38.恒星系離脱―7『月月火水木金金―3』
「わッ、わッ、わぁああ~~ッ!?」
通路を全力疾走してる途中で、ちょっと足がもつれちゃったんだ。
何故って、ペタペタひっついてきて走りにくい事この上ないから。
クソ!
このフネに限らず、およそ戦闘航宙艦の艦内通路は、その表面に粘着性をもたせた
艦内の人工重力が不意に失われた時、それによって発生する混乱を少しでも軽減させるための工夫と教えられたけど、おかげで微妙にタイミングがずれるっていうか走りにくいったらないんだなぁ。
いや、まぁ、日常的にはさして気にならないレベルだし、実際、今まで気にしたことはない。(もちろん、
が、
今のアタシにとっては別。
邪魔くさくって仕方ない。
だって警報が鳴ったのよ!
ここのところ、しょっちゅう実施されてる訓練の!
ホラ、今だって、
『緊急
副長サンの声が、鞭打つ響きで指示を繰り返してる。
告げられてる内容はアレだけど、あくまでもこれは訓練よ、訓練。訓練の筈。
でも、訓練だっても一生懸命……、もとい、
首に巻いてる
現在位置の変化はもちろん、脈拍や呼吸、その他パラメータを見れば、その個人が真剣な対応をしてるかどうかは一目でわかっちゃう。
まぁ、そんな考課絡みを抜きにしたって現時点でのアタシはスペースマンとして半人前以下――最終的には自分の命にかかわってくる訓練だから、全力で取り組むのなんて当然ですけどね。
だから、これまでエントリーしてきたどの競技会よりも全力をだしてアタシは走った&走ってる。
あぁ、もう今日は寝起きからいきなり豚……、と、もとい、トンデモない話は聞かされるは、その後、
「いや! ダメよ深雪!
足をとばしながら両方の
グングン進む。
時折、人とすれ違った。
アタシの(多分)走る勢いに驚かれたり、励ましの声をかけてくれたり、無言のままだったり――人によって対応はいろいろ。
短い期間だけれど、これまでの日々で見慣れた通路、その周辺――はるかに先や通りすぎた後ろの方、交叉している通路の奥やエレベーターといった具合に、フネのあちらこちらが騒がしい。
実際の光景は見えず、音は聞こえなくても、バタバタとした空気が伝わってくる。
警報を耳にした(非番以外の)全員が、指示に従い対応に追われているんだろう。
自分の命、考課――気にしているモノが何なのか、それは個人個人で違っているかも知れないけれど、共通してみんな真剣だ。
訓練――それは間違いない(と思う)。
減圧、火災、放射能、耐G、退艦、戦闘etc.――立て続けな
でもなぁ、『緊急遷移』に〈連帯機〉――この二つの用語は知らないんだよねぇ。中尉殿にも御宅曹長にも教えてもらっていないし、知識にない。
遷移というのは星から星へ――外宇宙を渡る航宙船がおこなう光の速さを超越した移動を指し示す語。
それくらいは知ってる。
だけれど、それが緊急?
でもって〈連帯機〉にリンク?
直訳(?)するなら、『急を要する遷移を実行するために、乗員すべてが〈連帯機〉とリンク――
なんじゃ、そりゃ?
どうにも、よくわからない。
そもそもアタシ〈幌筵〉星系から外に出たことないもんなぁ。
遷移だなんて、この
プリフェクト・マッチの結果次第じゃ初体験の可能性もあったろうけど、結局、レッドカードのせいでパァになったしね。
人生、なにがどう転ぶのかなんてわからないけど、こんな事になるとはまったく思いもしなかった。
通路が交叉している角を曲がる。
主計科室。
〈ノッカー〉に掌を当て認証を待つ。
『田仲深雪主計科員が入室しました』
ドアが開ききるのを待っているのももどかしく、機械がそう告げているなかアタシはわずかな隙間に身体をねじこむようにして部屋の中へ滑りこんだ。
とりあえず、ゴールイン!
自分の席に急ぐ。
すこし乱れた呼吸を整えながら階段通路を降りていく。
いまは座る主の不在な中尉殿の席を通りすぎ、その
「おっはよ~さん。以前と比べてずいぶん早くなったじゃん。今回はダメ出し喰わずに済みそうだねぃ」
にんまり顔で曹長が、自分の席からこっちを見上げてた。
「おはようございます」
当の本人からは、堅苦しいから省略可と言われてるけど、当然、『ハイ、わかりました』と従える筈もなく、敬礼を送る。
てか、『以前と比べて、ずいぶん早くなった』とか、『今回はダメ出し喰わずにすみそう』だとか、余計なことは言わなくていいのに、もぉ!
それアタシの(新しい)黒歴史なんだよ、ホントに!
訓練の度に、『失格→死亡』、『失格→死亡』って判定喰らってばかりだと、心が折れるってか、まぢトラウマるわ!
非常事態に対処するための訓練なんだから、むしろ厳しくなければおかしいのかも知れないけれど、ホラ、アタシって兵隊としてはおろか、スペースマンとしての土台もイマイチあやふやじゃない?
それで他の
『警報が鳴ったら何を置いても
それがまともに達成できたのは今回がはじめて――ようやく白星一個をゲットだぜ! なレベルなんだものなぁ。
からかわれるのも仕方ないっちゃ仕方ない、か。
「ま、ま、落ち込むなって。つ~か、訓練の本番はこれからなんだぜ?〈メロメロ〉の準備はもう済ましてあるからさ」
次行こ、次――自分の席に腰をおろして認証作業をやってる途中で、そんな慰め(?)の言葉が降ってきた。
「は?」
疑問が吐息となって唇からこぼれる。
ま~た、知らない単語が出てきたよ。
目の前のコンソールが起動し、同時に〈纏輪機〉の画面が明るくなる。
「あの……、『めろめろ』って何ですか?」
開口一番、御宅曹長に質問をぶつけた。
俗語か隠語みたいだけれど、一体ナニ?
「え……?」
ところが、今度は曹長の方がキョトンとした顔になる番だったよう。
いや、そんな世の常識について質問されたって顔をされても知らないものは知らないですよ。
「あ、あぁ~、そっか、そっかぁ」
時間にすれば、たぶん二、三秒。
あんぐり明けてた口をとじると、御宅曹長の顔が笑みを形づくっていった――邪悪な感じに。
「にゃるほど。深雪、はじめてなのか。でもって、中尉殿からも誰からも、まだ何も説明を受けてない、と」
ウンウン、一人で頷きながら、
あ~、コレ、絶対なにか企んでる顔。
「にっひっひ……。〈メロメロ〉っていうのは、さっき副長が全艦通達で〈連帯機〉って言ってたヤツの通称な。つ~か、〈連帯機〉というのも、〈独立自我管制共有結合システム〉って正式名称の通称なんだけど、そいつを更に砕いた俗称が〈メロメロ〉」
なるほど。
ワケわかんなさが増しただけな気もするけど、せっかく説明してくれたんだ。アタシはコクリと頷いた。
「ま、簡単に言うと、『痛い』とか『熱い』とか『何かに触れてる』といった、人それぞれ固有の感覚情報や体性情報、プラス個体識別情報とか強制認識符号だとかをやりとりする機械。そういった情報群を機械を介してリンクしている者同士に提供し、共有させる仕掛けのことさね。
「長ったらしいし、ややこしいんで、〈連帯機〉、もしくは〈メロメロ〉、どっちかの呼び名が一般的になってんの。
「〈メロメロ〉の語源は、なんでも、『
「は? え? て、手袋、ですか……?」
ことさら強調して指示され、ほとんど反射的にアタシは両手を持ち上げていた。
「そ、そ。もうすぐにもカウントダウンが開始されるだろうから、まずは身体を動かしてこうぜ」
ホレ、急ぐ急ぐ、と催促されて、アタシは座席のアームレスト脇に開口しているポケットに収納されてる手袋を手に取った。
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