45.恒星系離脱―14『デブリーフィング―4』

「まずは本艦の現状――恒星系離脱航路の消化状況ですが、これについては先ほど副長がおっしゃった通りですので割愛します」

 まずは前置き。

「本日受信した最新版の深宇ギャラ宙航クシー天案ウェザ内配ーリ信情報ポートは、本艦、当星系進入時点で入手したものと数値変動ありませんでした。したがって遷移可能領域に到達し次第、裏宇宙への移行は可能です」

 そこで一旦、言葉を切る。

「本艦予定航路についてですが――」

 埴生航法長は、短めのボブにまとめた栗色の髪を揺らすと、ふたたび話しはじめる。

「現在位置たる、ここ〈幌筵〉星系〉」

 艦橋にいる者全員が見るなか、星図の端に赤い輝点が灯った。

「そして、目的地である〈砂痒〉星系」

 赤い輝点とは反対側の端に、今度は青い輝点がまたたく。

「この二点をむすぶ航路を標準的な設定算式で構築すると、このようになります」

 言葉と同時に一本のラインが星図の上にあらわれる。

 蛇がうねくるのにも似て、各処でゆるく蛇行をくりかえしながら星々の間を縫うように伸びる水色のライン。

 大倭皇国連邦の主権領域をほぼその内部におさめる渦状肢――〈パノティア〉肢の中をすすむ航路である。

「参考までに表示をすれば、司令部からの命令を受領した時点ではこうなっていました」

 更にもう一本のラインがあらわれた。

 矢の指す先は〈砂痒〉星系――当然、それは変わらない。

 しかし、その始まりは、〈幌筵〉星系はおろか、星図に表示されているどの輝点――恒星でもなく、表示域のギリギリ……、おそらくは図示されている範囲の外にあるのだろう。くすんだオレンジの矢印――そもそもの予定航路と〈幌筵〉星系経由となった修正航路たる水色のライン、その双方の間には、けして無視のできない空漠きょりがひろがっていた。

 なまじ、先の水色のラインと、その途中から軌跡がほとんど重複しているだけに、寄り道によって失われた時間が容易に想像できた。

「う~~ん」という呻きにも似たささやきが、低くちいさく艦橋内のあちこちで漏れる。

 こうなるに至った状況を、経緯を知らないワケではない。

 しかし、あらためて可視化され、ハッキリ突きつけられると唸らざるをえない――そんなところか。

『可及的すみやかに〈砂痒〉星系に到達、進入のうえ、当該星系状況を精査せよ』

 これが、〈あやせ〉に達せられた司令部よりの命令である。

 やむを得なかったとはいえ、現状はそれを満足させづらい状況なのだ。

(村雨艦長を除き)誰もが難しい顔になるのも当然だった。

「そこで、これです」

 埴生航法長の言葉と同時に新規のラインがまた星図の上にでてくる。

 目を射るように鮮やかな青色のライン。

〈幌筵〉星系を発し、矢印の先――終端部が〈砂痒〉星系につながっている点は変わらない。

 しかし、同一な点はそこだけで、あとはまったく異なっていた。

 提示された新しい航路ラインは、先の二本のラインと異なり星々の間――〈パノティア〉肢内部を進むようにはなっていない。

 銀河天球図における北極――銀河系の中心から南東方向へ、こまかなカーブはあれ、大局的に均せば渦状肢の彎曲に沿っている二本のラインに対し、三本目となるそれは、まずは真東に向かって伸びていた。

 そして、渦状肢と渦状肢の間――恒星がほぼ存在しないギャップに入ると向きを転じて、あとは先の二本と同様南東方向を目指している。

 ざっくり、平行線的な関係と言えるだろう。

 つまり、決定的に違っているのは、

 星々の間を縫って自国領域内を進むか、

 それとも、ずっと虚空の公宙を行くか。

――その一点に尽きた。

 一見するとムダに遠回りしているとしか感じられないコース取り。

 すでに遅延が発生しているのに、更に遅れが昂じそうなコースだ。

 しかし、もちろんそんな事はなくて、熟練のスペースマンの目には明確にメリットが読み取れていた。

「これは、また……」

「すごいな……」

 実際、その点を見て取ったコマンドスタッフ達が、今度は感嘆の声をもらしている。

 中には頭上にもちあげた指先で、ラインをなぞって何やら数えている者の姿もある。

 一体なにをカウントしているのか?

 それは、

「半分以下かよ……!」

 すこし興奮した声で当事者――鳥飼砲雷長が自らあかしてくれた。

「こりゃあ、どエラくジャンポイントの数を削りまくってるじゃん!」

 勝ち気な面立ち――髪をベリーショートにしていることもあって、マニッシュな感じがより強調されている顔をすこし興奮に染めて、そう言った。

 そう。

 水色のライン、

 橙色のライン、

 青色のラインは、わかりにくいが、実はいずれも実線ではなく破線だった。

 鳥飼砲雷長が『遷移点』と呼んだ白い輝点で複数の箇所に分割されている。

 ラインの流れを目で追い、指でなぞっていくと繰り返し白い輝点が現れる。

 白い輝点が句読点めいて、それぞれのラインをこまかに裁断しているのだ。

 そして、水色、橙色のラインに較べ、青色のライン上にある輝点は少ない。

 砲雷長は、その句読点――遷移点のラインごとの数差に気づいたのだった。

 遷移点とは、言葉の通り、航宙船が超光速航行をおこなう開始点であり、また終了点である。

 その数が少ないという事は、つまり、一回あたりの遷移で超越をする距離が長大だという事。

 恒星間移動で時間を要する箇所パートは遷移と遷移の中継ぎだから、効果の程は言うまでもない。

 複数回の遷移が必要な長距離航行においては特に、所要時間の総計が一気に短縮されるのだ。

 精査しなければ断言できないが、もしかすると遅れを取り戻すことさえ出来るかも知れない。

「すッげ……!」

 鳥飼砲雷長が、感嘆に息をのんだのも当然だった。

 が、

「でも、待ってくれ?」

 そこで首をかしげたのは、飛行長の狩屋大尉である。

 鳥飼砲雷長とも通じる鋭利な印象の顔――その眉を寄せ、疑問の言葉を口にした。

「長距離におよぶ超光速航行を実行するにあたり、遷移抵抗のすくない空隙内を航路に定める――その事自体は理にかなっているし、了解もできる」

「だが――」と続けて、

「それだけに、この星系を離脱した直後の航路設定がよくわからない。単に〈パノティア〉肢を横切って空隙に入ればいいだけと思うのに、不必要な遠回りをしているように見えるんだが?」

 先の砲雷長と同様、片手を持ち上げ、問題の箇所を指し示してみせた。

 話者の意図を即座にんだ〈纏輪機〉が、〈幌筵〉星系から銀河空隙へと続く青色のラインの途中――天球図の縮尺的に〈幌筵〉星系にほぼ接するあたりに輝点ポインターを点し、クルクルとめぐらす。

 同時に、指摘された部分を新たに開いたウィンドウ内に拡大表示させた。

「お~、そう言われてみれば確かにそうな」と鳥飼砲雷長。

 実際その通りで、大縮尺の図だと一目瞭然だった。

 表示のオーダーが数千光年から数百光年レベルになった結果、たとえば、直線だと思っていた航路の部分が、実は曲線の連続であったこと等が判明する。

 そうして見ていくと、狩屋飛行長が指摘した箇所は、一言で言うなら『L』字を描いているのだった。

 埴生航法長が提示した航路――青いラインは、その詳細までもを把握できるようになると、〈幌筵〉星系を離脱した後、まっすぐ銀河空隙を目指してはいない。何故だか、まずは大きく斜め横方向に進路が逸れて、その後、ほぼ直角に折れ曲がり、ブーメランのように本来の航路に回帰していたのだった。

 常識的に考えるなら、狩屋飛行長が言うとおりの『不必要な遠回り』としか思えないコース設定だ。

 しかも、それ以上に不可解なのが、そうしてL字に屈曲している航路に遷移点が開始点と終了点のふたつしか無いこと。

 遷移の航路チャンネル設定――超光速航行は直線的な航路ででしかおこなえない。

 そういう制約があるにもかかわらず、L字の屈曲点に遷移点を示す輝点が無い――超光速航行が継続できず、一旦、遷移を中断しなければならない筈の箇所に切れ目が存在しないことだった。

「つけくわえて言うと、それは目的地へのも同じく、だな」

 狩屋飛行長が疑問点を追加した。

〈纏輪機〉が、その言葉に反応してまたウィンドウを開く。

 自分たち、このフネ――〈あやせ〉が目指す目的地、〈砂痒〉星系。

 大倭皇国連邦領ではあるが、パノティア肢内ではなく銀河空隙にうかぶ孤独な恒星系。

 その恒星系へ進入するのに、やはり青いラインはその末端がほぼ九十度――あり得ない角度に曲がっていた。

「まぢかぁ~」

 タイプが似ているからか、多分、仲が良いのだろう――鳥飼砲雷長が相の手と言うか、また声をあげる。

「本星系離脱から空隙進入までの航路設定は実はテストで、〈砂痒〉星系へのアプローチは、その結果しだい――まだ未確定ということ?」

 つぶやくように言ったのは、羽立情務長。

 逓察艦隊を逓察艦隊たらしめる、高位情報を専門にあつかう情務科――そのトップだ。

 不健康と思えるくらいに白い肌と、外部からその瞳をうかがい知ることのできないびん底メガネが特徴的な女性士官である。

「……お見事」

 肉声のままでは聞き落としていたかも知れないが、ここでも〈纏輪機〉は完璧な仕事をこなした。

 ある意味、このフネの主役的な存在でありながら、本人の性格からか、あくまで裏方でありつづけようとする人間の発言、また、その内容に、コマンドスタッフ達は一様に目をまるくする。

「……お見事」

 おなじく、〈纏輪機〉がひろった呟き声が、ふわりと艦橋内に漂った。

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