44.恒星系離脱―13『デブリーフィング―3』

「はい」

 難波副長の指名に、ひとりの女性士官が返事し、同時に〈纏輪機〉がそのアバターを画面の中央へ、表示自体もかるくズームして、居並ぶコマンドスタッフ達から抜き出すように強調表示クローズアップした。

「では、機関科より緊急遷移訓練についての報告をさせていただきます」

 穏和そうな、軍人と言うより学者と呼んだ方がしっくりくるような、知的で落ち着いた雰囲気の女性が口をひらいた。

 大庭機関長。

 階級は大尉。

〈あやせ〉コマンドスタッフの中では、(村雨艦長を除いて)もっとも年かさのベテランである。

 先ほどの村雨艦長と難波副長の間のやりとりでも、もしも進展が手詰まりに、そして、もっと険悪な雰囲気になりかけたなら、きっと何かガス抜きの一手をうってくれたに違いない――そう同僚たちに信頼されている、いかにも『大人』な女性であった。

 難波副長がバリキャリ型だとすれば、大庭機関長はゆるキャリ型といったところだろうか。

 とまれ、

「機関部は、特機、主機ともに異常ありません」

 大庭機関長は、なめらかな口調で報告をはじめた。

「特機側監督官は、風巻特機長。訓練時における〈常軌機関〉の臨界応答速度レスポンスは、コンマ〇〇三のマイナスで誤差許容範囲内。〈〉の作動も正常。度測定の結果は規定値下限以下にてクリア。〈幌筵〉星系への寄港時間を利用してA査定下限にあった部品を過早交換しましたが、それにともなうシステム全体での不具合は確認されずとの報告を受けています。――判定はグリーンです。試験の妥当性は、主電算機が確度九〇・七パーセントと判定。

「主機側監督官は、嘉村主機長。訓練時におけるテストはにて実施。実機稼働は暖機試験アイドルテストフェイズまで。実施科目は全力噴射、および咄嗟とっさ加速。検証項目は、反応室温度、推進剤渦流制御、対消滅反応励起所要時間。いずれも規定値をクリアと報告ありました。――判定はグリーン。試験の妥当性は、主電算機が確度九八・三パーセントと判定。

「よって特機、主機ともに戦闘使用可能と判断します」

 よどみなく訓練結果を詠みあげた後、機関科からは以上ですと報告を終えた。

「了解」と難波副長がうなずく。

 主機、そして特機。

〈あやせ〉――いや、〈あやせ〉のみならず、大倭皇国連邦(精確には、その友邦国家群)が保有している航宙船は、フネを推進するエンジンとして二種類のそれを船体に据え付けられている。

 ひとつは『主機』

 反動推進機関で、対消滅反応、核融合反応と、推進力を得るためのエネルギー変換方式に違いはあるものの、いずれも通常の宇宙――常空間で使われる推進装置。

 そして、もうひとつが『特機』

〈常軌機関〉と呼称される大倭皇国連邦(および、その友邦国家群)のみが運用している特異な超光速駆動機関。

 己が起居している宇宙ではなく異なる宇宙――『裏宇宙』へアクセスするための遷移装置の二種類である。

 これら二種類の機関は、それが組み込まれている位置も異なり、そのせいもあって、それぞれに管理者が設けられている。

 主機長、特機長がそれだ。

 そのいずれもから『異常ナシ』との報告を大庭機関長は受け、(自分でもチェックを入れた上で)統括責任者として、その旨を更に上へと達したのだった。

 難波副長は、フムと頷きながら親指と人指し指の二本で顎をつまみ、視線を脇に流すと訊ねた。

「船務長、情務長、砲雷長、飛行長は何かあるか?」

 部署単位ではなく、四人の科長へまとめて言った。

 十把一絡じっぱひとからげの雑な扱いとも見えかねなかったが、そうではない。

 先刻の緊急遷移訓練において、メインとなるのは主計、機関の二科。

 乗員の心身健常度、また訓練に対する熟達度、

 推進装置の動作に異常が見いだされるか否か、

――訓練主題テーマがそれだったから当然だ。

 ほとんどの科長にとって、いまの時間は情報共有が主目的である。

 それ故、難波副長に問いかけられた四人の科長は一様に「いいえ」と答えた。

 デブリーフィングは、これで終了である。

 が、

「では――」

 と、難波副長がふたたび口をひらく。

「では、次に、のはなしを始めよう」

 そう言うと、

「航法長、たのむ」

〈あやせ〉全七科のうち、最後にのこった航法科の長――埴生大尉を指名したのだった。

 途端、

「えぇ~~ッ!?」という不満をたっぷりたたえた声が、艦橋内にこだまする。

 きいろく幼さを感じさせるその声は、声量は十分(すぎる程)だったが、しかし、所詮はただの一名分。

 不平、非難に賛意を示す者は他になく、艦橋内はシンと静まりかえったままだった。

「わかりました」

 声の主には意外だったかも知れない。

 しかし、難波副長から『たのむ』と言われた当の相手も、少しも驚いた様子はなくて、〈纏輪機〉画面の中でうなずいている。

 事前に(村雨艦長を除いて)難波副長による根回しが済んでいたのだ。

 一人、ぶ~たれている人間が期待していたようには、『ハイ、解散』とならなくても、誰もなにも言わなかったのはその為だった。

「では、航法科からは、現在の本艦航行状況と今後の航行予定について報告させていただきます――よろしいですか?」

「ウン。それでいい」

 あらかじめ決めてあった段取り通りすすめて良いか打診してきた部下に難波副長はうなずいてみせる。

 心の内はわからない――そう言いたいところだが、声に隠しきれない満足げな響きがあったことから、(多分)『ざまぁ』とでも思っているのではなかろうか……。

 とまれ、

 再三再四の繰り返しになるが、大倭皇国連邦宇宙軍逓察艦隊所属艦たる二等巡洋艦〈あやせ〉は、現在、作戦行動中である。

 突然、音信の途絶した国境星系〈砂痒〉の動静を確認せよとの命令を受け、それに従い動いている最中であるのだ。

 それが、不測の事態によって乗員に欠員が生じてしまい、急遽、定数を満たす――戦闘力を恢復させねばならなくなった。

 なんとか寄港先にて充員こそかなったものの、質の面はやはり不十分。

 だからこそ、全乗員を対象として、執拗なまでに各種の訓練を繰り返した――繰り返さざるを得なかった。

 そうした状況が、つい先刻の緊急遷移への対処行動を求めたものの完了にて、すべて終わった。

 まったく想定外の航路変更、それにともなうひっぱく、徹頭徹尾(?)、軍務に不熱心な子供艦長、上に影響されてか士気に緩みがまま見受けられる乗員たち――(主に難波副長が自分目線で判断するところの)障害をあげたらキリがなかったが、とにかく限られた時間の中にて、出来ることはすべてやったのだ。

 であれば、いよいよ『次』についてを話し合い、決めて、意識を統一しておくべき時だった。

シーリングスクリーンを使ってもよろしいですか?」

 埴生航法長が許可を求めた。

 ビルトイン式の機械類、ディスプレイの類いがいたる所に顔を出している四周の壁面、床面と異なり、天井は平滑な面がのっぺりひろがっている。

 その広大な平面を艦橋に詰めている者共用の大画面としてもちいることの許可だった。

「どうぞ」と難波副長が応じると、コマンドスタッフ達の頭上――天井直下部分に星図が立体投影されて映しだされた。

 背景は闇黒――天井の色が変わったか? と錯覚するほどの範囲が宇宙の色に置き換わる。

 そのか黒くも透明な領域に無作為にちりばめられた感じで表示されている白い点群は星々だ。

 あらかじめ、議題として語るべき部分のみが抜き出された〈ホロカ=ウェル〉銀河系渦状肢のひとつ。

 銀河天球図――その部分拡大表示であった。

 そうして、シーリングスクリーンの用意が完成するのと同時に、艦橋に詰めている者すべての座席が、機械音声にて背もたれがリクライニングすることを通告している。

 仰向けに寝そべる格好で、着座者たちが自然と天井を見上げる角度に背もたれがゆっくり後傾していった。

「では始めます」

 聞こえていた微かな音――座席の動作音が完全に消えると、埴生航法長は説明と報告の言葉を口にしはじめた。

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