37.恒星系離脱―6『月月火水木金金―2』

 駆け落ち。

 許されない恋の道行き。

 禁じられた愛の逃避行。

 うわわわ、気持ち悪ッ!

 兵員室の二段ベッドと二段ベッドの間の谷底――通路に立って、アタシはほとんど悲鳴な感じで叫んでた。

 飛行(一)科にたむろする赤ちゃん肌のピンク色した超・巨大ナメ○ジと若い女性が手に手を取って(?)、フネの乗降口をキャッキャウフフと駆け下りていく――そんな場面シーン脳裡のうりに浮かんで、『ナニそれ!? イヤァ~~ッ!!』ってなったんだ。

 その拒否反応が予想以上だったのか、アタシはすこし慌てた様子の実村曹長に口をふさがれ、袖を引かれて兵員室の外へ連れ出された。

 場所が変わって、それでアタシもすこし落ち着けた。

 空調完備の艦内で、心地よく全身をつつんでくれる船内服を着てるのに、ゾクゾクゾクッと、さぶいぼってか、総身が鳥肌だってることを今更ながらに自覚する。

「後藤中尉はともかく、やよいの奴は顔をしかめる程度だし、沙友理はをしでかすくらい連中にハマってたワケだから軽く見てたけど……」

 そうよね、こういう反応が普通よね――しみじみとした口調でそう言いながら、実村曹長はアタシの背中をでてくれた。

 ありがとうございます。そして、すみません。朝イチでみっともない姿をお見せしました。

 でも、中尉殿や御宅曹長の人外漢れんちゅうへの反応はともかく、もう一人の元・先輩は、人外漢にハマってた、ですか……?

 マヂかぁ……。

 やっぱ世の中ひろいってか、いろんな人がいるもんだ。

 誰に好意を抱こうと、それは個人の自由だけれど、クリーチャーだよ、相手は。

 たで食う虫も好き好きって言っても、ちぃとばかしゲテモノ好きが過ぎやしませんか。

 いや、まぁね。

 能田沙友理って名前の元・先輩(?)が、どんな人だったのかアタシは知らない。

 あくまでも実村曹長から今教えられたばかりの事実関係をもとに想像してるだけ。

 まず、ハッキリとわかっているのは、人外漢と一緒にフネから降りたという事実。

〈幌筵〉星系に立ち寄る以前の寄港地で、下船する二人が確認されているんだそう。

 で、帰艦時刻を過ぎても戻らなかったし、戻れない旨の連絡もなかったとのこと。

 もちろん、それだけだったら何らかの事故に巻き込まれた可能性を考えると思う。

 でもね、元・先輩だけならともかく、もう一ぴ……の未帰還者――それが問題。

 事件の場合、世間ただの人間にアレがどうこう出来るとは、とてもじゃないけど思えない。

 そして事故の場合は、やっぱり世間ふつうの人間がアレを目撃して騒ぎにならない筈がない。

 つまりは、意図して二人は行方をくらました――そう考えるのが妥当という事になる。

 一言でいえば、脱走だ。

「なんなの……?」

 アタシはうめいた。

 駆け落ち?

 駆け落ち?

 駆け落ちなワケ?

「どうして……?」

 正規の手続きを踏んで除隊もせずに軍隊から逃げだす違反行為――脱走。

 徴兵を拒否する兵役逃れでさえも公民権をはくだつされかねないのに、脱走――それも敵前逃亡とみなされかねない状況タイミングでの実行ともなれば、下される処罰は最悪、死刑。

 陸上バカで即席兵隊なアタシだけれど、それくらいの事は理解している。

 少なくとも、ドラマなんかじゃそうなっていた。

 だいたいサ――恋は盲目とか、世には数多あまた性的嗜好フェチアリとか言われているけど、それにしたって、あんな人外漢を好きになれるものなの!?

 起きた事件を字面だけで追いかけたら、導きだされる真相こたえは『駆け落ち』以外ないように思われるけど――でも! 人外漢たちと間近に接し、その実態をよく知る立場の身としては、その答がいちばん真実から遠いように思えてならない。

 だって人外漢なんだもの。

 珍種の動物を(好奇心半分で)でるとかじゃない。

 いっそ妖しい宗教関連で、『邪神ごしんたい』として敬うとかだったらアリかも知れないけれど、駆け落ちっつったら、そのままだと成就しない恋愛をまっとうさせる為おこなうものでしょう!?

 恋愛だよ、恋愛!?

 人外漢が恋愛対象とか、あり得なくない!?

 デブ専にしたってけた外れがメッチャ過ぎるってものでしょうがよ!?

「沙友理は、ずっとポニに粉かけられてたからねぇ……」

 実村曹長が、ポツリと言った。

「は?」

 ポニ男?

 粉をかけられてた?

 は?

 なにソレ?

 とまどっているのがわかったんだろう――実村曹長はクスリとちいさく笑ったのだけど、何故だかそこには苦さが含まれてるようだった。

「ポニ男というのはフネから逃げた馬頭富男のこと――仇名あだなよ、本名をもじったね」

 仇名。

 あだな。

 かたきの名前。

 アタシにとっては、ホントにその通りなのかも。

 もういないけど、何てったって人外漢だし……。

 汚い、臭い、醜い、危険なバケモノなんだもの。

 実村曹長は、淡々とした口調で更に先を続ける。

主計科あなたたちのトップの後藤中尉ね――」

 中尉殿のことにはなしが飛んだ。

「後藤中尉は、今は髪をポニーにまとめているでしょう? でも、ポニ男がこのフネでクダ巻いてた頃はそうじゃなかった。より正しくは、飛行一科――ポニ男の目に触れそうな場所へ行く時は、絶対に髪を後ろで束ねなかった。加えて、自分と同様の機会がある人間にも、警告として、にはしないよう念を押していた。何故なら……」と言って、アタシの肩口あたりをジッと眼差まなざす。

「馬頭富男ことバトー・ポニ男は、お瀆尉さまとしては珍しく、『食』の他にも欲望訴求リクエストがあったから」

……なんだかイヤな予感がする。

「飛行一科に属する鏑木、垂水、久阪の三び……人は、ヒトとしては完全にいて、欲求するのはほぼ食べるモノのみ。そのことは深雪ちゃんももう知っているのよね?」

「はい」

 アタシは頷いた。

 主計科員の業務として、家畜の世話ならぬ人外漢パイロットたちの身の回りの面倒をみるために、これまでに数回、『地獄』への門をアタシはくぐった。

 だから知ってる。

 肥ってる――そんな言葉では片付かないほどに超・デブデブなあいつらは、食べること以外に興味がない。

〈幌後〉の国際宇宙港――警備府まで中尉殿と御宅曹長がアタシを迎えに来てくれた時だって、どちらかというとそれは片手間で、食料品の補給が本命(?)の仕事だったらしい。

 御宅曹長曰くで、『りきれるくらい忙しかった』という事だけど、多忙となった原因が、人外漢たちのための食料補充。

 知ってる? 艦載されてる短艇って、母艦の補給用途にも使うけど、本来は総員退艦時に備えた救命艇だってこと。

 つまり、このフネの乗員一七二名をいちどきに乗せられるだけの積載能力キャパシティーが短艇にはあるのに、にもかかわらず、何回も何回も何回も何回も……、母艦と警備府の間を往復しなくちゃならないくらい補給品の量が半端なかった。

 もちろん、その全部が食料品だったとは思わない。(中尉殿か御宅曹長に訊けばわかるんだろうけれども、なんか怖くて質問できないでいる)

 でも、かなりな割合が食料品であったのもまた確か。

 ホント、どンだけ食べるんだよ!? という話。

『食べる事イコール生きる事』

 あながち間違いじゃないけど、あいつらの場合、ネガポジ反転した状況ケース――『食べられない事イコール死んでしまう事』と、待ったナシ&ダイレクトに直結されているのがシャレにならない。

 だから、あんなに(醜く)肥ってるんだろうけれども、でも、この場合、件のポニ男だけはそうじゃなかった――そういう事?

 つまりは食べ物以外にも興味関心を示すモノがあった、と?

「ポニ男が、どうしてポニ男と仇名されるようになったか。由来は簡単――女性のある特定の髪型にのみ、著しい執着をみせたから」

 実村曹長が言った。

 あ、なんか先を聞きたくないかも。

「なんでも、女性のもつ清楚さとしどけなさ――その双方を同時に表現可能な髪型こそが、後藤中尉が禁止したものであり、沙友理が狙われた理由。脱走さわぎの真の原因なのよ」

 ぽん、と軽く肩をたたかれる。

「よかったわね。もしも脱走犯たちが捕縛されてたら、沙友理は被告として裁かれることになったでしょうけど、ポニ男の方は、もうこれ以上堕としようがないということで、事実上、おとがめナシ。元の状態に戻っていた筈。

「そして、その場合――」

 実村曹長が、まっすぐにアタシの瞳を眼差した。

「その場合、に目をつけられたのは、深雪ちゃん――間違いなく、あなただったでしょうね」

「え……?」

 頭の中が真っ白になる。

 と、その時、フネの中ぜんぶをどよもす勢いで警報音が轟いた。

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