが入手できる上級モンスターがうようよいるらしく、すぐさま噂をききつけた各地各国からの冒険者たちでごった返した、というわけだ。



 尚、あまり実感がわかない―――本当にわかない。店から一歩も出てないから―――のだが、ハイドラゴンを一撃で倒したこと、ダンジョン開通によって田舎だった町が有史以来の活気を産むきっかけを作ったということで、俺はこの町はおろか、この地方全体で英雄扱いされていた。


 なんでも巷では尊敬の念を込めて、俺は【不動の魔炎使い】【鎮座する冒険者】【動かざること山のごとき英雄】などの二つ名で呼ばれているという。

 ……いや別にいいけど、別にいいんだけど、本当に尊敬しているのかそれは? 

 そこはかとない悪意を感じるのは気のせいだろうか。




 立て続けに三者三様の見た目をした少女たちが、この店にやってきたのは、俺がそういった町の活気に気づいてからの事だった。




「アントニオさんですね? 私、あの時助けていただいた猫娘のぺルラです!!」


「あの時助けてもらった水の精霊のアディーネよ!!」


「あの時助けていただきました、冥界の魔女のダリアですわ!!」




 いつか俺が弱小冒険者だった頃に助けた少女たちが、俺に会うためにこの町のこの店に訪れてくれたのだ。


「ハイドラゴンを倒した噂を聞きつけて、居ても立っても居られなくってここに来ました。私たち、アントニオさんと一緒に冒険がしたいです!!」


 まっすぐな済んだ瞳で、自分たちの決意を俺に言ってくる少女たち。



 こうなると、ますますここにいる理由はなくなってくる。


 でも、状況がそれを許してくれない。

 目の前の勇者はあいも変わらず、淡々としたトーンで俺をパーティー追放する理由を述べ続けるし、立ち上がろうとしても勇者の妹に阻止される始末。


 数秒の逡巡の後、俺は一つの答えに至った。


「君達!!!」


 たまたま持っていたパーティーメンバー仮登録カードを、三人に差し出した。


「これを持ってダンジョンを攻略してきてくれ、報酬は入手したアイテムの半数と、この店を無期限で俺のおごりで使う権利!!」



「「「わかりました!!」ったわ!!」りましたわ!!」


 俺にそういわれて自信をつけたのか、意気揚々とダンジョンへ向かう三人娘たち。

 



 数時間後。

 三人は超強力武器の素材となる上級モンスターの骨や鱗、何万という価値のある金貨や財宝をアイテムボックスに携えて、俺の元に戻ってきてくれた。




-2週間後-





「その635432、よく見たら乳輪がデカい。その635433,thの発音が下手だ。その635434,催眠魔法への耐性が低い。その635435、拳闘の時左のガードが甘い。その635436……」


 パーティー追放を言い渡されて、もうそろそろ20回目の夜明けを迎えるころ。


 その頃、俺は帳簿を書き綴っていた。

 計算に邪魔……というか単純に気分が悪いので、風属性の魔法を応用して耳穴に空気の壁を作り、エスターの言葉は耳に入っていない。


 今の俺は、ぺルラたち三人の少女たちのいるS級パーティーのリーダーだ。

 国に上級モンスターが現れたときは、俺達が討伐を任されている。



 新しい商売も始めた。

 ぺルラたちがダンジョンを進んで入手したモンスターの骨や鱗、古代遺跡の財宝などのダンジョンでの戦利品や、それらのアイテムを加工して作ったレアアイテムなどを売る商売だ。



 何が言いたいかというと。

 今の俺はエスターのパーティーにいたときよりも、ずっとずっと充実している。




「その635566、シャンプー液を使いすぎる。その635567,クリケットのドラフト予想を外した。その635568,当たらないのにたまに宝くじを買う。その635569,水着に着替えるときよくもたつく。その635570……」




 それだけに、怖くて仕方がない。

 一睡もすることなく、疲れたようなそぶりすら見せず、理由を述べ続けるこいつが。

 俺たちの前後で直立したまま微動だにしない、シャーリーたち四人が。


 こいつらさえなんとかなれば、俺はもう完全に新しい人生に向かって歩みだせるというのに。



 そういうことを考えながらいつも通り帳簿を書き綴っていた、ある日の夜の事だった。


「今日はもう帰っていいぞ、ぺルラ。お疲れ様」

「はいっ」


 元気よく答えるぺルラ。

 彼女はダンジョン攻略パーティー(リーダー抜き)のエースアタッカーだけでなく、この酒場に俺が作らせた別室でレアアイテムの仕分け作業も手伝ってもらっていた。


 帳簿に向きなおって、少しして俺はもう一度振り向いた。

 ドアへと去って行く足音が聞こえなかったからだ。


 振り向いた先には、なんというか、暖かい視線をこっちに送って来るぺルラの姿があった。


「どうしたんだ?」

「えへへ、落ち着いた【英雄さん】の姿を見られて感激してるんです」

 

 真正面から顔を赤らめて見つめてくるぺルラの姿に、ふとかつて俺が助けたときの彼女の姿が脳内をよぎった。

 辺境の村で、この娘は病を持ちながらも奴隷主にこき使われていた。

 倒れ込んで心無い主人に鞭でたたかれているところを、俺がなけなしの金を使って自由にさせたのだ。



「日頃は忙しくって、こんなこと言えないですけど……」

 何か言いづらそうな口調で、目を逸らしながらもじもじして語るぺルラ。

 初めて会った時体中についていた傷は、もうほとんど見られない。




「私、アントニオさんには、本っ当に感謝してるんですよ」


 済んだ瞳で、ほのかな笑みを浮かべたまま、ぺルラはそう語った。



 俺は、別に見返りを求めて彼女を自由にしたわけじゃない。

 かわいそうな女の子がいたから助けた、という俺自身の自己満足にすぎないし、今のように彼女が俺に再会しなかったとしても、奴隷だった頃のように不幸な人生さえ歩んでいなければそれでよかったと思っている。


 ただ、思う。



「その637641、演劇女優のモノマネが下手。その637642,ヨーヨーのウォークザドッグが下手。その637643,チェスが下手。その637644……」



 …… 助 け て よ ……






-3ヶ月後-




「その9163187、町娘総選挙で俺の推しに投票しなかった。その9163188、昔飼ってた猫がブサイクだった。その9163189、なぜかパスタを箸で食う。その9163190、蹴球のときの走り方が気持ち悪い。その9163191……」




 前に医者が言っていたが、座っている時間が1日10時間の人は、4時間未満の人に比べて死亡リスクも15%高まるという。


 尚俺は1日10時間どころか、3000時間以上連続で座っている。


 でも意外と平気な俺。


 多分、チートスキル覚醒者としてのパラメータがそうさせているのだと思う。



 さて、今の俺の位置の半径三百メイタンには何の建物もない。

 俺達のテーブルの周りにあるのは、土がむき出しになった大地だけだ。


 俺たちが移動したわけではない。

 移動したのは、俺達ではなく、

 俺達がいたあのレストランが、あの広場が、あの街が、城壁ごと、住民ごと、石畳ごと、北西五百メイタンの位置に移動したのだ。

 


 全ての避難行動は、のために行われたことだった。


「へぇ……あなたが人間界最強の勇者なのね?」


 彼女―――魔界の女王こそが、その存在だった。


 この町をハイドラゴンが襲ったように、様々な村や町がモンスターに襲撃され、時に滅ぼされているその元凶。



 罪のない人々の住処を平気で蹂躙する外道には俺も怒りがわくし、今すぐにでも戦いたいところだが、色々わけあって自分から動くことはできない。


「絶望を味合わせてあげるわ、覚悟なさい!」


 そう言って、何らかの魔力を放つためか臨戦態勢の構えをとり、禍々しいオーラを放ってくる女王。



 ……ちょっと待て。



 ……え?

 終わり?




 口上、そんな短くていいの?

 モンスターたちの頭領なのに?



 普通こういう局面って、すっごい長ったらしい口上を喋るもんだと思ってたんだけど。



 今思えば、こんなこと考える俺の感覚は、かなりマヒしていたと言ってもよかった。




「……【シャイニングフレイムバスター】」

「ギャアアアアアアアアア!!!!」


 ぺルラたちの偵察によって俺をしのぐほどのレベルではないことが明らかになっていた魔界の女王は、俺の最大火力の最上級魔法によってあっけなく(本当にあっけなく)葬られた。


 数年ぶりに、この世界を襲うモンスターの脅威はなくなり、平和が訪れたのだ。


 だが、俺にとっての本当の脅威は去っていなかった。


「その9163187、サ行の発音に若干クセがあってキモい。その9163188、トウモロコシの食べ方がキモい。その9163189、スライムを絵に描いた時なぜか目と口を描いてる……」

 



「おい女王死んだぞ!!! 世界平和になったから!!! 俺追放してる場合じゃないから!!!」




 俺が怒鳴り立てるように叫んでも、両肩を掴んで揺さぶっても、目の前の勇者は微動だにせずに理由を述べ続ける。


 最早魔界の女王の力すら超越した何かの力すら、俺は感じていた。



















-1年後-



















「その41937472、ヨーヨーのシューティングスターが下手。その41937473、演劇女優のチラシを俺に譲ってくれなかった。その41937474,演劇が好きなくせして自分は演技が下手。その41937475……」


 もう俺、このまま一生ここで暮らそうかな……


 静かにそんな決意を胸にしたのは、ふと窓越しに街の様子を見たある日の朝の事だった。



 この一年で、この界隈もずいぶんと様変わりした。



 店の周りには人間たちの勝利を記念する博物館がたち、周りの庭は子供たちの遊び場になっている。

 魔界の女王の脅威を乗り越え、人類が平和を取り戻した証拠と考えると、俺のやったことは無駄ではなかった、と思えてうれしくなる。


 俺たちはというと、魔界の女王を倒した英雄、アントニオと、そのパーティーメンバーの勇者(理由を述べている途中なので追放扱いにはなっていない)、エスターという歴史の生き証人として、街一番の、どころか国では王に次ぐ有名人と化している。





 ともかく、冒険者としてこの世界に生きた証を残す、くらいのことは十分すぎるほどやってきたつもりだ。

 だから、思ったのだ。一生このままでも悪くないんじゃないかって。

 

 別に今のままの状態でもちょっと工夫するだけで生活できてるし、エスターたちを見返すためのことなら、十分すぎるほどやってきたもんな……


 ぺルラとの結婚式も挙げたし……

 商売で一生座って生きていけるくらいの金銭は稼いだし……


 そんな考えが頭をよぎった、ある昼過ぎのことだった。

 



「……以上が追放の理由だ」




 ……え?

 最初、エスターの声だと認識できなかった。



「この42353432の理由を以て、俺たちはお前を追放する。わかったか、アントニオ?」




 あ、終わった?

 え、嘘!?



 口をようやく閉じて、こっちをまっすぐに見据えるエスター。



 一生座ったまま、パーティー追放の理由を聞き続けて終わるのかと思われた俺の人生は、今あっけなく解放された。




「じゃ、じゃあ俺はもう、お前たちから逃れて自由に暮らして良いんだな!?」

 冤罪が晴れた囚人のように、救われた表情を満面の笑みで浮かべる俺。



「俺もそう思っていた。しかし、色々考えた結果、やはりお前を追放するのは撤回したいと思う」






 ……は?






「その理由を教えてやる。そ」


「も  


 う  


 遅  


 い  


 わ  


 ッ  ッ  ッ  ッ  !!!!!!!!!」


 シャイニングフレイムバスターの最上ウルトラスーパーサヨナラ満塁ホームランイエローカード級強化魔法を、俺はエスターにぶちこんだ。

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