43.恒星系離脱―12『デブリーフィング―2』
あまりにしつこい……、もとい、熱心すぎる難波副長のお説教……、もとい、要請に、
「もぉ! いいじゃんいいじゃん。そんな堅ッ苦しいことばっか言わなくっても! 難波ちゃんだって、そう遠からず艦長になる身なんだから、アタクシ様に遠慮なんかいらない。人にウダウダ泣き言いう前に、練習と思って一発、ど~んとやっちゃいな! 艦長であるアタクシ様が許可する。許可をするから、ど~ぞ委任をされちゃって!?」
――と。
どうしようもなく、ここまで上官ふたりのやりとりを聞きつづけていたコマンドスタッフ達だが、この一言にはさすがに、『うわぁ……』と引いてしまった。
なんたる無責任――そう思ってしまったからだ。
現在、〈あやせ〉は作戦行動中である。
途中、寄り道こそしたが、それは割れてしまった要員定数の恢復が主な理由である。
しかし、理由の
問題もかかえこんだが、とにもかくにも、かたちの上では戦力発揮の前提条件は整えた。
フネは、これからいよいよ本格的に荒事(になるかも知れない)地に踏み込んでいく。
であればこそ、フネの大方針を決定し、全員の意思統一をはかり、たとえ不測の事態が生じても万全の態勢で事にあたれるようにしておきたい。
今日、つい今の今まで繰り返しおこなってきた総員にての各種訓練は、新兵育成の他にそういう意味合いもあった筈なのだ。
それを村雨艦長は、明確なかたちで否定した。
いや、本人にそこまでの考えがあったかどうかはわからないのだが、少なくとも難波副長はそう受け取ってしまった。
だから、キレた。
与えられてある任務に対する真剣みと誠実さ。
預かっているフネ、また乗員に対する責任感。
自身の言動への反省や自制しようとする意志。
――いずれも皆無と知って、ぶちキレたのだ。
「……わかりました」
難波副長は言った。
怒りも限度を越えるとこうなるのだろうか――静かでまったく
「艦長がそう仰るのでしたら、今後は私が指揮采配をとらせていただきます」
まるで弔鐘のようだ――コマンドスタッフ達の誰もがそう思った。
ダレた声から
これまで村雨艦長が問題行動をひきおこす度、難波副長は(時に実力を行使してでも)懸命に更生させようと頑張ってきた。
だが、いよいよ〈あやせ〉が『戦場』に踏み込もうとしている今、なお言動をあらためようとはしない相手にそれを諦めた。
見限ったのだ。
(村雨艦長以外の誰もが)唾を飲み込んだ。
覚悟しなければならない――そう思っていた。
『努力と献身』――
自分なりの『解釈』をそこに加えることは許容してくれるだろうが、それも、『使命』をまっとうする意志のあることが前提。
これまでは村雨艦長のスチャラカさで、なぁなぁになっていた部分が今後はなくなる――そういう事だ。
まぁ、軍人として、軍艦として、任務を遂行するにあたっては当然の――常識以前のことではあるのだが……。
とまれ、
「主計長」
おもむろに難波副長は口をひらいた。
指揮権委譲後の第一声である。
「は、はい!」
ふいに名前を呼ばれ、後藤中尉の背筋がピンと伸びる。
「新兵の――田仲深雪一等兵の
「わかりました」
兵科の各部署より自分からの報告が優先されたことに少し意外さと驚きを感じはしたものの、てきぱきとプロファイラーを立ち上げ、要求されたデータを後藤中尉は呼び出した。
「本日以前に実施された各種訓練についての評価は割愛させていただきます」
減圧、火災、放射能、耐G、退艦、戦闘etc.――習熟度合いが問題となる訓練の評価については省く旨をまずは口にする。
「緊急遷移訓練――〈A・B・C〉プロトコル準拠の媒体導通レベルのみに報告は限定するものとしますが、構いませんか?」
そう問いかけた。
「ああ、もちろん。それで構わない」
難波副長が頷く。
〈A・B・C〉プロトコル。
〈
〈連帯機〉を主たる対象とする
〈連帯機〉は、乗員同士を接続し、情報を共有させる広義のネットワーク統括機器だが、そのネットワークを構成する接続機器群のうち、もっとも性能面でのバラつきが大きく、かつ動作が不安定な部品こそが『人間』だった。
難波副長が要求し、後藤中尉が提示しようとしている田仲深雪一等兵についてのデータとは、つまり、彼女が、
〈連帯機〉とは、そもそも航宙船の超光速航行――遷移の危険から乗員を保護するために考案され、製造され、運用されている機械だ。
だからこそ、遷移時に構築される〈連帯機〉ネットワークに参画できない――〈A・B・C〉プロトコルの要求する基準をクリアできないとなると、別個に保護措置を講じる必要が生じる。
民間船の旅客のように、『乗員』ではなく『荷物』として扱う――意識を完全に凍結させ、遷移は
後藤中尉は該当のデータシートを難波副長のみならず、艦橋内に在席している要員すべてに配布した。
途端、
「うわ……」
「すごいな」
「これなら問題ないわね」
「いやいや感度抜群かよ」
自席に送信されてきた
「詳細検証は未了ですので、収集された生のデータをベースに私の個人的な所感を加えた暫定評価であることをご了承ください」
念には念をで後藤中尉は断りを入れた――可愛い部下に過度の期待がかからないよう。
「〈A・B・C〉プロトコル準拠の適合検査では、田仲深雪一等兵の〈連帯機〉親和性はカテゴリ七をマークしています」
全一〇段階で区分される適合度のうち、ほぼ最高レベルと言える、それは判定だからであった。
当然、
「みこみこ……、と、もとい、古森伍長にやや劣るくらいのレベル、なのか?」
「もしかして……、もしかして、〈巫女士〉の素養がある……?」
後藤中尉が懸念したとおり、そんな囁きが漏れ伝わってくる。
訓練終了後、船医も兼ねる身として全乗員の生体情報を含めチェックしている段階で、中尉自身も同様の感想を抱いたから、同僚たちがそう思ってしまうのはよくわかった。
このままでは良くない――いまでも一杯一杯で、でも頑張っている部下のためにも、ここで
でも、どうすれば……?
と、
「深雪ちゃんにゃ~、皇家の血なんて流れてないよ~」
ざわめきかけた艦橋内に、すこし眠たそうな、気の抜けた声がふわりと拡がった。
〈連帯機〉越しの声。
村雨艦長の声だった。
〈あやせ〉載新参の新兵が、
〈巫女士〉
生まれながらに異能を有した特技兵。
ふるい血筋の家にのみ出生する魔女。
家系を遙かに
〈あやせ〉にも、一人の魔女が人間兵器として乗り組んでいる。
古森みこ伍長――『姫』と渾名されている年まだ若い魔女が。
たった一人の存在が、自艦の生残性向上におおきく寄与する。
もしかすると、もう一人?――そう期待するのは当然だった。
が、
「……だいたいサ、素質があったところで訓練もなにもしてない小娘に、いったい何を期待するっていうんだわさ……」
まるで、とどめをさすように、アクビまじりに付け加えられれば、確かにそうかと諦めるしかない。
艦橋内は元のとおりの静けさを取り戻した。
「田仲深雪一等兵の訓練結果は以上の通りで、〈連帯機〉連携については問題ないと判断します。あとは、心理面の耐性付与の観点から、
後藤中尉は、また、いつもの気まぐれかしらんとは思いながらも村雨艦長に一応の感謝を捧げつつ、難波副長への報告をまとめて終えた。
「ウン。申し訳ないが、そこまでの余裕はない。主計長には負担をかけるが目配りを頼む」
「わかりました」
やっぱり無理か――予想通りの返答に、すこし気落ちしながらも後藤中尉はうなずく。
遷移未体験なのは明らかな部下を大事にあつかってはやりたいが、確かに、そのための時間はもう残されてはない。
「では、次だ――機関長、報告を」
難波副長はそう言って、別の部下を指名した。
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