31.F.N.G.――Fucking New Gal

 それは数日前のこと。

 門衛の任についてよりどれ程たった頃のことだったろうか。

 ここ、〈幌筵〉警備府へ通じる通路の奥から女のあげたものらしき悲鳴が聞こえてきた。

 おそらくは一人。

 完全に度を失っているようで、叫んでいる言葉は何を言っているかもわからず、もはや獣のそれと大差ない絶叫。

「は……?」

 宇宙軍に奉職してよりそれなりの時間が経過し、下士官にもなった。

 気づけばベテランと呼ばれ、遇されるようになっていたが、そんな私が思わず間の抜けた声をあげていた。

 ま、日頃の訓練と積み重ねた経験のおかげか、意識あたまとは関係なく身体が動いて通路状況の確認、ちんあつ戦兵備の起動、警備府内への警戒行動予備待機通報等、定められてある手続きをこなしてはいたが。

 そして……、

「落ち着いたかね?」

 数分の後、私は目の前で、ゼェハァ……と息をあえがせている一人の娘に、そう声をかける事となっていた。

 声の響きと何より監視装置によって確認していた通り、人数はひとり。

 実戦経験はもとより訓練をうけたこともなさそうな民間人の若い女性。

 武器らしきものの所持はナシ。

 警備府へ繋がっている通路上数カ所に忍ばせてある保安検査機のスキャン――呼気、また発汗成分やX線を含むチェックでも薬物、爆発物等の反応はなかった。

 というか、苦しそうな息の底から娘がこちらへ差し出してきたのが召集令状。

 確認するまでもなく、本人宛かつ本人持参のもので間違いないとわかる代物。

 つまり、

 若い娘のこととて、どうやら、民間の宇宙港からこの警備府へつながる通路を歩いてくるなかで、異様な恐怖におそわれ我を失ってしまったという事らしい。

 あ~、まぁ、そういう事もある……んだろう、な。きっと。

 いくら若いとはいえ、召集令状を送られる以上、れっきとした成人なのに情けない、などとは思わなかった。

 なにしろ、ここ、〈幌筵〉星系は、辺鄙へんぴかつ自己完結している土地柄だ。国際線の利用客などたえて無い。加えて働いているスタッフも(圧倒的に)少ない。

 私たち、警備府所属の要員にしてからが、定数を満たしてない上、そのほとんどが民間協力の名のもと、国際宇宙港の管理会社へ出向している有り様なのだ。

 はじめて『国際宇宙港』を訪れる人間が、違和感というより不安をおぼえて当然至極な鬼城ゴーストタウンぶりなのだった。

 かてて加えて、と言うか輪を掛けて、施設のつくりがまた悪い。

 手抜きであるとか老朽化しているとかではなくて、が思い描いているような、宇宙港施設として一から設計・建造された人工物ではないのだ。

 多かれ少なかれ他星系ほかもそうなんだが、〈〉のそれは、閉山し、売却された鉱山天体スラグを〈幌後〉の静止軌道まで引っ張ってきて、そこに宇宙港関連施設群を据え付けたのものなのだった。

 そして、元・鉱山天体だけに内部にはモグラ穴よろしくトンネルが縦横無尽に穿うがたれていて、土台たる小惑星は一歩あしを踏み入れたなら完全な迷路――戻ってこられないのでは? な状態だ。

 だから時折、不注意か故意かは知らないが、この『迷宮』に踏み込み迷子になるやからもでる。その捜索やら救助やらに駆り出される余計仕事が発生するが、まぁ、これは余談か。

 とにかく、こうした既存のを流用するかたちで警備府も宇宙港も建設されている、かつ、民間区画と軍用区画は、それなり以上に距離がある。

 つまりは、宇宙港から警備府を訪ねようとする人間は、人気の無い通路をただただひたすら歩かされる事となる。

 オマケにその通路はが掘り進めていった坑道に他ならないから、道中には(人間だったら必要だろう施設類も)何もない。

 動く歩道とか、ロボットカートなんて便利品もない。

 設備投資や維持にかかる費用と全然見合わないから。

 不慣れな人間だったら、そりゃ錯乱くらいはするだろう。

 最悪、か破壊工作の可能性をも想定していたが、フタを開けてみれば何のことはない――すこし気の毒にさえ思える娘が一人いただけだった。

 手にしていた召集令状を検分し、そこで、ああ、なるほどと胸落ちしたものと新たに生じた幾つかの疑問、それと同時にえたれんびんの情――なんとも複雑な思いにとらわれてしまったものだ。

 だからだろうか、目の前に立つ応召者――身の内にかかえた不安で今にもどうかなってしまいそうな様子の娘に思わず声をかけていた。

「ようこそ、宇宙軍へ」

 はは……。なんとも、らしくない。

 まったくもって、らしくはないが、それがその時の私の嘘偽りの無い気持ちだった。

 安心させ、励ましてやらなければ――そう思ったのだ。

――田仲深雪。

 忘れもしない。その娘の名だ。

 可哀想な娘。

 不運な娘だ。

 召集令状のチェック時点で並行しておこなった身元照会――そこでわかった限りにおいて、彼女には従軍経験はおろか、満足な宇宙生活の経験もなかった。

 であるのにもかかわらず、彼女宛の召集令状に記されていた宇宙軍での地位は

 およそ有り得ないことが告げられていた。

 召集令状を発したのは、つい先日、ふらりと〈幌筵〉星系――当警備府に寄港してきた戦闘航宙艦。

 まったくこちらの予定にないフネで、当地への寄港理由は『補給ノ為』

 寄港自体がイレギュラーなら、その後の行動もまた不可解なフネだった。

 若手の要員など首を傾げっぱなしだったが、軍歴だけは長い私でも、さすがに『おや?』と思わざるを得なかったのが、この田仲深雪嬢のことだったのだ。

 我が国に限らず、宇宙軍の兵士、なかんずく航宙船ふな乗りというのは、軍人である以前にスペースマンでなければならない。

 自分のことは自分でできる――当たり前のようだが、些細ささいなミスが、即、死に繋がりかねないのが宇宙だ。

 ことに戦闘行為のあるを覚悟しておかねばならない戦闘航宙艦において、極限環境下であろうと自分の面倒は自分でみなければならない。

 出来なかったら死ぬだけだ。

 いや、当人だけ……、言いたくはないがこの場合、田仲深雪嬢ひとりがそうなるのならまだ救いがある。

 しかし、往々にして一人の失敗、一人の不幸はその周囲、全体へと波及してしまう。

 我が軍に限らず、新兵がF.N.G.――『Fuckng New Guy』呼ばわりされるのはその為だ。

 誰だって他人の不始末で自分の生命を危険に晒したくはない。

 だからこそ、入営したばかりの新兵は、まずはスペースマンとして独り立ちできるように練兵団でしごかれる――として。

 そうして、教官団が、『ヨシ』と認めて、いわば卒業証書代わりに与えられるが、すなわち『一等兵』の肩書きなのだ。

 しかし、こちらが知りえた限りにおいて、田仲深雪嬢はこうした有るべき手順をすっ飛ばされていた。

 召集令状を発した戦闘航宙艦。

 あの戦闘航宙艦によって、だ。

 あれは二等巡洋艦――ただし、通常、巡察任務に就くのは聯合艦隊所属艦だが、あのフネはおそらく逓察艦隊所属艦。

 国家戦略にかかわるレベルの情報を扱う組織であるから、そこに所属しているフネは従事している任務はもちろん、動向も極秘。

 それ故、やりとり応対するのが常と違って違和感やらやりにくさが半端ないったらなかった。

 身内をくさすようでなんだが、来港してきた戦闘航宙艦の艦長は大佐で、我が警備府の最上位者も大佐であるから形式上は同階級。

 だが、正直言って『格』が違う。

 だから、格下の指揮官のもとで働く私たちも、内心に疑問を抱えながらも、それを晴らすことはかなわない。

 ただただ、要求された品々をきちんと送り、納品することのみに注力するしかない状況だったのだ。

 補給品のひとつであるところの新兵――田仲深雪嬢についても、だ。


『田仲深雪。

『宇宙軍第二甲種補充兵一等兵。

『右充員召集ヲ令セラル依テ下記日時到著地ニ参着シ、此ノ礼状ヲ以テ当該召集事務所ニ届出ヅベシ』


 召集令状の定型文。

 しかし、内容は異例中の異例。いっそ異常と言っていいもの。

 出先で乗員を補充するのも異例なら、対象者が新兵というのも異例。

 見習い、研修生――なんちゃって軍人にすぎない二等兵(未満)を自艦の乗員として受け入れるなど、非常識すぎて有り得ない。

「いきなりの一等兵待遇は、それがいかなる命令であっても拒否できなくする為の方策だったんだろうが……」

 半民間人の二等兵と正規兵たる一等兵の一番の違いは、命令に対する拒否権の有無だ。

 正式に兵籍を与えられる以前だったら――まだ二等兵の段階だったら、極論、受けた命令を拒否することもできるのだ。

 もちろん、そんな事をすれば、即・除隊処分となって、同時に市民等級にも傷が付くから、およそそんな事例を聞いた事はないが、一応の『権利』として担保はされている。

 一等兵には、この拒否権が無い。

 練成期間中に本人も納得して、その上で兵役従事に同意したのだから、という理屈でだ。

 この権利を田仲深雪嬢ははくだつされていた。

 めいた、と言うか、ハッキリ詐欺そのもののやり口で。

 そこまでして、召集令状を発した戦闘航宙艦の艦長は田仲深雪嬢を……、いや、乗員を新規に欲したのだ。

 理由は、もちろんわからない。

 なにか、のっぴきならない事がおこりつつある。

 それに対処するのに、もはや一刻の猶予も無い。

――そんな予感がするだけだ。


 だから、私は祈る。

 無事に帰ってくるように。

 見るからに疲労こんぱいし、不安でいっぱいな顔をしていたあの娘が、ふたたび五体満足でこの地に帰ってこれますように、と。




*お知らせ


お読みいただき有り難うございます。

ここまで毎日更新できましたが、とうとう不甲斐なくもストックが尽きました。

そのため、申し訳ありませんが、更新頻度を落とさざるを得ません。

次回掲載は二日後を予定しております。

頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る