30.ポニーテールの幸運の女神
「さてさて、一体なにが起こるんだろうな」
情報端末の画面を見つめながら俺はつぶやいた。
表示されているのは、ここ、〈幌筵〉星系の領域内を
俺が注目しているのはその中のひとつ――ひときわ目立つ航宙船のそれだった。
「やっぱり戦闘航宙艦だったか」
独り
熱量の大きさ、噴射の強度――それらの数値から当該の航宙船が民間船舶、あるいは軍用であっても補助艦艇などでないのは明らかだった。
対艦戦闘を主任務として建造された戦闘航宙艦のものに間違いなかった。
その戦闘航宙艦が全力(もしくは、それに近いレベル)でエンジンを噴かし、〈幌筵〉星系から離脱しようとしている。
つくづく、
「妙なフネだ……」
おっと、また、心の内が言葉になって
――妙なフネ。
その来航、と言うか存在に偶然気づき、以降、情報収集や対応行動をとりながらも、正直なところ推測されるその正体について、俺は半信半疑なままでいた。
〈幌筵〉星系は辺地――皇国主権領域の最北端で、ここと本土を結んでいる交通路は一本のみ。
北の国境星系なワケだが周囲間近なところには何も無い。
あたかも絶海の孤島のようにポツンと虚空に浮いている。
〈ツングースカ〉
今より十数億から数億年前に起きたと推測されている一大
〈幌筵〉星系に事実上隣接している〈ツングースカ〉宙域――そこに散在している恒星群が、ドミノ倒しのように次から次へと連鎖的に新星爆発をおこした。
広大な〈ホロカ=ウェル〉銀河系にあっても
原因は不明。
と言うか、いまだ諸説紛々、
そもそも人類が宇宙へ乗り出すよりも遙か以前の出来事なのだ。学者先生でもない俺は、さしたる興味も関心もなく、それについては無問題。
あえて問題とするなら、原因ではなくて結果の方。
〈ツングースカ〉宙域は、今では一般に『星の墓場』として周知された場所となっている。
もちろん、墓場と言っても恒星の残骸それぞれの距離は光年単位で離れているから、航宙船の航行が不可能なほど危険というワケじゃない。
ただ墓地と同様、
墓地に住みつく者はなく、好んで中を通る者もない――そういう事だ。
ぶっちゃけ領有権さえ
誰にとっても『捨て土地』なのだ。
数百光年にもおよぶ
軍事行動についても同じくで、〈ツングースカ〉宙域を
つまり、何が言いたいかってぇと、以上のような理由で〈幌筵〉星系は皇国側のどん詰まりであり、ここから先は
そんな
それも、目的が〈ツングースカ〉宙域の学術調査や皇国主権領域パトロールといった
ちょっと探った程度でも、『おや?』と首を傾げざるを得ない点がポロポロ出てくる不審なフネが。
だいたいが、だ。星から星へと移動する航宙船が、新たな
言うまでもない。
自船がこれまで
移動手段としてであれ、情報伝達手段としてであれ、その最速の担い手は超光速航行が可能な航宙船。
であれば、ニュースや娯楽――他星系に関する情報は、それ自体が立派な商品になる。
たとえ来航船が軍艦であっても、
なのに、
そのフネからの『外信』提供は一切なかった。
ただ
あまつさえ、
俺の知る限りにおいて、およそ前代未聞の出来事だ。
ああ、その犠牲者――哀れにもレッドカードを喰らった娘のことはよく憶えている。
将来が楽しみな感じの娘ではあったが、同時にイマイチ
おそらくは何か打ち込んでいるものがあって、オシャレだとか流行だとか、年頃の娘が気にしそうな事にまで気がまわらずにいたんだろう。
とにかく、その娘を見たとき、俺の疑いは確信に変わった。
だから、田舎者まるわかりで、所在なげに
それで、当たり前だが、最初は警戒していたものの、よほどに切羽詰まっていたんだろう――自分がここにいる事情をあかしてくれたのだ。
それが決め手だった。
航宙船――なかんずく戦闘航宙艦の艦長には、『
現地徴用……、と、もとい、徴兵か――も、そうした権限のひとつなのだろう。
しかし、世情も安定し、おおきな災害も、他国との紛争も起きていない『今』、くわえて、地の果てと言うのがピッタリの地で、時間的な余裕もへったくれも無い召集をかける理由は何なのか?
トラブルの予感しかしないじゃないか。
レッドカードに指定された日時までに出頭先へ辿り着けそうにないと訴える娘には、とにかくスピード重視のロケット――弾丸便を
その際、そいつが貨物便だということは教え忘れたような気もするが、
召集の声がかかるくらいだから、身体の強度をふくめ健康面に問題はなかろう。
とにかく、そんな事より、だ。
これからどこかで何かが起こる。
起ころうとしている。
間違いない。
単独で動いているから、あのフネは巡洋艦……、まず間違いなく軽巡洋艦に違いない。
そして、静止軌道上の
ここの現地司令部の連中はなにも知らない。なにも知らされてない――少なくとも公式には。
そう推測できた。
来航を(おおっぴらにでなくとも)明らかにせず、艦長権限の許す限りにおいて自艦の準備を整え、それを終えたら今度は足跡がバレるのもかまわず主機全開で飛び出して行く。
まだ見続けている情報端末の画面上には、件の航宙船が後方に吐きだす超高速、超高温の噴射炎警報が絶えることなく繰り返し繰り返しテロップされている。
大気圏を有する天体はもちろん、宇宙にむきだしの空間施設や宇宙船が、そんなものを喰らったら
警報は、だから当然だったが、しかし、その警報には、危険な噴射炎――星系内では本来禁じられている対消滅反応推進宇宙船の主機全力噴射を
犯人が、何故そうしたかについての考察は、あたる限りをあたって調べてみても、およそ、言及しているものはなかったのだ。
だから、これはチャンスだった。
少なくとも俺はそう信じることにした。
俺は宙港ゴロ。
宇宙港でクダ巻くゴロツキの一人だ。
用も無いのに四六時中、宇宙港施設をブラついている
裏技めいた知識と怪しげな
そんな底辺の俺がたまたま見つけた、これはチャンスじゃなかろうか。
これから先、状況がどうなり、どう転ぶのか。
何かが起きるのだとして、それを自分のためにどう生かすのか。
今の時点じゃまったくもってわからない。
このまま何も起きずに肩すかしで終わるかも知れない。
しかし、何かが起きる。起きつつある――その予感は、確信として俺の心を支配した。
いずれにしても、俺には失うものなど何もない。
チャンスと信じたものに、未来や運を賭けてみたって、それで当てが外れたからってギャアギャア騒ぐような『今』がありはしないのだ。
幸運の女神の髪型は、前髪だけあって後ろ頭はツルッ禿という。
或いは幸運の女神が運命の扉をノックするのは一度だけ、とも。
俺が宇宙港のロビーで出会った応召兵の娘は、髪をポニーに結わえていた。
もちろん、その娘が俺にとっての幸運の女神などと言うつもりはない。
ただ……、これから起きるのだろう一件が落着した後にでも、再び会う事があったら面白いかも知れない――そうは思っている。
さてさて、何がおきるのか。
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